二章 図書委員は仲間を募る 6


   ○


 そんな訳で、二日後の放課後だ。大国おおぐにも、魔書関連の知識はエスキュナから聞いていた。能力の情報を交換して、


「んじゃ、行くか」


 たけるが現役時代愛用のリュックを背負い直し、隊員へ声をかける。


「うーす!」「ゴッタゴー!」「頑張ってね、リーダー」


 意気揚々と、一行は地下書庫三層へと踏み込んだ。そして。




「うおおおコウモリにパンチ当たらねえ!」「わっはぷ! モモンガが顔に! 顔に!」「こんにゃろ! ……痛ってえ足かまれた!」「ハイハイ、逃げなさい逃げなさい」




 どたどたばたん。十分後には、それぞれ五十cmは優に超える地下書庫の魔書生物に襲われ、地下書庫のエントランスでひいこらと突っ伏している三人+苦笑いで見守る津久澄つくづみがいた。受付嬢は我関せず、机に座ったままだ。


「はーはー……あ、かじられた足治った」「こ、コウモリがあんな速えとは……」「ううう、顔おもいっきり引っかかれました……」


「いやあ、見事にグダったわね」


 この様である。数体は倒したものの、あえなく総崩れと相成った。


「ま、最初はこんなもんよねえ」


 余裕なのは津久澄つくづみだけだ。経験者ゆえ当たり前だが、


「エス公、お前もなんで一緒になってやられてんだよ」


「えへへ、おかしーなー?」


「いや、俺が悪かった。今思うと無計画過ぎたよ」


 たけるが手を挙げる。隊員が思わず見返す。


「ガルムって大物しか見てないから見通し甘かった。雑魚も今の俺らには十分強敵だ」


 頭を下げる。一度襲われる度に生死がかかるようでは、探索どころでは無い。


「い、いやセンパイが謝るコトじゃねえっすよ」


「そーですよ! 津久澄つくづみせんぱいめちゃ強なんだから助けてくださいよ~」


「あらあら」


「そうじゃないよ、エスキュナ。俺が指示しなきゃ。リーダーなんだから」


 たけるの言葉に、津久澄つくづみが面白そうに眼鏡を光らせた。


「くそっ、こりゃブランクだな……ちゃんと隊列組もう。津久澄つくづみ先輩」


「なあに?」


「今から隊の戦術組むんで、おかしかったらアドバイスをくれ……っあっ! と」


 上級生への言葉遣いにはっと気づいて、たけるが頭を下げた。


「すんません、生意気言いました」


「あれ~? 守砂すさせんぱいどーしたんです? 割と普段れーぎ正しいのに」


 エスキュナがここぞとばかり、面白げに言ってくる。たけるはばつが悪そうに頬をかいた。


「昔の癖で……ちゃんと直します」


「いえ、ちょっと待って守砂すさチャン」津久澄つくづみは面白そうに整えられた眉を上げている。「それ、アナタの昔からのクセよね? 理由があるンじゃない?」


 視線だけ上げて、たける津久澄つくづみを見た。たけるの過去も知らされているだろう、と気付く。


「昔は大人に囲まれてて。効率を上げるためにそうしてたんです。一瞬の遠慮が命取りになることもあるんで」


 大国おおぐにがポンと手を打った。


「あー。スポーツでそーいうことしてるチーム、結構あるっスよね。コートの中では先輩も後輩も無し、ってやつ」


 津久澄つくづみの眼鏡が納得を示すように光った。


「ナルホドね……うン、悪くないわね。リーダーがいちいち気を遣ってても具合悪いもの。いいわ。守砂すさチャン、それ直す必要ナシ。実利の方が大事よ」


 上級生で、さらに副委員長でもある津久澄つくづみの懐の広さに、たけるは頭を下げる。


「ありがとうございま……「そうじゃないでしょ? 隊長?」


 言葉をさえぎって、ちっちっと指を振る津久澄つくづみたけるは苦笑して言い直す。


「ありがとう」


「オッケーよン」


「んで、津久澄つくづみ先輩」せめても、先輩呼びは残す。「地下書庫で俺が死んだ場合は指揮を頼む。それくらいはいいか?」


「ええ。……ま、そういうコトよエスチャン。頭と緊急時対応は予め決めとかないとね」


 にっこりと、津久澄つくづみ


「むむむ。わたし今新人じゃないのに駄目な子扱いになってますね!?」


「頼りにはしてるよ。基本的に戦闘は避ける方針だけど、魔書生物に見つかった場合、まず津久澄つくづみ先輩には前衛を頼む。……先輩の魔書『長城記録』は壁の記述中心だよな?」


