五章 図書委員は書架を征す 7


   ◇


「とりゃー!」


 エスキュナが飛びかかる犬の爪を避けて蹴り落とし、大国おおぐにが大蛇の首へとカウンターする。


 前衛で二人が対応し、たけるは彼等のアシストだ。本のバリケードの上で、たける達は代わる代わる襲い来るヌシを撃退し続ける。


(想定より……上手く行ってる)


 たけるは思う。魔書生物は本を直接傷付けようとしない。そのため、ヌシ達はたける達が立つ足場に登って攻撃しようとしている。そこを、上から迎撃する形だ。


 ヌシ達はたけるの計略により傷付き、さらにはその多くが巨体ゆえに通路に詰まり、十体近くいるとしても一度に襲いかかれるのはせいぜい二体までだ。


「ダメージ与えようとか思わないでいい! 落とすだけだ!」


 バリケードの上部へかけられたオルトロスの前脚を、たけるが蹴り払いながら言う。


「分かってるっすよ!」「一撃モロにもらったら終わりですもんね、わたしたち!」


 実力差はそれほどにある。それでも数々の要素が、持久戦が始まってから五分あまり、陽動隊を生き残らせている。


「いけんじゃねえか!? このままなら――「屈め大国おおぐにッ!」


 叫ぶと同時、たける大国おおぐにの頭を掴んで下へ押しつける。その上部をかすめて、火球が飛んだ。奥の壁で炸裂する。


「な、なん……うぉっつぅ!?」


 伏せた大国おおぐにの顔へケルベロスの爪が迫り、慌てて顔を退く。頬に赤い線が走った。


「な、なんだ!? 何があったんだ?」


「敵の後ろから飛んできたー!?」


 状況が分からず慌てる谷の声と、エスキュナの声。陣形が崩れた。


「ちっ!」


 即座にたけるは前に出て、這い上がろうとするケルベロスの負傷した首目掛け、足裏を何度も振り下ろし、どうにか落とす。


「くそ、やべえなあれ!」


 大国おおぐにが前衛へ復帰する。たけるが下がりつつ、戦慄してヌシ達の後列を見た。


「マジかおい」


 竜がいた。周囲のヌシよりもさらに一回り大きい。翼こそ無いものの、複数の長い首を持つ巨大な化物。強者の自負があるのか、ゆったりとした態度で最後尾に現れていた。


 首をもたげて高度を確保し、後方からの攻撃。


(邪魔が出来ない以上、手数が増えたのと同じだ。しかもこっちはかわすしかない)


 一気にきつくなった。竜――おそらくは雨野に聞いた、ラドンという名のヌシ――は、火を吹く首は中央の一本であり、今は静止している。連発は出来ないようだが、火球をかわす度にたける達は陣形が崩れる。


「何度もしのげなくないですあんなの~?」


 その通りだ。運が悪ければ次、遠くとも三、四度目にはたける達の防衛線は破られるだろう。


「くっそ、何か飛び道具ねえのか! 本投げるとか!」


「流石に抵抗あるなそれは! それに届かないだろ」


 のたくる海獣のようなものを二人で押し返しつつ、対策を考える。が、無いものは湧かない。


「せんぱいせんぱい!」


「何だ! とりあえず目の前のヌシに集中してくれ!」


 エスキュナへ叫び返すと、


「いや、その、ちょっと一瞬前お願いします!」


 彼女が下がった。負傷か、とたけるは入れ替わりに立つが、彼の近接能力はエスキュナに劣る。


「どっこいしょぉ!」


 このヌシ群では組みしやすい側になる、大きく負傷したスフィンクスでさえ、一度追い返すのもかなり必死だ。爪が掠り右腕に熱さが走る。


 さらに、視界の奥に首を仰け反らせるラドンが映る。


「「やっべ……!」」


 回避体勢を取ろうとするたける大国おおぐに。そこへ、


「そのまま! 男衆、中央空けて前警戒続けてください!」


 一瞬、迷う。が、男二人は信じた。


(これまで何度)(こいつと修羅場潜ったことか!)


