三章 図書委員はクレームを受ける 2


   ○


 地下四層。木製(に見える)三層とは打って変わり、ここは硬質な床壁と書架だ。しかし、金属や鉱物では無く、どちらかと言えば甲羅や動物の角、場所によっては昆虫の外殻に近い印象を受ける。NDCで行くと486辺り、とは津久澄つくづみの談だ。


「そういや、なんで地下書庫は層で数えるんすか?」


「階層によってはすンごく広くてアップダウンあったりするのよ。普通の子はマッピングも大変。まあこの辺は平地だから、安心して」


 先頭と最後尾で言いつつ、たける達は未踏箇所を行く。


「ぎゅあああ! でたー!!」


 エスキュナが叫んで、物陰から出てきたモノを下から蹴り上げる。それはひっくり返って、節足をばたばたとやっている。……一m近い、コガネムシのような魔書生物(雨野あめの命名・オオガネムシ)だ。


 出会い頭のことではあるが、上手く先制を取った形だ。


「うわ~わたしお腹だめ~。バカヤチなんとかして~」


「押しつけんなよマジで……気持ち悪ぃんだよなー」


 嫌そうな顔をしつつ、大国おおぐにがオオガネムシの中央を踏みつぶす。飛び散る体液も一瞬のこと、紙片変換されて消えていく。


「四層の敵にも慣れてきたかね」


「そーね。最初は大変だったわね。背中の甲殻には打撃効きづらいって言ってるのに、わーきゃー言いつつまあ叩く叩く。延々騒ぐもんだから仲間も寄ってくるし」


 というわけで、最初は早々にめためたにされた(婉曲表現)一年二人を担いでエントランスまで戻った四層である。


 個々の魔書生物の攻略法一つ取っても、知ると知らないでは雲泥の差だ。先ほど倒したオオガネムシのように、同じ戦力でも総力戦、から開始二手で詰め、まで違ってくる。


「魔書生物のデータ集みたいなの作ったら役に立つかな」


 津久澄つくづみがふっと息を吐いた。


「そういうとこよねえ。アナタ。攻略情報なんて普通隊で抱え込むのに」


「そーそー。ビンボーになっちゃいますよ、わたしたち」


 エスキュナも同感と言わんばかりだが、表情は笑顔だ。


「センパイはよ、そういうテメーらのことだけ考えてる人じゃねえのよ」


「なんでアンタが自慢げにしてるの」


 たけるはそんな面々を見つつ(需要はありそうか)と気を取り直す。


 そうこうしている内、一行が足を停めた。彼等が来た側、オオガネムシが顔を出した側と、もう一方の側で丁度三叉路になっている。


「どっち行く?」道を把握しているであろう、先頭の津久澄つくづみたけるへ聞いてくる。


 どちらにしろ地図を完璧にするためには両方行く必要はあるのだが、


「先輩、四層には三層にいたガルムみたいな、強烈な奴はいる?」


「あー、いるわね。面倒なのが。そこ、左曲がった先の小部屋の中」


 返答に、以前ガルムに追いかけ回された一年生組二人が表情を苦くした。


「せんぱい右行きましょ右」「先に左済ませないっすか?」


 性格が出るなあ、と思いつつ。たける津久澄つくづみに確認。


「小部屋ってことは、外に出したら追いかけられる?」


「いいえ。小部屋から外には出ないわね。小部屋の中では思い切り襲いかかってくるけど」


「強さ的には?」


「小部屋限定なせいか、ガルムみたいな普通のヌシよりさーらーに強いわよ」


「ヌシっていうと……」前に聞いた単語だ。たけるが記憶を探る。


「ボスみたいなやつのことですよ」彼へ答えたのはエスキュナだ。「ふつう、迷宮書庫にいる魔書生物はですね、たくさんいるタイプのと、一体か数体だけいるタイプがいるんです。そいつらは強さがもう全然違うんです。別次元」


