五章 図書委員は書架を征す 7
◇
「とりゃー!」
エスキュナが飛びかかる犬の爪を避けて蹴り落とし、
前衛で二人が対応し、
(想定より……上手く行ってる)
ヌシ達は
「ダメージ与えようとか思わないでいい! 落とすだけだ!」
バリケードの上部へかけられたオルトロスの前脚を、
「分かってるっすよ!」「一撃モロにもらったら終わりですもんね、わたしたち!」
実力差はそれほどにある。それでも数々の要素が、持久戦が始まってから五分あまり、陽動隊を生き残らせている。
「いけんじゃねえか!? このままなら――「屈め
叫ぶと同時、
「な、なん……うぉっつぅ!?」
伏せた
「な、なんだ!? 何があったんだ?」
「敵の後ろから飛んできたー!?」
状況が分からず慌てる谷の声と、エスキュナの声。陣形が崩れた。
「ちっ!」
即座に
「くそ、やべえなあれ!」
「マジかおい」
竜がいた。周囲のヌシよりもさらに一回り大きい。翼こそ無いものの、複数の長い首を持つ巨大な化物。強者の自負があるのか、ゆったりとした態度で最後尾に現れていた。
首をもたげて高度を確保し、後方からの攻撃。
(邪魔が出来ない以上、手数が増えたのと同じだ。しかもこっちはかわすしかない)
一気にきつくなった。竜――おそらくは雨野に聞いた、ラドンという名のヌシ――は、火を吹く首は中央の一本であり、今は静止している。連発は出来ないようだが、火球をかわす度に
「何度もしのげなくないですあんなの~?」
その通りだ。運が悪ければ次、遠くとも三、四度目には
「くっそ、何か飛び道具ねえのか! 本投げるとか!」
「流石に抵抗あるなそれは! それに届かないだろ」
のたくる海獣のようなものを二人で押し返しつつ、対策を考える。が、無いものは湧かない。
「せんぱいせんぱい!」
「何だ! とりあえず目の前のヌシに集中してくれ!」
エスキュナへ叫び返すと、
「いや、その、ちょっと一瞬前お願いします!」
彼女が下がった。負傷か、と
「どっこいしょぉ!」
このヌシ群では組みしやすい側になる、大きく負傷したスフィンクスでさえ、一度追い返すのもかなり必死だ。爪が掠り右腕に熱さが走る。
さらに、視界の奥に首を仰け反らせるラドンが映る。
「「やっべ……!」」
回避体勢を取ろうとする
「そのまま! 男衆、中央空けて前警戒続けてください!」
一瞬、迷う。が、男二人は信じた。
(これまで何度)(こいつと修羅場潜ったことか!)
通路の奥で、まさにラドンが口を開ける。同時、
「八頁! 『蹴鞠とフットボォォール』!」
声と共に。男達の間を光るドクロが走り抜けた。
「あぁ!? ……っうわっと!」
光る頭蓋骨が一直線にラドンの口元へと飛んでいき、
「!?!?!?!!」
爆発。吐き出されたばかりの火球と衝突し、火華が咲く。いくらかはラドンやほかのヌシにも火が届いたか、魔書生物たちは顔や身体を振り回して悶えた。
「ななな、なんだなんだなんだ!?」
「ふっふっふ……どーだ!」
下で混乱する谷と、勝ち誇ったエスキュナの声がする。
「――あ、新しい記述か、エスキュナ?」「サッカーかよ!」
(エスキュナは俺や
「なんかこの魔書によると、昔は人の首でやってたらしいです! 怖いですよね!」
「細けぇことはいいぜ! とにかくこれで振り出しだ!」
「うしエスキュナ、よくやった! 次に俺が指示するまで交代!」
「はーい! せんぱい、わたしえらい? ねえわたしえらいですか?」
「えらいえらい超えらい」
頭をひとなでしてエスキュナと前後入れ替わり、再び
(振り出し……そう、振り出しだ)
いずれは崩壊するさだめの。飛び道具を使えるようになったとしても、記述には使用限界がある。遠からず、破滅は訪れるだろう。
(だが、まだ希望はある――上手く、ハマりさえすれば)
◇
地下閉架迷宮書庫・地下五層隠しフロア、北西大部屋。
