二章 図書委員は仲間を募る 5


(なんかあったらも何も、潜れればの話なんだよねー)


 んがー、と放課後の廊下を歩く。中々四人目が見つからない。


「うぎー……。後残ってるのは……リストリスト」


 メンバーが集まらないのはたけるが初心者だというだけの話ではない。主な原因は、彼の主目的が『隅から隅までの探索中心』『取り残され救助』の二点であることだ。


(本当にバイト目的の人多いんだな。それ以外の目的持ってる人はもう他の隊入ってるし)


 たとえば、先ほどの雨野あめのの隊などがそれだ。女生徒中心で、美容・服飾本を専門に探索し、秘伝のダイエット、呪術的なファッションなどの美容知識がいち早く手に入ると評判である。


(占いとかも、魔書の存在知っちゃうと軽くは笑えないね)


 最近は、そんな風に一分類(哲学、宗教、心理)の本を見てしまうたけるだ。


「やっぱ問題は方針なのかなあ……」


 思わず。ぽつりとこぼした時だ。


 ぶるる、と懐のスマートフォンが振動を伝えてくる。確認すると、無料通信アプリの通知だ。


『せんぱい! 有能な私がおトクな情報を持ってきましたよ!』


『そうかおつかれ』


 句読点も変換もめんどくさく、スマホを懐に戻す。


「方針が間違ってるのかなあ……」


「なんで詳しく聞かないんですかー!」


 どだだだ、と階段を駆け降りる音と、怒りの抗議。本体に遅れてなびく二束の空色。


「エスキュナさあ。確認できるとこにいたなら普通に声かければいいのに」


 たけるはどうでもよさそーに薄く笑って言う。後輩、地団駄。


LUINルインで返信してる間に、後ろにいて声で返事、ってやつやりたかったんですよ! ドラマで見たし!」


「やれたじゃない、今」


「もっとロマンチックに! したかったんですー! なんですかせんぱい! ロマン無し男!」


 注文が多い。たけるは嘆息しつつ、エスキュナの肩に優しく手をかけた。微笑む。


 異国生まれの少女が戸惑ったようにこちらを見た。


「そういうのどうでもいいから何の用?」


「うう、なんか仕草だけ優しいけど言ってることひどい……」


 さめざめといじける。その上から、もう一つ声が降ってきた。


「おいエス公! お前すっ飛んで行くんじゃねえって!」


 たたた、と階段を駆け降りてくる姿は、いつか見た赤色だ。


「ちょっとバカヤチ。その呼び方止めろっつったでしょ」


 思い出す。地下迷宮書庫で死んでいた下級生。


「あれ? ええと、大国おおぐに……だっけ」


「あっ守砂すさセンパイ……! ちっす! 大国おおぐに八治やちです! お疲れ様です!」


 びし! と居住まいを正し、礼までしてくる大国おおぐに後輩だ。


「ど、どうしたの急に」


「エス公に、守砂すさセンパイに助けてもらったって聞きました! あざっス!」


 頭を下げたまま、大国おおぐにである。


「おわわ」


 たけるが周囲を見回す。いじける留学生と、不動の礼を取る不良学生。放課後とは言えまだ生徒はあちこちにいる。目立つ。


「と、とりあえず図書館行こう。そうしよう」


 ふたりの手を引いて、あたふた逃げるたけるであった。




「んで、どういう?」


 図書館会議室。カウンターに断って部屋を借り、三人が座っている。


「教室でエス公から聞きました! 守砂すさセンパイがお困りだって!」


「二人ともクラス同じだったの?」


 たけるの問いに、大国おおぐには「はいっス!」勢いよく、エスキュナは「まあ」嫌そうに頷いた。


「夢だと思わせるって話だったけど……事情話しちゃったの?」


 エスキュナに問うと、彼女はひょいと両掌を上に上げた。


「次の日いきなり問い詰められちゃいました。いや、わたし夢でしょって言いましたよ?」


「ダチと話の流れで肝試し、って地下行ったら、犬に殺されて気付いたら上でしたからね」


 誤魔化しきれなかったんだな、という意思を視線に込めると、エスキュナは目をそらした。


「まあ、そっから話すようになって。事情はこいつか「こいつもやーめーてー」


 一瞬睨み合う両者。あんまり仲は良くないらしい。


「えーと、そういうわけなんで、俺、図書委員になりました!」


 びし、と雑な敬礼を決めてみせる大国おおぐにたけるが視線をエスキュナへ移すと、彼女もここばかりはえへんと胸を張った。


「言ったでしょせんぱい、おトクな情報って」


「いや、でもさ、なりましたって……」


「それがっスけどね」大国おおぐにが掌を上に向ける。「うちのクラス、もう一人の図書委員は地下にも行かねえし当番もサボりがちだって言うんで。やる気ねえならやめろって、こう」


