二章 図書委員は仲間を募る 4
○
「うーむ、これ、ちょっと見込みが甘かったかな?」
翌日の昼休み。
(
プリントの内容は図書探索委員の名簿コピーだ。最早半数近くに×印が入っている。
「十数人に声かけて全滅か。今日で駄目だとまた来週、かな」
土日は基本的に図書館もお休みなので(フブル司書と、迷宮書庫アタック希望の探索隊はいる)、誘いをかけることも出来ない。
苦悩に目を閉じ、眉をハの字にして、デザートのシャインマスカットを口に運んだところで、箸の先から重さが消える。
「?」
「おいしー。日本の果物すきー」
目を開けると、目の前で口をもごもごやる空色の髪が見えた。
「お困りのようですねせんぱ」
「エスキュナかあ」
「スルーした! カワイイ後輩の文句スルーした!!」
自分で言ったよ、と思いつつ、
「あっずるい! もう一個欲しかったのに!」
「もぎゅもぐ……んぐ、僕も好きなんだよ、シャインマスカット」
種まで取られた食用特化感がたまらない。お前それ捨てていいのか。
「んで何の用なの、後輩さん」
「むぐぐ! 扱いがぞんざいですね! なんですか人が助けてあげようとしてるのに!」
かくん、と
「聞きましたよ! メンバー探してるんでしょう? 水くさいですねせんぱい、ここに頼れる後輩がいるじゃないですか!」
「ド初心者の僕と一緒に仲良く遭難した後輩しか見えないな」
「むかぁー! 随分な態度ですね! 次はわたしのカッコいいとこ見せてあげますよ!」
冗談はさておき。
「色んなとこ入って品定め中って聞いてたから遠慮してたんだけど。いいの? こんなメンバーも揃ってない初心者隊で」
こくこく、とエスキュナが頷く。
「えへへ~実はどこもなんかびしっと来なくて……」
「クラスに馴染めない子かな」
「失敬なクラスの人気者ですよわたしは。ほら、あんまりガチなの怖いじゃないですか」
「ゆるいなあ」
腕組んで、大丈夫かな、と思う
「それに、ですね」エスキュナが続けた。「助けに来てもらって、嬉しかったんですよね。せんぱいがそーゆーこと中心にやるなら、協力したいなって」
「……エスキュナ…………」「えへへ」
「………………」「えへへ……へ」
さらに。もう少し見つめる。やや頬が引きつった。
「……あ、あの、その、どうしたん、ですか?」
「なんでこの前の当番の時言わなかったの、それ」
さく、と言葉で刺してみる。エスキュナの目が泳いだ。
「その、すぐ入ろうとしたら軽く見られるかなあって……困ったとこに来た方が、その、ありがたく思ってくれるかと……」
軽い沈黙が落ちた。再び薄く笑って、続けて問う。
「本音は?」
「お願いしますわたしも入れて下さい! もうぼっちは嫌ですぅ!」
半泣きでひっしと
「他のとこに入れてもらってもなんか居心地悪いんですよう! お願いしますせんぱい! 入れて下さい! もうわたしせんぱいじゃないと駄目なんです!」
「言い方ぁ!」
晴れた中庭。昼休み。人がいない訳ではない。大声。
はっ、と
「あらあら」「ちょっと、あれ……」「まあまあ」「やっぱ外国は進んでるな」「お熱いことですなあ」「男の方爆発すれば良いのに」「風紀が! 風紀が乱れてるわ!」
「……うわあ! やめろ! 誤解が広まる前に今すぐ離れろあっち行けー!」
「誤解ってなんですかぜったい嫌です! せんぱいが入れてくれるまで離しませんからね!」
色々な蔑視を受けつつ、
「……以後、注意するようにな」
「はい……」「はーい!」
放課後。呼び出された生徒指導室からしょんぼりと出る
「押し切られた……。まあ……まあいいか……。これであと一人」
苦々しい思いながら、
「さて、見つかるかどうか」
「
私が二人分働きますよ! と虚空へシャドーを始めたエスキュナを横目で見つつ、
(絶対あと一人捕まえよう)
○
そして。翌週。
「見つかった?」
「ダメデス」
べちゃり、とカウンターに突っ伏す
「私一応役員なんでサボれないんだけど、探索委員なると当番サボりがちになる子多いからさ~」突如、声色が変わる。「スッサーも潜るようになったら来なくなるんでしょ……」
よよよ、と嘘泣きする彼女に呆れつつ、
「いやまあ、結構楽しいんですよ
言っているそばから一般利用者がやって来る。