金属が擦れ合うような轟音が響く。鋼の硬度を持つエキドナの尾が室内にのたうち、空間を薙ぎ払う。
「ふンぬぅ……っと! ンもう、タフねこいつ!」
戦車の全速衝突に等しい尾撃を受け止めるのは、
「いやはや手こずりますね。忸怩たる思いですが、
「ほんとにな。まさか五層にこんなのが潜んでるとは」
その陰で、
(通常の五層を探索するレベルの隊では、手も足も出ないでしょう……我々にしても、もう十五分は戦い続けている。ここまで粘られるとは)
体高五m、全長で言えば二十mを軽々超える巨体が持つ耐久力は凄まじいものがある。
「GSHAAAAAAA!」
尾撃を終えたエキドナが、その美しい顔を苦悶に歪ませた。一人、攻撃の下をくぐり抜けていた
「あーもう、命知らずなンだから!」
書架、敵の体、時には攻撃そのものを足場として。エキドナの周囲を文字通りに跳ね回る
「――――ッ!」
怒りのままに振り回された爪の一撃を受けつつ、勢いに逆らわず後方へ吹き飛ばされることで、
「お帰りなさい、
「委員長。らちが開かない。私か貴方、どちらかの『見開き』出しましょう」
エキドナを冷たくにらんだまま、彼女は言う。その内容に、小山津が目を剥いた。
「おいおい、こんなとこでやる気か? このままでもいずれは倒せ……」
背中を向けたまま噴き上がった、
「ひえぇ……あー、時間がないのか」
「確かにね。
(まあそれ以前に
ここを探索した際に、
「よいでしょう。相手が巨体ゆえ、フィニッシャーは僕が担当します」言って。
「あっ! ちょっと
さらに。
「その目が、あの子を誑かしたのね」一閃。「閉じてなさい。一生ね」
エキドナの右目から鮮血が舞った。
「AAAAAAAAAAGHHGHAAGAAAA!」
痛みに怒り狂う怪女の腕が振り回される。
「――――っ!」
空中で受けた
「ありがと」「ンもう、無茶すんだから!」
「ですが――おかげで、頃合いです」
「――――――――!?」
道が開けたエキドナが、片方だけの目で見たものは、無数に並ぶ銃砲だ。
「おぉ……、こいつは初めて見た。これが、古今東西の戦場武装が記された委員長の魔書、その『見開き』か……」
戦慄含みで、小山津が呟く。
「この頁は久し振りに開きました。普通の探索では、狭すぎて展開自体出来ませんしね」
遙か太古、神話の存在と記述された彼女に、向けられた火砲の意味が分かったかどうか。
「では、後輩が待っていますので。――申し訳ないが、ご退場願います」
腕が振り下ろされる。呼応した轟音が、大部屋を満たした。
◇
(いい加減……しんどくなってきたな)
血まみれでバリケードの上に立って。
傷付きはしてもヌシの数は減っていない。
「せんぱ……い」
「谷の後ろで休んでろ」「おお、もうちっとの辛抱だぜ」
背後、バリケードの下で座り込むエスキュナへ、
彼女は四発目のドクロシュート(本人命名)の後、弾切れで疲弊したところを足に噛み付かれ、危うくヌシの海に引きずり落とされる所を取り戻した。谷が
「そんな……せんぱいとバカヤチだって」
「お前にゃ借りが、あるから……な!」
バリケードに這い上がろうとするヌシを一撃では落とせず、どうにか二撃目で叩き落とす。
「え……」
戸惑うエスキュナだが、
この一見ヤンキーっぽい不器用な後輩が、最初に地下閉架迷宮書庫に入り込んだ時、死体とはいえエスキュナに守られていた事実を、ずっと気にしていたことを。
「どうスか、センパイの方」
「いやあ、次押し返せるか分かんねえな……てなわけで
「何言って――「最初に言ったな。考えずに俺の指示に従え。降りろ」
有無を言わさず断言してから、重ねて言う。
「何、まだ策はある。最後までエスキュナ守れ」
それを背中で見送って、笑う。
(今回も――上手く出来たかね?)
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