 通路の奥で、まさにラドンが口を開ける。同時、


「八頁! 『蹴鞠とフットボォォール』!」


 声と共に。男達の間を光るドクロが走り抜けた。


「あぁ!? ……っうわっと!」


 一瞬大国おおぐにが意識を持って行かれて、慌てて目前のヌシに対応する。


 光る頭蓋骨が一直線にラドンの口元へと飛んでいき、


「!?!?!?!!」


 爆発。吐き出されたばかりの火球と衝突し、火華が咲く。いくらかはラドンやほかのヌシにも火が届いたか、魔書生物たちは顔や身体を振り回して悶えた。


「ななな、なんだなんだなんだ!?」


「ふっふっふ……どーだ!」


 下で混乱する谷と、勝ち誇ったエスキュナの声がする。


「――あ、新しい記述か、エスキュナ?」「サッカーかよ!」


 たける達だけでなくヌシ達までもが、突如の爆発に面食らい、浮足だっている。


(エスキュナは俺や大国おおぐにより長いこと探索委員をやっている……そろそろ二つ目の記述が出てもおかしくはない、か!)納得しつつ、たけるは聞く。「でもなんでドクロ?」


「なんかこの魔書によると、昔は人の首でやってたらしいです! 怖いですよね!」


「細けぇことはいいぜ! とにかくこれで振り出しだ!」


 大国おおぐにがキマイラにカウンターでチョッピングライトを決めつつ気勢を上げる。


「うしエスキュナ、よくやった! 次に俺が指示するまで交代!」


「はーい! せんぱい、わたしえらい? ねえわたしえらいですか?」


「えらいえらい超えらい」


 頭をひとなでしてエスキュナと前後入れ替わり、再びたけるは全体状況を俯瞰する。


(振り出し……そう、振り出しだ)


 いずれは崩壊するさだめの。飛び道具を使えるようになったとしても、記述には使用限界がある。遠からず、破滅は訪れるだろう。


(だが、まだ希望はある――上手く、ハマりさえすれば)


   ◇


 地下閉架迷宮書庫・地下五層隠しフロア、北西大部屋。


 金属が擦れ合うような轟音が響く。鋼の硬度を持つエキドナの尾が室内にのたうち、空間を薙ぎ払う。


「ふンぬぅ……っと! ンもう、タフねこいつ!」


 戦車の全速衝突に等しい尾撃を受け止めるのは、津久澄つくづみが展開した城壁だ。


「いやはや手こずりますね。忸怩たる思いですが、守砂すさ君の戦力配分は適当でした」


「ほんとにな。まさか五層にこんなのが潜んでるとは」


 その陰で、御高みたかと小山津が肩をすくめあう。トップクラスの隊に所属する彼等の戦闘経験からしても、エキドナの脅威度は高位に位置するものだ。


(通常の五層を探索するレベルの隊では、手も足も出ないでしょう……我々にしても、もう十五分は戦い続けている。ここまで粘られるとは)


 体高五m、全長で言えば二十mを軽々超える巨体が持つ耐久力は凄まじいものがある。御高みたか達の攻撃はエキドナに通じはするが、致命傷には未だ足りない。しかし、


「GSHAAAAAAA!」


 尾撃を終えたエキドナが、その美しい顔を苦悶に歪ませた。一人、攻撃の下をくぐり抜けていた三火みかの一閃が、怪女の脇腹を切り裂いたからだ。津久澄つくづみが嘆息混じりの声をあげる。


「あーもう、命知らずなンだから!」


 書架、敵の体、時には攻撃そのものを足場として。エキドナの周囲を文字通りに跳ね回る三火みかは、防御をまるで考えぬとばかりに巨大なヌシと斬り結ぶ。


「――――ッ!」


 怒りのままに振り回された爪の一撃を受けつつ、勢いに逆らわず後方へ吹き飛ばされることで、三火みかは討伐隊の面々と合流する。


「お帰りなさい、天寺あまてらさん」


「委員長。らちが開かない。私か貴方、どちらかの『見開き』出しましょう」


 エキドナを冷たくにらんだまま、彼女は言う。その内容に、小山津が目を剥いた。


「おいおい、こんなとこでやる気か? このままでもいずれは倒せ……」


 背中を向けたまま噴き上がった、三火みかの「はあ?」と言う感じの気配に、彼は言い直す。


「ひえぇ……あー、時間がないのか」


「確かにね。守砂すさチャン達もそーろそろしンどいでしょ。結、よろし?」


 御高みたか達討伐隊には、現在どれだけのヌシが生存しているかは分からない。たける達が倒され、十体以上も戻って来られた場合、一度に襲いかかられれば流石に討伐隊でも厳しい。


(まあそれ以前に天寺あまてらさんからすれば、守砂すさ君が死ぬということ自体が許容出来ませんか)


