二章 図書委員は仲間を募る 4


   ○


「うーむ、これ、ちょっと見込みが甘かったかな?」


 翌日の昼休み。たけるは学園の中庭でひとり、手製の弁当をもぐもぐやりつつ手元のプリントに×印を付けている。


加来かくもだめー、と。ていうか彼、津久澄つくづみ先輩が今いる隊の隊長だったんだな……怒る怒る)


 プリントの内容は図書探索委員の名簿コピーだ。最早半数近くに×印が入っている。


「十数人に声かけて全滅か。今日で駄目だとまた来週、かな」


 土日は基本的に図書館もお休みなので(フブル司書と、迷宮書庫アタック希望の探索隊はいる)、誘いをかけることも出来ない。


 苦悩に目を閉じ、眉をハの字にして、デザートのシャインマスカットを口に運んだところで、箸の先から重さが消える。


「?」


「おいしー。日本の果物すきー」


 目を開けると、目の前で口をもごもごやる空色の髪が見えた。たけるの困惑の視線を受けて、彼女はふふんと笑う。


「お困りのようですねせんぱ」たけるは空色の頂点にチョップした。「いたぁ!? 何すんですか!?」


「エスキュナかあ」


「スルーした! カワイイ後輩の文句スルーした!!」


 自分で言ったよ、と思いつつ、たけるは取られないように残りをそそくさ口に入れる。


「あっずるい! もう一個欲しかったのに!」


「もぎゅもぐ……んぐ、僕も好きなんだよ、シャインマスカット」


 種まで取られた食用特化感がたまらない。お前それ捨てていいのか。


「んで何の用なの、後輩さん」


「むぐぐ! 扱いがぞんざいですね! なんですか人が助けてあげようとしてるのに!」


 かくん、とたけるが首を横に倒して、疑問のポーズ。


「聞きましたよ! メンバー探してるんでしょう? 水くさいですねせんぱい、ここに頼れる後輩がいるじゃないですか!」


「ド初心者の僕と一緒に仲良く遭難した後輩しか見えないな」


「むかぁー! 随分な態度ですね! 次はわたしのカッコいいとこ見せてあげますよ!」


 冗談はさておき。たけるはエスキュナに向き直る。薄く笑って聞く。


「色んなとこ入って品定め中って聞いてたから遠慮してたんだけど。いいの? こんなメンバーも揃ってない初心者隊で」


 こくこく、とエスキュナが頷く。


「えへへ~実はどこもなんかびしっと来なくて……」


「クラスに馴染めない子かな」


「失敬なクラスの人気者ですよわたしは。ほら、あんまりガチなの怖いじゃないですか」


「ゆるいなあ」


 腕組んで、大丈夫かな、と思うたける


「それに、ですね」エスキュナが続けた。「助けに来てもらって、嬉しかったんですよね。せんぱいがそーゆーこと中心にやるなら、協力したいなって」


「……エスキュナ…………」「えへへ」


 たけるが少女を見返す。照れくさげに笑う彼女。傍からは、感動的な場面のように見えた。


「………………」「えへへ……へ」


 さらに。もう少し見つめる。やや頬が引きつった。


「……あ、あの、その、どうしたん、ですか?」


「なんでこの前の当番の時言わなかったの、それ」


 さく、と言葉で刺してみる。エスキュナの目が泳いだ。


「その、すぐ入ろうとしたら軽く見られるかなあって……困ったとこに来た方が、その、ありがたく思ってくれるかと……」