「ええと、子供が言ってる絵本が見たくて……」
「タイトルはどんなんです?」
蔵書検索画面を開きつつ聞くと、ママさんらしき女性は続ける。
「分からないんですけど……その……恐竜が出てくる……」
(こ、これは厳しい案件だぞ)
「どんなお話かは分かります~?」
「ええと、うちの子は病院の外に恐竜が出るって」
(なんだそれ)
ということを、絵本の展開に言っても仕方ないと言うことはここ数ヶ月で
(うどんが川渡った時には戦慄したからな)
思いつつ、モニタ上にリストアップされた絵本達を検討する。病院があるので、実際に恐竜がいた大昔を舞台にした系は除外。
「んー……これか、これか……すんません、カウンターお願いします」
「はいよー、行ってらっしゃーい」
とりあえず候補に選んだ本のデータをレシート印刷して探してみる。ママさんと一緒に絵本棚を探索探索。
「これは?」「違い……ますね」
「これでは?」「違うと思います」何度か繰り返し、
「むむむむむ……」
手持ちの書誌情報が尽きた。もう一度、と戻りかけるところで
「ご面倒おかけしてすいません、もう一度こっちで調べてきますので」
申し訳なさそうなママさんである。しかしこれで帰しては図書委員としてどうか、などと新米図書委員・
「――あ」閃く。「ちょいとお待ちを!」
ででで、と(早歩きで)カウンターに戻って、検索システムにフリー欄を出し、
「『びょういん』を追加っと。これで、多分――」
出てきた結果をプリントアウトして、再度捜索。ほどなく、一冊の絵本を見出した。
「これですかね?」
「…………あっ、これです! 図書委員さんすごい! ありがとうございました!」
笑顔になり去って行くママさんを見送って、小さく拳を握る
「――よし」
見つけた。たどりつかせることができた。カウンターに戻れば、
「おみごと~。あーそっかそっか、フリー欄ならあらすじも参照できるもんねえ」
「いやはは、ばたばたしちゃって……」
照れる
「いやいや。フツーに感心してるよん。あたし絵本には詳しくないし」
思えばそもそも
「スマホと違ってやりづらいんだよね、キーボード……」と本人の弁だ。
「まあ最悪、フブル先生に聞けばいいですけど」
今は最上階にいるはずの司書は、嘘か誠か全資料を覚えていると豪語する。だが、この図書館において外部との交渉を一手に引き受ける彼女はかなり多忙なので軽々には頼れない。
「それにしても、よくまあこんな場所が学校だけで独占できてますよね」
規模もだが、地下も含めれば魔法だのなんだの、はっきり言ってとてつもなく異常だ。国レベルの研究対象になっていてもおかしくはない。
「なんかね、地主……図書館の方ね。政府や外国にも顔が利くんだって。ここ、私有地なのよ」
「千年前からあるって話ですよねここ? 裏の権力者って奴かあ……」
思わず背筋が寒くなる。ただ、こんな場所を運営しているのだ。
「普通の人じゃそりゃ無理ですよね、この図書館……地主の人に感謝しないとな」
「……ほんとに楽しんでんだね、地上の図書委員も」
「だーってスッサー、去年度のウチは何考えてんのか分かんなかったもんね。いっつも笑ってたけど、アレ、どうでもいいって笑いだったでしょ?」
彼は軽い驚きを得た。
「別に、それで誰がメーワクするでもないからさ、わざわざ言う気なんて無かったケド? 地下行ってからちょっと違うジャン、って思ってさ」
(……すごいな。この人)
感嘆と軽い尊敬の思いと共に、両手をちょこんと挙げる。降参。
「ここ二年くらい、趣味が出来てなくてですね。沈んでたってワケじゃないですけど」
「ダルかったわけ?」
「そんなとこです」
顔を横に倒して覗き込んでくる
「地下迷宮書庫が、その代わりになんの?」
「たぶん」
「そっか」彼女は顔を戻す。「でもそれじゃ、地上委員やってっと潜れないんじゃね?」
無邪気に尋ねる
「――人が求めてるものに連れていくってのも、僕の性に合ってるみたいなんですよね」
「ふ~ん。ま、長続きするならいいことだー」
上機嫌で閉館作業に入る
探索委員なら、かつてと似たようなことができる。それは確かだが。
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