「そうね。長城の記述された部位を出現させる魔書よ。回数制限はあるけど、まあ一桁階層の雑魚なら大体ノーリスクで止められるわ」


大国おおぐにとエスキュナは中衛を頼む。大国おおぐには探索の時は最後尾を」


「うス!」「りょーかいです!」


 よし、とたけるが頷く。


「俺は基本マッピングと指揮、攻撃補助をする。どーも俺の魔書、攻撃用の記述が無いや」


「その方がいいわね。守砂すさチャンの魔書記述はいるだけで効果あるやつだし」


 話がまとまる。津久澄つくづみ、エスキュナ、たける大国おおぐにの隊列で再突入である。




「すいませーん! わたし見つかりましたー!」


「大声出すな。津久澄つくづみ先輩、前に」


「オッケ。――三頁『小河口』よいしょっ!」


 本をふらふら見ていたエスキュナを追いかけて滑空するひねくれモモンガの爪を、津久澄つくづみが掌に出現させた壁ではじき返す。跳ね返って、宙に浮いた獣を、


「先輩上手い! ……大国おおぐにからエスキュナ!」


「これなら当たるぜ、オラッ!」


 魔書『英雄乃書』を持つ大国おおぐにの拳が捉える。ひねくれモモンガは吹き飛び、地上のかじりネズミへと衝突した。


「とっどめー!」


 叩き伏せられた相手を二体まとめて、魔書『原初競技』を使用するエスキュナが蹴り飛ばす。地面を転がった先で、魔書生物二体が紙片に変わった。


「やったやったー。リベンジせいこー! 初勝利!」


「お前騒ぐなって言われただろ……」


 ぴょんぴょん跳ねるエスキュナをたしなめる大国おおぐにも、しかし笑顔は隠しきれない。


「ま、連携できればこンなとこね」津久澄つくづみが紙片を破りつつ言う。「アタシ達魔書使いは一人だと魔書生物には分が悪いわ。でも、アタシ達は学習するし、強くなる。魔書生物はできない。だって本だから」


 たけるがポケットの『亡失迷宮』を取り出す。


「魔書の方はどうなんだ?」


「使い込めばそれだけ、使える記述も多くなるわ。今は何も無くても、続けられれば出てくるわよ」


「おお、マジか」「たのしみ~」


大国おおぐにチャンの『英雄乃書』は古今東西の英雄の、エスチャンの『原始競技』は色々な競技の。それぞれ記述に応じた能力が出せるンですってよ」


(そうなると、仮に適合しても複数の魔書を使い回すのは効率が悪いってことになるな……)


 現在のたけるの魔書『亡失迷宮』の記述は、脳内マッピング、強敵感知、未踏地域で隊員強化、の現状みっつ。


 探索における効果は絶大、かつ記述数で言えば、津久澄つくづみを除けば一番多いものの、


(戦闘は不向きだな、やっぱり)


 先日の戦闘で巨犬……ガルムが倒されているため、三層の探索はスムーズに行われた。


「ああいう強烈なのは特別でね、ヌシって言って再生成にまた少しかかるのよ。一週間くらいかしらね。ガルムなら――そうね、五層をまともに回れる力があって初めて戦いになるわね」


「そーいえばさっきのかじりネズミといい、名前って誰がつけてんですか?」


「正式名称は紙片に書いてあるンだけど……ややこしいのが多いからね。通称は基本、雨野あめのが付けてるわ」


 ほう、と感心する。確かに、何やら脱力系ながら特徴を捉えた名前は彼女らしい。


「でもま、彼女も神話とかの魔書生物は素直にその名前を付けてるわね」


「神話の? あ~そっか、ガルムとかそうですよね。ギリシャ神話?」


「北欧よ、北欧神話」


 エスキュナの納得に、たけるも思い至る。古今東西の本から魔書生物が現れる……ということは、神話伝承の魔物からも、彼等が掲載された魔書があるならばチョイスされるということだ。