 軽い沈黙が落ちた。再び薄く笑って、続けて問う。


「本音は?」


「お願いしますわたしも入れて下さい! もうぼっちは嫌ですぅ!」


 半泣きでひっしとたけるの腕にすがりつくエスキュナ。


「他のとこに入れてもらってもなんか居心地悪いんですよう! お願いしますせんぱい! 入れて下さい! もうわたしせんぱいじゃないと駄目なんです!」


「言い方ぁ!」


 晴れた中庭。昼休み。人がいない訳ではない。大声。


 はっ、とたけるが周囲を見回した。


「あらあら」「ちょっと、あれ……」「まあまあ」「やっぱ外国は進んでるな」「お熱いことですなあ」「男の方爆発すれば良いのに」「風紀が! 風紀が乱れてるわ!」


「……うわあ! やめろ! 誤解が広まる前に今すぐ離れろあっち行けー!」


「誤解ってなんですかぜったい嫌です! せんぱいが入れてくれるまで離しませんからね!」


 色々な蔑視を受けつつ、たけるの隊が一人埋まった。




「……以後、注意するようにな」


「はい……」「はーい!」


 放課後。呼び出された生徒指導室からしょんぼりと出るたけると、上機嫌のエスキュナ。


「押し切られた……。まあ……まあいいか……。これであと一人」


 苦々しい思いながら、たけるが算段する。だが、まだ打診していない探索委員はいてもフリーの存在、というのは数少ない。


「さて、見つかるかどうか」


津久澄つくづみせんぱいもいるんでしょ? なら三人でもへーきですって!」


 私が二人分働きますよ! と虚空へシャドーを始めたエスキュナを横目で見つつ、


(絶対あと一人捕まえよう)


 たけるは決意を新たにするのであった。


   ○


 そして。翌週。


「見つかった?」


「ダメデス」


 べちゃり、とカウンターに突っ伏すたけるを、今回の図書当番相方であり、先輩であり、あの時尊たける達を助けに来た一員でもある雨野あめの朱見しゅみが笑った目で見る。


「私一応役員なんでサボれないんだけど、探索委員なると当番サボりがちになる子多いからさ~」突如、声色が変わる。「スッサーも潜るようになったら来なくなるんでしょ……」


 よよよ、と嘘泣きする彼女に呆れつつ、


「いやまあ、結構楽しいんですよ図書委員こっちも」これは本当の話だ。「学校で余所の人と話せるの普通無いし……っと、こんちはー」


 言っているそばから一般利用者がやって来る。


「ええと、子供が言ってる絵本が見たくて……」


「タイトルはどんなんです?」


 蔵書検索画面を開きつつ聞くと、ママさんらしき女性は続ける。


「分からないんですけど……その……恐竜が出てくる……」


(こ、これは厳しい案件だぞ)


 たけるの利用者用スマイルが一瞬固まる。ちなみに蔵書検索へ『恐竜』と打ち込んで出てくる冊数は貫禄の数千冊越え、絵本に限定しても軽く八百冊は越える。男子と子供の一大人気ジャンルなのだ、恐竜は。たけるも嫌いでは無い。


「どんなお話かは分かります~?」


 雨野あめのの助け船に、ママさんは記憶を探るように、


「ええと、うちの子は病院の外に恐竜が出るって」


(なんだそれ)


 ということを、絵本の展開に言っても仕方ないと言うことはここ数ヶ月でたけるも理解していた。絵本、ストーリー展開が自由である。


(うどんが川渡った時には戦慄したからな)