 胸ぐらを掴むジェスチャー。たけるにもここまで来ると状況は飲めた。


「で、代わりに入った? それ、許可出たの?」


「担任とフブル先生には許可もらいました! 結構かかっちゃいましたけど!」


 勢い込んで答えるエスキュナ。彼女もただ何もせず数日いたわけではなかったらしい。


「そうか……ありがとね、ふたりとも」


 たけるも流石に笑顔になる。後輩二人も顔を見合わせ笑い合った。しかし。


「でもいいの、大国おおぐに。その、君ほら……大分おっかない思いしたと思うんだけどさ」


 はっきり言って、不良だのなんだの関係なく、トラウマになっていてもおかしくはない。


「それっスよ!」


「ど、どれ?」


 勢い込む後輩に、思わず仰け反るたけるだ。


「あのクソ犬、次会ったらタダじゃおかねえ! 絶対一発入れてやるっス」


 拳と掌を打ち合わせて、闘志に燃えている。たけるは目の覚める思いを抱いた。


(なんとまあ。こういう人もいるのか……)


「こんな調子で」その背後で、再び両掌を上にして、エスキュナ。「受付嬢さんに渡された魔書も適合してたみたいなので、行けるんじゃないです?」


 実務上は問題無し、とたけるは頷く。では、残る問題は。


「聞いてるかも知れないけど……僕の隊だとバイト代わりにはなりにくいかもよ」


「問題ねえっス! 探検中心っスよね? あと遭難した奴助けるの。シブいっスよ」大国おおぐにはうむうむと頷いて、続けた。「それに、バイトなら家でできっし」


 首を傾げる。答えたのはエスキュナだ。


「彼の家、駅前のスーパー『大黒屋』ですよ」


 へえ、とたけるも唸る。たまに食料品などまとめ買いに行く店だ。


「となるとあとは、津久澄つくづみ先輩がどう言うかなんだが……」


「むしろ歓迎しちゃうワ。運営側からしても、新人さンはいつでも歓迎よ」


 声は入り口から。開けた戸に手を掛けて、笑みを見せるのは図書委員会副委員長。


津久澄つくづみ先輩。それじゃあ――」


「オメデト。これで三人。ワタシ入れて四人。アタックするには十分よ」


「おお!」「やったー! ゴッタゴー!」諸手を挙げて喜ぶ下級生組。


守砂すさ隊、結成ね。帰りにワックで結成式なんてどう? 奢るわよ」


 もう一度、今度はたけるも入れて喜びの手が挙がった。




「地図をちゃんとしたいんですよ」


「ふうン」「ほー」「ふえ?」


 帰り道にあるハンバーガー屋で、四人が机を囲んでいる。話は自然、結成したばかりの隊の方針についてだ。


「聞いたんですけど、地図って隊ごとで管理してるんですって?」


「まあねえ。本の位置は申告しなきゃいけないし、個々人レベルで情報のやりとりはあったりするけど、詳細地図の方はね。基本自分の隊の損になるようなことは教えないし」


「それ、やりづらくねえんスか?」


「なんかさー、相手が失敗するように嘘教えるようなのも、前にいたんだって」


「うわ、なんだそりゃ。陰湿だな」


 エスキュナの言葉に、大国おおぐにが顔をしかめてポテトをかじる。津久澄つくづみも嘆息して眼鏡を押し上げた。


「流石にそういうのはもうペナルティ食らうけどね。ただ、他隊に情報は安々と渡さないみたいな空気、あるにはあるわね」


「前回の俺たちの件も、詳細地図の共通認識があればもっと楽だったと思うんですよね」


 実際、たけるの魔書能力が無ければ完全に遭難していた。津久澄つくづみが頷いて先を促した。


「つまり? 初層……地下三層から?」


「隅から隅までやります。津久澄つくづみ先輩には退屈かもですが」


 肩をすくめて、津久澄つくづみはバナナパイを一口。


「いーわよ……あらこれおいし。徹底的に探すなら、隠し通路がまだあるかもしれないしね」


 これに勢い込んだのはエスキュナだ。


「そうそう! バイトにはならないかもって言っても、新しい部屋とか見つけちゃったりしたら、新規図書発見ボーナス総取りですよ総取り!」


 夢見がちなお年頃である。大国おおぐにがストローをくわえながら鼻にしわを作る。


「そう上手いこと行くんか~?」


「可能性は無い訳じゃ無いってレベルね。三層から五層って、昔の人たちに探索され切っちゃったって認識が強くてね。精査はそこまでされてないの。するにしたって、浅い層だと大したものは出にくいから、深くまで潜ってる隊はスルーしてるし」


