二章 図書委員は仲間を募る 6
○
そんな訳で、二日後の放課後だ。
「んじゃ、行くか」
「うーす!」「ゴッタゴー!」「頑張ってね、リーダー」
意気揚々と、一行は地下書庫三層へと踏み込んだ。そして。
「うおおおコウモリにパンチ当たらねえ!」「わっはぷ! モモンガが顔に! 顔に!」「こんにゃろ! ……痛ってえ足かまれた!」「ハイハイ、逃げなさい逃げなさい」
どたどたばたん。十分後には、それぞれ五十cmは優に超える地下書庫の魔書生物に襲われ、地下書庫のエントランスでひいこらと突っ伏している三人+苦笑いで見守る
「はーはー……あ、かじられた足治った」「こ、コウモリがあんな速えとは……」「ううう、顔おもいっきり引っかかれました……」
「いやあ、見事にグダったわね」
この様である。数体は倒したものの、あえなく総崩れと相成った。
「ま、最初はこんなもんよねえ」
余裕なのは
「エス公、お前もなんで一緒になってやられてんだよ」
「えへへ、おかしーなー?」
「いや、俺が悪かった。今思うと無計画過ぎたよ」
「ガルムって大物しか見てないから見通し甘かった。雑魚も今の俺らには十分強敵だ」
頭を下げる。一度襲われる度に生死がかかるようでは、探索どころでは無い。
「い、いやセンパイが謝るコトじゃねえっすよ」
「そーですよ!
「あらあら」
「そうじゃないよ、エスキュナ。俺が指示しなきゃ。リーダーなんだから」
「くそっ、こりゃブランクだな……ちゃんと隊列組もう。
「なあに?」
「今から隊の戦術組むんで、おかしかったらアドバイスをくれ……っあっ! と」
上級生への言葉遣いにはっと気づいて、
「すんません、生意気言いました」
「あれ~?
エスキュナがここぞとばかり、面白げに言ってくる。
「昔の癖で……ちゃんと直します」
「いえ、ちょっと待って
視線だけ上げて、
「昔は大人に囲まれてて。効率を上げるためにそうしてたんです。一瞬の遠慮が命取りになることもあるんで」
「あー。スポーツでそーいうことしてるチーム、結構あるっスよね。コートの中では先輩も後輩も無し、ってやつ」
「ナルホドね……うン、悪くないわね。リーダーがいちいち気を遣ってても具合悪いもの。いいわ。
上級生で、さらに副委員長でもある
「ありがとうございま……「そうじゃないでしょ? 隊長?」
言葉をさえぎって、ちっちっと指を振る
「ありがとう」
「オッケーよン」
「んで、
「ええ。……ま、そういうコトよエスチャン。頭と緊急時対応は予め決めとかないとね」
にっこりと、
「むむむ。わたし今新人じゃないのに駄目な子扱いになってますね!?」
「頼りにはしてるよ。基本的に戦闘は避ける方針だけど、魔書生物に見つかった場合、まず
「そうね。長城の記述された部位を出現させる魔書よ。回数制限はあるけど、まあ一桁階層の雑魚なら大体ノーリスクで止められるわ」
「
「うス!」「りょーかいです!」
よし、と
「俺は基本マッピングと指揮、攻撃補助をする。どーも俺の魔書、攻撃用の記述が無いや」
「その方がいいわね。
話がまとまる。
「すいませーん! わたし見つかりましたー!」
「大声出すな。
「オッケ。――三頁『小河口』よいしょっ!」
本をふらふら見ていたエスキュナを追いかけて滑空するひねくれモモンガの爪を、
「先輩上手い! ……
「これなら当たるぜ、オラッ!」
魔書『英雄乃書』を持つ
「とっどめー!」
叩き伏せられた相手を二体まとめて、魔書『原初競技』を使用するエスキュナが蹴り飛ばす。地面を転がった先で、魔書生物二体が紙片に変わった。
「やったやったー。リベンジせいこー! 初勝利!」
「お前騒ぐなって言われただろ……」
ぴょんぴょん跳ねるエスキュナをたしなめる
「ま、連携できればこンなとこね」
「魔書の方はどうなんだ?」
「使い込めばそれだけ、使える記述も多くなるわ。今は何も無くても、続けられれば出てくるわよ」
「おお、マジか」「たのしみ~」
「
(そうなると、仮に適合しても複数の魔書を使い回すのは効率が悪いってことになるな……)
現在の
探索における効果は絶大、かつ記述数で言えば、