 思いつつ、モニタ上にリストアップされた絵本達を検討する。病院があるので、実際に恐竜がいた大昔を舞台にした系は除外。


「んー……これか、これか……すんません、カウンターお願いします」


「はいよー、行ってらっしゃーい」


 とりあえず候補に選んだ本のデータをレシート印刷して探してみる。ママさんと一緒に絵本棚を探索探索。


「これは?」「違い……ますね」


「これでは?」「違うと思います」何度か繰り返し、


「むむむむむ……」


 手持ちの書誌情報が尽きた。もう一度、と戻りかけるところで


「ご面倒おかけしてすいません、もう一度こっちで調べてきますので」


 申し訳なさそうなママさんである。しかしこれで帰しては図書委員としてどうか、などと新米図書委員・守砂すさたけるが思った時だ。


「――あ」閃く。「ちょいとお待ちを!」


 ででで、と(早歩きで)カウンターに戻って、検索システムにフリー欄を出し、


「『びょういん』を追加っと。これで、多分――」


 出てきた結果をプリントアウトして、再度捜索。ほどなく、一冊の絵本を見出した。


「これですかね?」


 たけるは『きょうりゅうがすわっていた』という絵本をママさんに差し出した。ぱらぱらと内容を見るママさん。


「…………あっ、これです! 図書委員さんすごい! ありがとうございました!」


 笑顔になり去って行くママさんを見送って、小さく拳を握るたけるである。


「――よし」


 見つけた。たどりつかせることができた。カウンターに戻れば、雨野あめのが賞賛で迎えた。


「おみごと~。あーそっかそっか、フリー欄ならあらすじも参照できるもんねえ」


「いやはは、ばたばたしちゃって……」


 照れるたけるへとぱたぱた手を振りる雨野あめの


「いやいや。フツーに感心してるよん。あたし絵本には詳しくないし」


 思えばそもそも雨野あめの先輩、パソコンの操作も人差し指である。


「スマホと違ってやりづらいんだよね、キーボード……」と本人の弁だ。


「まあ最悪、フブル先生に聞けばいいですけど」


 今は最上階にいるはずの司書は、嘘か誠か全資料を覚えていると豪語する。だが、この図書館において外部との交渉を一手に引き受ける彼女はかなり多忙なので軽々には頼れない。


「それにしても、よくまあこんな場所が学校だけで独占できてますよね」


 規模もだが、地下も含めれば魔法だのなんだの、はっきり言ってとてつもなく異常だ。国レベルの研究対象になっていてもおかしくはない。


「なんかね、地主……図書館の方ね。政府や外国にも顔が利くんだって。ここ、私有地なのよ」


「千年前からあるって話ですよねここ? 裏の権力者って奴かあ……」


 思わず背筋が寒くなる。ただ、こんな場所を運営しているのだ。たけるは館内を笑って眺める。


「普通の人じゃそりゃ無理ですよね、この図書館……地主の人に感謝しないとな」


「……ほんとに楽しんでんだね、地上の図書委員も」


 雨野あめののそんな評価を薄く笑って受け流しつつも、無理はないとたけるは思う。何故なら。


「だーってスッサー、去年度のウチは何考えてんのか分かんなかったもんね。いっつも笑ってたけど、アレ、どうでもいいって笑いだったでしょ?」


 彼は軽い驚きを得た。雨野あめのの盛られた睫毛の奥で、アーモンド型の瞳が輝く。


「別に、それで誰がメーワクするでもないからさ、わざわざ言う気なんて無かったケド? 地下行ってからちょっと違うジャン、って思ってさ」


(……すごいな。この人)


 感嘆と軽い尊敬の思いと共に、両手をちょこんと挙げる。降参。


「ここ二年くらい、趣味が出来てなくてですね。沈んでたってワケじゃないですけど」


「ダルかったわけ?」


「そんなとこです」


 顔を横に倒して覗き込んでくる雨野あめのへ、苦笑して肯定する。


「地下迷宮書庫が、その代わりになんの?」


「たぶん」


「そっか」彼女は顔を戻す。「でもそれじゃ、地上委員やってっと潜れないんじゃね?」


 無邪気に尋ねる雨野あめのに、たけるは最近の自分に見出したことを口にする。それは、つい先日。大国を連れ帰った時からのことだ。


「――人が求めてるものに連れていくってのも、僕の性に合ってるみたいなんですよね」


「ふ~ん。ま、長続きするならいいことだー」雨野あめのが顔を起こし、上体を反らし伸びをする。もうすぐ閉館だ。「なんかあったら言いな~? スッサー。私ベテランだから」


 上機嫌で閉館作業に入る雨野あめのへ、しかしたけるはこっそり嘆息する。


 探索委員なら、かつてと似たようなことができる。それは確かだが。

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