「そうね。そういうごく少数の魔書生物をヌシって言うの。前も言ったでしょ。ガルム倒すなら五層で頑張れる力がいるって。アタシなら防戦はできるケド」


 眼鏡を光らす先輩は頼もしい。だが、小部屋にいるならば任意のタイミングで戦える。


「ちなみにそいつ、不意打ちしたら俺らの攻撃で倒せます? 俺も参加するとして」


「ンー……まあ全員でなら、五分くらい弱点の下腹部殴り続けられれば」


「「おおー」」下級生組の歓声。ちょうど時間的にはいける。


「自分に来る反撃だけならさばける前提で」


「はい無理ー!」


 きっぱりと止めて、でもとりあえず見るだけということで左通路へ向かい、見つけた小部屋の扉へ手をかける。――ちなみに、四層の扉の取っ手は動物の手や虫の足を模しており、エスキュナは断固として扉を開けようとしない。


(まあ、部屋の大きさとかが見えれば仮の地図は書けるし――)


 そうっと開けて、たけるは室内を覗き込む。


 六m四方程度の小部屋の中で、体高二mはある巨大なカマキリが蠢いている。壁の一角が派手に崩れていた。


「……う」ただ、たけるの視線は床に向いた。


 小部屋中央辺りに、上下真っ二つになった男子生徒が転がっていた。


 扉を閉じると、待っていたように津久澄つくづみが解説した。


「アレが四層にいくつかある小部屋の護り手ならぬ護り鎌、ヌシの超オオカマキリ。略して超カマキリ」


 あまり略してない。が、問題はそこではない。覗き込んだ後輩二人も顔を青くした。


「参ったな」「は、吐きそ~」「きっついなあおい」


 小部屋の外、壁にもたれて、三人座り込む。


「顔までは確認取れなかったけど、どこの男の子かしらね」


 慣れている津久澄つくづみだけが状況を検討している。続いて立ち上がるたけるを、大国おおぐにが見上げた。


「死体が残ってるっつーことは、まだ二日経ってねーってことっすよね」


「部屋も崩れてるから、抵抗したのかしらね。まだ再生も行われてないわ」


「つまり、今日か昨日か。まあ、どうにかしないとな。隙をついて死体引っ張り出す」


 超カマキリの前腕部、つまり鎌はほとんど刃物の鋭さだ。連想されたのは大型の日本刀で、サイズも似たようなものだ。


「あのサイズのカマキリが振り回すとなると、そりゃ人の胴体も切れちゃうか。張力でぶん回されるワイヤーみたいなもん……かな」


 攻略を検討するその横顔は知らず笑みを取り、犬歯が覗いている。


「せ、せんぱい、タフ~……」


 げっそりして、エスキュナ。大国おおぐにが顔をくしゃくしゃやってから、こちらも立ち上がった。


「……ええい、やるしかねえだろ!」


「せんぱ~い、作戦おねがい~」


 へろへろとしたままエスキュナが言う。たけるが頷いた。


(まともに挑めば津久澄つくづみ先輩以外は軽く全滅する。先輩ならいくらかは耐えられる。勝利条件は死体の奪取。敗北条件は新しい死体の発生)


 ん~、とたけるは考える。二人分を担いで脱出は厳しい。む、と気付いて津久澄つくづみを見た。


「死体なんですが、脱出蘇生はどっちかの部分でも大丈夫なんですか?」


「頭がある方ね。もう片方はエントランスで戻ってくるわ。縦真っ二つならどっちでもいいけど、今回の場合は――」


 下半身は放置していい。それなら話は変わってくる。


津久澄つくづみ先輩に囮と防御役をしてもらう。先輩と補助二人が耐えている内に運搬役が死体の上半身を拾う。そして小部屋を脱出」


「か、体を持って逃げるのは?」不安げに、エスキュナが尋ねる。


 大国おおぐにも流石に緊張気味の顔である。それは当然で、同年代の千切れた上半身を運ぶ、というのは精神的にツラい。モツだって出ている。


 魔書による強化があるため、この中の誰であれ男子生徒の上半身を運ぶことは出来る。その上で、足が速いのはエスキュナで、力が強いのは大国おおぐにだ。津久澄つくづみは囮を担当するため除外である。しかし、