 まあとにかく、とたけるがハンバーガーを口に放り込む。


「明日の放課後に最初のアタックを――って、そうだ。明日放課後当番になってる人、いる?」


「……………」「………………」そろり、と後輩二人が手を挙げた。


「明後日ね。僕の隊は緊急以外、サボりはダメ」


 二人の抗議の悲鳴を聞きつつ、場を締めた。


   ○


 騒音が周囲で鳴り響く。馴染みの無い者だと、耳をふさいで出て行ってしまうこともある。


(久し振りに来たなあ)


 たけるはそう思いながら、ゆっくりとした足取りで半地下の室内を進んだ。照明自体は薄暗いが、それを圧する光の洪水がそこかしこから四角に縁取られて溢れている。


 駅前のゲームセンター『ガロット』だ。守砂すさ隊結成式の解散後、ふと足が向いた。


 たけるが後遺症を得てから見つけた、いくつかの趣味のひとつにクレーンゲームがある。ぬいぐるみ、お菓子、フィギュア。取ってどうするということはないものの(そのまま友人に進呈したりするのが常だ)、取ることそれ自体を楽しむ、という感じである。


「なんかちょっと見ない間に景品変わっちゃったな~」


 音の洪水。四角い光の数々。それらの源であるビデオゲームは趣味の範疇外ではあるが、観戦は好きだし、たまにスマホのゲームくらいはする。


 雑多な娯楽の海を泳ぐ回遊魚のように、筐体の間を歩く。


守砂すさ君じゃないですか」


 と。横からかけられた声にたけるは振り向いて。その意外に目を剥いた。


御高みたか委員長!?」


 敷地の端、シューティングゲームコーナーに彼はいた。半身をこちらに向けている。


 御高みたかは2P側席に空き椅子を置き、ゲーム画面へ向き直る。ステージの間だったようだ。


「こんなとこ来るんですね……」横に座って、たける


「前に通っていた所が潰れましてね。いやあ、ゲームセンターにも厳しいご時世です」


「こんな趣味があるとか知りませんでした。案外不良だなあ」


「はは、秘密にしておいてください。別にうちの学校では校則違反じゃありませんが」


 会話しながら、御高みたかは華麗に自機を操って無数の敵弾をかいくぐり、次々と敵機を撃ち落としていく。そのレバーさばきには一瞬の躊躇も無い。決まり切った動作をするようだ。


「上手いなあ」


 たけるはSTGのことは門外漢ではあるが、このプレイングが並では無いこと程度は分かる。敵弾幕のあるかどうかも分からぬ隙間をミリ単位の調整で抜けていくのだ。グラフィックの見た目では分からない当たり判定を見切っていなければ、こうはできない。


「案外ね。地下閉架迷宮書庫探索に通じるものがあるのですよ」


 御高みたかは意外なことをしながら、意外なことを言う。たけるの困惑を感じ取ったのか、彼は続けた。


「シューティングというのは基本的には記憶のゲームでしてね。敵の出現パターン、攻撃パターン、撃破の順番。それらを失敗しながら覚えて」


 巨大な敵――ボスが現れた。御高みたかの自機は、確信を持っているかのように迷い無く動き、弾を撃ち込み続ける。


「後は心を落ち着けて、実行する。経験を積んでミスをなくす。迷宮書庫探索も同じことです。魔書生物は記述の存在なので成長しません。迷宮も仕組みは変わりません」


「そう言われれば、そんな気もしますけど」


「トライアンドエラーが出来ますからね。何にでも相通じる物はあるということです」


 無敵回避手段であるボムも数発残し、ボスが爆炎に包まれる。御高みたかはリザルト画面から視線をたけるに移す。


「隊員が揃ったようですね。隊の方針もユニークだ」


「耳が早いなあ」たけるは薄く笑う。


「委員長ですので。声高には言いませんが、君には結構期待しています。エスキュナ君もね、素質は優れた物があると思ってはいたのですが」


 同じ後輩を脳裏に描いて、今度は互いに苦笑する。


「新しいことをやる、となれば反発はあるでしょうね。立場的に、特別に庇ったりは出来ませんが……君には釈迦に説法、というところですかね」


「その辺は、慣れてますよ。――ご存じの通りに」


 ゲームのスタッフロールが終わり、二周目のスタートを告げる音楽が鳴った。御高みたかが筐体へと向き直り、たけるは席を立った。背中で御高みたかの声がかかった。


守砂すさ君。――何よりもまず、楽しんでください。ゲームでもやる気分で――でも、本気で」


 たけるは振り向く。御高みたかは背を向けたまま、もう何も言わなかった。

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