 ここを探索した際に、守砂すさが一度死亡したことは聞いている。その際の天寺あまてらの表情たるや、迂闊に横から「生き返るしいいじゃん」などとは言えぬものがあった。というか、迂闊に言った御高みたか隊の一人が校舎裏に連れて行かれていた。ともあれ、


「よいでしょう。相手が巨体ゆえ、フィニッシャーは僕が担当します」言って。御高みたかの前に魔書が浮いた。頁が開く。見開きという言葉通り、二頁分が光を放つ。「『戦地景』展開。百六頁・百七頁『真田丸』。皆さん。十秒後に射線空けてください」


 津久澄つくづみが背中で頷く。エキドナが攻撃を再開するが、小山津の魔書が放つ光が蛇女の手数を減じ、抜けた攻撃も重ねて展開された長城の断片が阻む。


「あっ! ちょっと天寺あまてらチャン!」


 さらに。三火みかが長城を蹴った。エキドナの顔の位置まで跳び上がる。目が合う。


「その目が、あの子を誑かしたのね」一閃。「閉じてなさい。一生ね」


 エキドナの右目から鮮血が舞った。


「AAAAAAAAAAGHHGHAAGAAAA!」


 痛みに怒り狂う怪女の腕が振り回される。


「――――っ!」


 空中で受けた三火みかが吹き飛び、津久澄つくづみに受け止められた。


「ありがと」「ンもう、無茶すんだから!」


「ですが――おかげで、頃合いです」


 御高みたかの腕が上がる。同時に津久澄つくづみ達は脇へと退避し、長城が消えた。


「――――――――!?」


 道が開けたエキドナが、片方だけの目で見たものは、無数に並ぶ銃砲だ。


「おぉ……、こいつは初めて見た。これが、古今東西の戦場武装が記された委員長の魔書、その『見開き』か……」


 戦慄含みで、小山津が呟く。御高みたかの背後や側面に構えられた砲数は、火縄銃、手筒、大砲含め大小千を優に超える。史実でも、多数の銃砲で知られる戦場だ。


「この頁は久し振りに開きました。普通の探索では、狭すぎて展開自体出来ませんしね」


 遙か太古、神話の存在と記述された彼女に、向けられた火砲の意味が分かったかどうか。


「では、後輩が待っていますので。――申し訳ないが、ご退場願います」


 腕が振り下ろされる。呼応した轟音が、大部屋を満たした。


   ◇


(いい加減……しんどくなってきたな)


 血まみれでバリケードの上に立って。守砂すさたけるは眼前の化物達を見た。


 傷付きはしてもヌシの数は減っていない。御高みたか達の助けも来ない。しかし彼は笑っていた。


「せんぱ……い」


「谷の後ろで休んでろ」「おお、もうちっとの辛抱だぜ」


 背後、バリケードの下で座り込むエスキュナへ、大国おおぐにと共に返事をする。大国おおぐにの言葉に根拠は無いが、たけるもいちいち訂正はしない。


 彼女は四発目のドクロシュート(本人命名)の後、弾切れで疲弊したところを足に噛み付かれ、危うくヌシの海に引きずり落とされる所を取り戻した。谷がたけるのリュックから出した道具で止血と応急処置はしているが、立っていられない重傷だ。


「そんな……せんぱいとバカヤチだって」


 大国おおぐにも満身創痍だ。『オノマストス』の維持も出来なくなり、素の魔書による能力補正のみで戦う彼の傷は誰よりも多い。


「お前にゃ借りが、あるから……な!」


 バリケードに這い上がろうとするヌシを一撃では落とせず、どうにか二撃目で叩き落とす。


「え……」


 戸惑うエスキュナだが、たけるには分かっている。


 この一見ヤンキーっぽい不器用な後輩が、最初に地下閉架迷宮書庫に入り込んだ時、死体とはいえエスキュナに守られていた事実を、ずっと気にしていたことを。


「どうスか、センパイの方」


「いやあ、次押し返せるか分かんねえな……てなわけで大国おおぐに、お前も降りて谷と最後の防衛戦やる準備しろ」


 たけるの宣告と同時、跳び上がってきたスフィンクスの腹を大国おおぐにとダブルキックで迎撃する。


「何言って――「最初に言ったな。考えずに俺の指示に従え。降りろ」


 有無を言わさず断言してから、重ねて言う。


「何、まだ策はある。最後までエスキュナ守れ」


 大国おおぐにがショックを受けたように揺れて、「クソッ!」バリケードを飛び降りた。「死ぬ前に降りてくださいよセンパイも!」


 それを背中で見送って、笑う。


(今回も――上手く出来たかね?)

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