「俺ー、俺俺」即答したのはたけるだ。


「理由を一応聞いとこうかしら」


 微笑しつつ、津久澄つくづみ


「単純に、俺が一番直接戦闘力ない。あと、意識がない人間の体運ぶのに慣れてる。経験無いと、人体の重心持つのって案外ミスりやすい」


 万一つんのめったり取り落としたりすれば、致命的な隙になりかねない。


「まあ、アナタの未踏地強化があればアタシ達も楽になるし、そうなると消去法かしらね」


「がんばります!」「ぜってえセンパイとこ行かせねえっすから!」


 と、いうわけで。扉の外で耳を澄まし、うろつく足音が遠ざかったタイミングで、


「行くぞ」押し入る。


「!」


 ぎゅるん、とバレーボールほどもある目を備えた頭部だけが動き、その複眼にたける達を捉えた。


「ひぃ! こわ!」


 エスキュナの声が小部屋に響く。津久澄つくづみが駆け出した。


「――――四七頁『八達領』ォ!」


 予測していたのだろう。突如横薙ぎされた鎌を、発動した壁が石擦音をもって防ぐ。


 たけるも走り込む。死体の元へ。たけると超カマキリの間に大国おおぐにが入る。鎌先がこちらを向く。と、


「でいっ!」


「ギュ!」


 エスキュナがその後ろから脚を払った。巨体が僅かによろめく。


 超カマキリの鎌は確かに脅威だが、逆に言えば危険はそこに絞られる。


 振り向いての一撃を、とうに回避動作に移っていたエスキュナは難なくかわす。痛打を与えようとは思っていない。当てたら即退避。そんな動きだ。それでも、


「ひええ、迫力すご……!」


 頭を押さえてすたこらと彼女は離れる。無理も無い。何故なら、


「ギィアアアアアアア!!」


 荒れ狂う。広げれば両端三mにもなろうかと言う双刃が小さな部屋の中で振り回される。


「ほンっと、キレやすい虫ねえ。自分以外大嫌いなんだから」


 大国おおぐにたけるへと届きかねない鎌を、津久澄つくづみが阻む。


「こ、これ、本大丈夫なんすか!?」


「言ったでしょ! 迷宮書庫の物体は再生するの! あと、魔所生物は積極的に本を狙わないわ! 自分と同じモノだから!」


 刃の雨中を、身を低くしてたけるが進む。死体がある部屋の中央まで、後数歩。


「二八頁『老龍頭』! ――大国おおぐにチャン、背中押して!」察知して津久澄つくづみが合わせる。


「っス!」大国おおぐにも応じた。津久澄つくづみの真後ろならば安全を担保しつつ助力できる。


「「おルァ!!!!」」


 超カマキリへ向けて、壁が真っ直ぐ伸びた。それを男子二人が押し込む。


「………………!」


 ずぅん! と部屋全体を響かせて、超カマキリの巨体が部屋の角へと押しつけられる。


「すっげ……よいせっと!」


 見惚れるのも一瞬、たけるが上半身の元にたどり着いた。死体の顔に見覚えは薄いが、ギリギリ図書委員だと思い出す。二年生だ。


 足が無いので、肩に担ぐ方法は取れない。頭側からひざを差し込んで体を起こし密着、両脇に手を突っ込んで羽交い締めのように持つ。


「長くは壁出し続けらんないわよ!」「センパイ早く!」


(魔書で上乗せされてる力なら……)


