一章 図書委員は地下へと潜る

一章 図書委員は地下へと潜る 1

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●登場人物


守砂すさたける……巻き込まれ系主人公。割と死体に慣れがある。

天寺あまてら三火みか……刀系ヒロイン。幼馴染と近所のお姉さんのWジョブ。

エスキュナ・コーナー……元気系後輩。初対面の上級生への態度ではない。

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 そういう格好の良い開幕からはしばし時は戻る。




「きりーつ、れい」


 終礼後、宇伊豆ういず学園高等部二年、守砂すさたけるはゆっくりした動作で帰り支度を整える。


守砂すさ、ゲーセン寄ってかねえ? 最近すげえシューティングゲーマーがいるって噂だぜ」


「へえ、面白そう。見たいな」


 と反応しつつも、級友の誘いに薄い笑みでたけるは掌を立てた。


「でも悪いね、放課後当番なんだ今日」


「あー、図書委員かあ。なったんだっけ」


「うん、今度。まあ暇は山ほどあるから図書委員も引き受けたんだし」


「おう、また明日な」


 趣味、現在は特になし。


たける、今から図書館?」


 校舎から移動中、声をかけてきたのは上級生の女子だ。日に照り映える黒髪の長いポニーテールと、制服の上着は腰に巻く活動的なスタイル。


 しかしシャツを押し上げる双丘が大変目立っており、それが結構な数の男子を惑わせている。本人気付いてるのかなあ、と内心で嘆息しつつたけるは返事をする。


「ミカ姉の方は、剣道部?」


 彼女の肩には、竹刀袋が掛けられている。


 名を天寺あまてら三火みかたけるとは家族ぐるみの付き合いがある一つ年上の幼馴染だ。日々無気力に高校生活を送るたけるへ、図書委員への参加――三火みかも一員だ――を勧めたのが彼女である。


「うん。あっちも頑張らなきゃ。一応三年だしね。……どう? 上手くやれてる?」


 ほぼ無理矢理突っ込んだ割に、心配げにする彼女へ、たけるは薄く笑う。


「うん。人に本を探して届けるのは、結構やりがいあるよ」


「そっか」少しだけ複雑な顔をして、気を取り直したようにたけるの背中を掌でぱーんと叩く。「行ってらっしゃい!」


「痛いよミカ姉。……行ってきます」


 前年度から図書委員となって数ヶ月、学年も無事、二年に上がった春であった。




 宇伊豆ういず学園付属図書館。学校図書館にしては比類ない規模の、文字通りに別建てされた図書館であり、比例して図書委員の数も多い。学校専属の司書もいるが、それではカバーしきれない範囲を、全クラス(一部には中等部からも)に参加を義務づけられた図書委員会が補うのだ。その総数は七十人を越える。


 そのため、参加して数ヶ月のたけるには未だに会ったことのない委員もいるほどだ。


守砂すさだっけ?」


 そんな、あまり見覚えのない図書委員の一人から、たけるは呼び止められた。


「悪いんだけど、これ地下にお願いできる?」


「うん、いいよ」薄い笑みを浮かべて、彼は差し出されたファイルを受け取った。


「お前がどこ入ったのか知らないけど、エントランスなら大丈夫だよな?」


 疑問を少し抱きつつも、たけるは笑顔を維持した。


「ん? 地下書庫にエントランスなんてあったかな……?」


 呟きつつ、階段を降りる。地下書庫には思えば初めて入る。


 地上開架――一般開放されている場所――を除けば、閉架……つまり書庫などへの返却は長く図書委員をやっている委員か、役員か、司書の仕事だ。


 というわけでたけるは地下書庫には不案内だ。薄暗い電灯の中、開架の木製書架とは違うスチールのそれの間を歩く。


(そもそも、エントランス――入り口? 地下の受付みたいな感じかな?)