(戦闘は不向きだな、やっぱり)
先日の戦闘で巨犬……ガルムが倒されているため、三層の探索はスムーズに行われた。
「ああいう強烈なのは特別でね、ヌシって言って再生成にまた少しかかるのよ。一週間くらいかしらね。ガルムなら――そうね、五層をまともに回れる力があって初めて戦いになるわね」
「そーいえばさっきのかじりネズミといい、名前って誰がつけてんですか?」
「正式名称は紙片に書いてあるンだけど……ややこしいのが多いからね。通称は基本、
ほう、と感心する。確かに、何やら脱力系ながら特徴を捉えた名前は彼女らしい。
「でもま、彼女も神話とかの魔書生物は素直にその名前を付けてるわね」
「神話の? あ~そっか、ガルムとかそうですよね。ギリシャ神話?」
「北欧よ、北欧神話」
エスキュナの納得に、
「そーいうのは相手するの、しんどそうだなあ」
道を歩き、分かれ道があれば片方を行き止まりまで進む。引き返して、残る道へ。繰り返す。
「四層への階段はっけん!」
「ほい、チェックしといて残り行くぞ」
エスキュナの報告をさらりと流し、
「降りないんスね……」階段に目を引かれつつ、
「ウチはまずは地図埋め優先だよ」
さらに十数分ほども歩き回って、
「地図もおおかた埋まりましたかね」
「そうね。三層はそンな広いもンじゃないしね」
「センパイのリュック、色々入ってるんスね」
「んー、元々趣味で使ってたやつ」答えながらも手は休まない。「で、だ。
完成。周辺を警戒していた
「あらキレイ」
眼鏡を輝かせ感嘆する
「んで、ここ」
「これが?」
「ちょっと気になるんで。この周辺、確認しても?」
「ふぅン。全体図を俯瞰、ね。――いいケド、地下閉鎖迷宮書庫って全部が全部正方形の形してるわけじゃないわよ?」
「そうだとは思う。でも、気になって」
「アナタが隊長。行動の最終判断はアナタが下すの、よろし?」
「む」その通りだった。
全員が頷いた。目的地へと向かう。
到着後、
「これ全部、大昔に入れられた本なわけですか」
「いいえ。ここにある大半の本は、地下書庫が『作った』本なの」
「作った……?」
「考えてもみなさい。この数の書架、全てに本が詰まってるのよ」
「地下の階層も考えたら、明らかに数がおかしいですよねー。何百万……いや何千万?」
「どっから持ってきたんだって感じだよな」
さらに。
「……どこの国の文字だ、これ」
内容は、海外を渡り歩いた
「アタシも聞いた話だけど。この迷宮書庫にある本はね、この世に生まれ出たあらゆる本って話よ。深層にある本には、現行人類が知らない文字もあるって話。――こっちはギリシャ語ね」
「なんだそりゃ」
「何かね、世界の記憶から本を再現してるって、フブルちゃんが言ってた」
「……なんだそりゃ」
エスキュナの補足に、
「作られた本も、ここでは普通に読めるけど、魔書のような力は無いし、地下書庫から持って出ちゃうと消えて、ここに戻っちゃうわ。その中から、『作られた』本では無い実際の本を見つけるのが、アタシ達の仕事なワケ」
聞きながら、
「なるほど……それでか」書架に並ぶ本を見る。「地下書庫が自分から本を揃えるせいか、気味悪いくらいぴったりと順序よく棚に刺さってる」
図書館の本とは、整然と分類順、著者名順に並べるのが理想である。だが人間が棚から取って、読み、返す都合上、
「多分、人任せだとこうは綺麗に返らない」
「あはは。そーそー。上でもそうですよね!」「客もよお、元の場所がわかんねえなら返却台車でいいのによ」「あんた人のこと言えるほど覚えてないでしょ」
「まあまあ。一般学生ならNDCの場所が合ってれば上出来よね」
地上での図書委員仕事を思い出した皆が苦笑する中、
「
「この辺、同じ本が並んでる……んだけど、これだ」
「勝手に書架の並びまで直るなら……これはおかしい」
かたん、と。
「「「!」」」全員が目を剥いた。
音もなく。本棚が左へ動き、木製の扉が現れた。
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