「そーいうのは相手するの、しんどそうだなあ」


 道を歩き、分かれ道があれば片方を行き止まりまで進む。引き返して、残る道へ。繰り返す。


「四層への階段はっけん!」


「ほい、チェックしといて残り行くぞ」


 エスキュナの報告をさらりと流し、たけるは足を止めない。


「降りないんスね……」階段に目を引かれつつ、大国おおぐに


「ウチはまずは地図埋め優先だよ」




 さらに十数分ほども歩き回って、


「地図もおおかた埋まりましたかね」


「そうね。三層はそンな広いもンじゃないしね」


 たけるが脳内に浮かんでいる地図を方眼手帳に描いている。


「センパイのリュック、色々入ってるんスね」


「んー、元々趣味で使ってたやつ」答えながらも手は休まない。「で、だ。津久澄つくづみ先輩」


 完成。周辺を警戒していた津久澄つくづみへ、たけるは地図を見せる。


「あらキレイ」


 眼鏡を輝かせ感嘆する津久澄つくづみだ。描かれた地図の外郭は、本棚で埋まっている箇所を含めればほぼ正方形の形をしていた。


「んで、ここ」


 たけるが指さす場所は、正方形の右辺上側。方眼紙にして横一・縦五マスほど、凹んでいる。


「これが?」


「ちょっと気になるんで。この周辺、確認しても?」


「ふぅン。全体図を俯瞰、ね。――いいケド、地下閉鎖迷宮書庫って全部が全部正方形の形してるわけじゃないわよ?」


「そうだとは思う。でも、気になって」


 津久澄つくづみがじっとたけるを見返した。


「アナタが隊長。行動の最終判断はアナタが下すの、よろし?」


「む」その通りだった。たけるは意識して数秒。テンションをかつての自分へさらに近づける。「これからちょっとこの辺調べるぞ。周辺警戒頼む!」


 全員が頷いた。目的地へと向かう。


 到着後、たけるは棚と壁を検分し出す。棚へ収まっている大半は、よく分からない古い本だ。


「これ全部、大昔に入れられた本なわけですか」


「いいえ。ここにある大半の本は、地下書庫が『作った』本なの」


「作った……?」


「考えてもみなさい。この数の書架、全てに本が詰まってるのよ」


 たけると後輩ふたりは辺りを改めて見回す。言われてみれば、


「地下の階層も考えたら、明らかに数がおかしいですよねー。何百万……いや何千万?」


「どっから持ってきたんだって感じだよな」


 さらに。たけるは適当な本を一冊手に取る。開くが、


「……どこの国の文字だ、これ」


 内容は、海外を渡り歩いたたけるの知識をもってしても見たことが無い言葉だ。


「アタシも聞いた話だけど。この迷宮書庫にある本はね、この世に生まれ出たあらゆる本って話よ。深層にある本には、現行人類が知らない文字もあるって話。――こっちはギリシャ語ね」


「なんだそりゃ」


「何かね、世界の記憶から本を再現してるって、フブルちゃんが言ってた」


「……なんだそりゃ」


 エスキュナの補足に、大国おおぐにが二度呆れた。たけるも同じ思いだ。聞くだに常識外れな話である。


「作られた本も、ここでは普通に読めるけど、魔書のような力は無いし、地下書庫から持って出ちゃうと消えて、ここに戻っちゃうわ。その中から、『作られた』本では無い実際の本を見つけるのが、アタシ達の仕事なワケ」


 聞きながら、たけるはここまでの道行きである一定の法則を見出していた。


「なるほど……それでか」書架に並ぶ本を見る。「地下書庫が自分から本を揃えるせいか、気味悪いくらいぴったりと順序よく棚に刺さってる」


 図書館の本とは、整然と分類順、著者名順に並べるのが理想である。だが人間が棚から取って、読み、返す都合上、


「多分、人任せだとこうは綺麗に返らない」


「あはは。そーそー。上でもそうですよね!」「客もよお、元の場所がわかんねえなら返却台車でいいのによ」「あんた人のこと言えるほど覚えてないでしょ」


「まあまあ。一般学生ならNDCの場所が合ってれば上出来よね」


 地上での図書委員仕事を思い出した皆が苦笑する中、大国おおぐにたけるの様子に気付く。


守砂すさセンパイ……? 何してるんすか?」


「この辺、同じ本が並んでる……んだけど、これだ」


 たけるが見ているのは、地図上では正方形の右上端が縦に欠けた空間の、縦端にあたる本棚だ。足下に並んだ中。一冊のみ。逆さに収まっている本があった。


「勝手に書架の並びまで直るなら……これはおかしい」


 かたん、と。たけるが本をひっくり返して収めた時だ。


「「「!」」」全員が目を剥いた。


 音もなく。本棚が左へ動き、木製の扉が現れた。

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