 そう思い、人影をたけるは探す。しかし地下は一般利用者どころか生徒も基本、立入禁止だ。


「んー……じゃあ、地下二階かな? 不便な気もするけど」


 たけるは再び階段フロアに戻り、さらに下へと降りる。少し、心が浮き立つのを覚える。


「あ」


 そうして見えたのは、女生徒の後ろ姿だ。書架の向こうを歩いて行く。


(あの子も図書委員だろうし、聞けばいいな)


 追いかけると、地下二階のさらに奥、扉の向こうに女生徒は消えた。


 ――そう、扉だ。地下書庫の隅の壁に、それはあった。


「この先があるのかな……?」


 付属図書館は数年前に耐震工事を施され、見た目自体はかなり新しくなっている。しかし目の前にある横開きの扉は、それを否定するように古めかしく、錆を浮かせている。しばし、たけるは迷った。扉の前を、左右にうろうろ。誰か中から出てこないかな。


「え、ここ……入っていいの? 後で怒られない?」


 とはいえ。頼んできたのも図書委員だ。大事にはなるまい。そう思い、扉に手をかけた。


「!」


 おお、と大きな声が出そうになり、慌ててたけるは口をつぐむ。


 扉の向こうは広い部屋になっており、天井までの高さは優に地下一階の床よりも高い位置にあると思われた。平面としても教室より広い。壁には様々の本が置かれ、奥には、


「あった、受付……じゃあここが、エントランス?」


 たけるの疑問も無理はなく、受付横の壁には、部屋に入った時のものよりもさらに古く、さらに巨大かつ重厚な扉が存在していたからだ。木材と金属からなる扉には、独特の威圧感がある。


(受付の人もいる。あの扉はなんなのか知らないけど……)


 黒のゴシックドレスめいた服。整ってはいるが無表情。司書とは別の事務職員かな、とたけるは検討をつけ、ファイルを彼女の前に置いた。


「お仕事中失礼します。これ、持ってけって言われて」


 受付女性は顔を上げ、たけるの顔を見た。無言だ。次いで視線をファイルへ落とし、ぱらぱらとめくる。もう一度、たけるの顔へ。


「あのー……」


 帰ってもいいんだろうか。そう聞こうとした時だ。


 かた、と受付女性が立ち上がる。やはり無言で。背を向け、背後のガラス張り書架の鍵を開ける。そうして、一冊の古い本を取り出した。その本を机に乗せ、たけるの方へ押しやる。


(マ・イ・ペース~!)


 閉口し、たけるは差し出された本を見る。持っていけ、ということか?


 果たして。本を手に取ると受付女性は頷いた。そして、


「……………………」首と、立てた親指を同方向へくい、とやる。その先は、


「扉の、向こう……」


 初めて地下書庫に入り、次いで最下階に降りて、その奥の扉を開いてここに来て、


(さらにその奥の巨大な扉……ね。怪談かな?)


 流石にたけるも呆れていたが、こういう場合、彼には一つの処世術があった。


「分かりました」


 薄く曖昧な笑みで、とりあえず受け入れる。


(まあ実際の所)扉の前に立って、心の中独りごちる。(ここまで来ると、興味あるよね)


 かなり小さめであった本を胸ポケットに入れ、扉を押し開ける。その巨大さに、開けられるものだろうかと危惧したが、意外にもあっさりと扉は開いた。


「思ったより軽い……? む、なんか、本が?」


 複数の疑問はしかし、入り込んだ景色に吹き飛ばされた。


「これ……は……」


 扉を開けて、最初に目に入ったのは広大な空間。視線を下方に転じれば、幅の広い階段が数m下まで続いていた。


 そして、階段を降りた先。見下ろせるのは床を切り刻むように縦横へ走る本棚だ。


 再び、視線を上へ。天井が高い。奇妙なことに、地上階の位置まで届きかねない高さがあるように見えた。床面積も目測で縦横共に五十mはある。


 そして、電灯はないのにそれらが分かる理由。壁や天井自体がほのかに発光しており、


(何かが動いた……、走ってるのも)