 ぐい、と持ち上げる。三〇kgはあるだろう高校生男子の上半身を軽々と抱え、たけるは立った。


「退避ー!」


 即座に駆ける。前方が見えづらい。すっ転ぶことだけはないよう注意しつつ、扉を目指す。


「ギァア!!」


 壁へ押しつけられたままの超カマキリが、腕鎌を振る。――たけるに向けて。


「てやあ! ……ってやば! 片方しか無理!」


 たけるからは見えないが、エスキュナの声と打撃音。


(この距離なら届かないけどな……っ!)そんな彼の予断を嘲笑うように、脇腹へ衝撃が来た。


「センパイっ!」


(んだとお!?)扉を前にして吹き飛び転びつつ、焦る。


 倒れた状態から死体を持ったまま立つことが、どれだけ素早く出来るか。


「二人とも、守砂すさチャン抱えてさっさと退出!」


「ちょ、マジすか!?」


 津久澄つくづみの即断。共に超カマキリを押さえる大国おおぐにが一瞬躊躇った。しかし、


「グズグズすんなバカヤチ!! せんぱい、ちゃんと持っててくださいね!」


 エスキュナの叱咤。同時、たけるをさらなる衝撃が襲った。


「痛てえ――――!!」


 尻を。床に倒れた状態からさらに吹っ飛ばされたのだ。行く先は、扉の向こう。


 飛び出る。ずざざ、と床を擦りつつも小部屋から退出した。


「ごめんなさいせんぱい! 暇無かったんで! あと流石に一.五人は重いんで!」


 続けて出てくるエスキュナが屈み込んで謝ってくる。


「あづづづづ、擦った尻が熱ぅ……い、いや、ナイス……」


「大丈夫っすか!」


 さらに大国おおぐにが現れ、


「はいはい、お邪魔したわね! そンなに怒ンないの!」


 壁を展開したまま後退し、津久澄つくづみも出てくる。即座に扉が閉じられ、静寂が通路を支配した。


「……ぶはあ、計画通りにはいかないもんだな……」


 詰めたままの息を最初に吐いたのは、たけるだ。


「ちょっと、大丈夫なの守砂すさチャン? 一発食らったでしょ」


 あちこちに小さな傷を作った津久澄つくづみが、眼鏡だけは直しつつ気遣ってくる。苦笑しつつ、たけるは学生服の上着をまくった。中からのぞくのは、


「あっ……腹に本仕込んでたのかよセンパイ!」


「図書委員として抵抗はあったけどな……再生するらしいから」


 それは、道中に山のようにある本達だ。魔書ではないため切り裂かれているが、その分下の肌は薄く血が滲む程度で済んでいた。


「あれなんだった? 確実に間合いの外だったと思うんだけど」


「カマイタチ――要するに飛び道具ね。普通もっと追い詰められないと出してこないンだけど……部屋が壊されて怒ってたのかしら」


 習性に追加が必要ね、と津久澄つくづみが嘆息した。


「あいつが暴れてる時、カマにゃ当たってねーのに切れてたからなあ、俺らも」


 大国おおぐにの言う通り、彼と津久澄つくづみの顔や制服には細かな切り傷がいくつもある。


「おつかれさまでした、と言いたいとこだけど」


 たける津久澄つくづみが懐の死体を見る。


「連れて帰るまでが守砂すさ隊だからネ。……その彼、加来かく隊の新しい子ねえ。確か名前はたに……たに九郎くろうチャン」


加来かく隊っていうと、津久澄つくづみせんぱいが前にいたとこ~?」


「でもバトル専門で十層より下攻めてる隊ですよね? 加来かくの隊は。なんでこんなとこで」


 津久澄つくづみが軽く眼鏡を光らせつつ、ふンと鼻息を漏らす。


「新メンバー入れたせいかしらね。抜けた身だけど、助けられて良かったわ」


 ともあれ。久恵くえの財布の件はあっても、今日の探索はここまでだ。たけるの前後を固めつつ、一行は地上を目指す。

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