 本棚により通路が形成されたそこはまるで、


「『迷宮』みたいな……」


 つぶやきながら、同時、脳裏に広がる異感覚がたけるを襲った。


「ッ!?」


 頭を押さえる。だが痛みでは無い。映像だ。脳裏に、何かが浮かんでいる。


「……? う、ええと、地、図……?」


 直感で、たけるはそう捉えた。扉。人を示すマーク。その周囲以外は白紙の平面空間。


 マッピングを始めたばかりの地図。それが印象だ。


「なんなんだ、これ」不安を覚えつつ、たけるは階段を降りる。


 すると、人マークが動き、脳裏の地図が広がるのが分かった。


「んん……これ、僕か!? どーいう理屈だ」


 無論、たけるに元々このような俯瞰視めいた才能は無い。理屈は不明ながら、自動で脳内に記録される地図、とたけるは理解する。


「そもそも、こんなとこで何しろっていうんだ……?」


 受付女性に促され、本を持って入り込んだはいいものの。広大過ぎて何をどうすれば良いのか全く分からない。


 本を返そうにも、配架基準も不明だ。さらには人もいない。


「あ、そういえば、あの女子」


 先にエントランス(?)に入った女子。そもそもは彼女を追って来ていたのだ。たけるは、今は階段の上にある扉を振り仰ぐ。


「さっきのとこにはいなかった」視線を水平へ。本棚が走る空間を見る。「ここにいるの?」


 明らかに異常な空間だ。そもそもが、宇伊豆学園に入学して丸一年。巨大な付属図書館は有名な学校だが、地下書庫こんな場所の話は聞いたことがない。


(こんな空間が、地下に広がっている……?)


 それはおそらく、自分の知らない場所だ。誰かが開くのを待つ場所だ。


 ごくり、と無意識に唾を飲んだ感触を、たけるは得る。分かる。およそ二年半ぶりの、悪い癖だ。


 分かっている。すぐ戻るのが正解だ。この場所も脳内の地図も、何もかもおかしい。


「でも、あの受付さんは話になんないし」言い訳が始まる。「俺が、さっきの子を、探さないとな」口端が歪む。上向きに。


 感情を隠しきれない口元から、犬歯が覗いた。


   ◇


 一方その頃、宇伊豆ういず学園付属図書館一階事務側フロア、図書委員会用会議室。


「そういや、新規名簿って誰か『受付嬢』に持ってった?」


「あー。守砂すさに頼みました」


 答えるのは先刻、たけるにファイルを渡した生徒だ。その返事に、数人の視線が返った。


守砂すさって誰?」


「ほら二年の。いっつもニコニコ笑ってる奴いるだろ」


守砂すさって、あいつまだ話はしてないだろ?」


「え、マジすか。名簿に名前あったから、てっきりもう話付いてるもんだと思って」


「それ勧誘予定のリストじゃないの? 確かフブル先生一緒に置いてたような」


 ぴた、と室内の空気が止まる。一人の女生徒が、答えた生徒に掴みかからんばかりに迫る。


「ちょっと、どういうことなの。たけるを探索委員に勧誘?」


「おわわわわわわわ。先輩、絞まる締まる首が締まる」


「あー。落ち着け。天寺あまてら落ち着け」「ミカっちどうどう」


 数人が興奮気味の女生徒――天寺あまてら三火みかを取り抑え、話を戻した。


「じゃあ守砂すさのやつ、迷宮書庫行ってんの?」


 これに、またしても室内が静まりかえる。


「……やばくね?」「守砂すさってまだ数ヶ月だよね?」「そもそも地上うえ専だって」「説明ゼロ状態だしな」「まあ最悪死んでますよね」「あかんやつやん」


「あかんやつやん、じゃなくて!」


 先ほど取り抑えられた女生徒が、拘束から脱してわめいた。


「救出隊を! 組むわよ!」

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