グリモアレファレンス ~図書委員は書庫迷宮に挑む~/1巻好評発売中!!

佐伯庸介/電撃文庫・電撃の新文芸

グリモアレファレンス ~図書委員は書庫迷宮に挑む~

プロローグ

プロローグ




 たどりつきたい、という欲求がある。




「図書館に、何を求めるかの、お若いの」


 声が問うてきます。あなたは思う答えを返す。


「――ふん。ふんふん。ほうほうほう。むふふ」


 楽しそうな笑い声。童女のような。


「大変、大変、大変結構。書は読み手を問わぬ。老若男女、好こうが嫌おうが、図書館とは知の泉。求める者を答えに導く館なれば」


 声の調子は歌い出すようでした。


「届けるために。導くために。知を腹に溜めながら、その腹開き秘めし知を啓くが――

 この場所のやくめ。

 さだめ。

 どれだけ険しくとも

 どれだけ忌まれても

 知は知でしかあらず

 知る意思さえあれば

 知を尊ぶのであれば

 誰にとて、何にとて」


 歌が止んで、声はあなたに再び問いかけます。


「どれ、申してみるがいい。我らがその渇望、叡智の水を以て満たしてみせようぞ」


 あなたはここに、何を求めに来たのでしょう。






 宇伊豆ういず学園付属図書館は、改築を繰り返されてはいるものの学園創立よりはるか以前、一説によれば平安の昔から存在するとも言われる歴史ある図書館である。学園創立当時の所有者が校舎を図書館の横に建てるなら、と提供を申し出たと言われるが真偽は定かではない。


 そのような経緯のため、開架書庫として地上四階・地下三階、中高一貫とはいえ学校図書館としては破格の規模を誇る。授業利用は勿論のこと限定的な学外開放も行っており、一般利用者のみならず、時には許可を得た大学や研究機関の研究者が利用することすらある。しかし、地上部に比べても遥かに広大かつ深遠な『閉架』地下書庫の全容を知る者は皆無である。


 学園図書委員会探索委員に所属する有志面々は、今日も未知の蔵書を解き明かすため、地下へと挑む――。




 これは、奇妙な図書館と、そこに挑む図書委員達の物語。




『図書館』地下三階・《地下「閉架迷宮」書庫》エントランス――


「……はぁい! 我々図書委員会探索委員守砂すさ隊は本日! 地下六層の探索を行うわ。目的は分類164『無銘祭祀書』。学外研究者の要望ね。魔導書の類」


 薄暗い地下空間に、甲高くも剛い声が響く。巨大な扉を背にして三人の男女の前に立ち、書類を持ち目的を語るのは、眼鏡をかけた短髪の少年である。少年とはいえ、その鋭い顔立ちからは幼さが抜けつつあり、『津久澄つくづみ』と記された名札の色――三年次を示す緑色だ――に恥じぬ風貌である。


 ……その口調を除けば、だが。高い位置の腰をくいくいとやっている。


「魔道書にも分類ってあるんすねえ……」


「あんた分類覚えてないの? 164って神話よし・ん・わ。ごっど!」


津久澄つくづみ先輩、それ本物?」


 前に居並ぶ三人の男女が、説明された内容へそれぞれに反応を返した。彼等は、津久澄つくづみよりもいくらか幼い顔立ちである。とはいえ一人は、真っ赤な髪のヤンキー感丸出しで『本のこととか良く分かんねー』と態度で示す少年。


 一人は、空色の髪をツインテールにして釣り目が活動的な印象を与え、西洋の血を示す見た目ながら、流ちょうな日本語と十進分類法を操る少女。


 そしていま一人はゆるい天然パーマの少年、と外見は様々だ。


 およそ日本の学校で図書館委員会にいそうな人間、と言われて思い浮かぶ外見の範疇には、天パの少年くらいしかいないと言える。……もっとも彼ですら、登山にでも使うような実用一点張りのジャケットを羽織って、ゴツいリュックを背負っているのだが。


 その少年が発した最後の質問に、津久澄つくづみが目を向けた。


「ンもう。名前で良いって言ってるのに。……六層にあるンだから、少なくともオリジナルではないでしょ。アタシ達が持ってるような魔書じゃ、恐らくないわ」


 へっ、と赤髪の少年が軽く笑って、短ランに改造された制服の首元を開いた。懐から一冊の本が現れる。――ちなみに、学生服の下は素肌である。


「確かにこんな気味ワリーもんが、六層くれーに転がってるワケねーな」


「あんたねえ、セクハラよそれ。やめてよもー……うわっ、乳首に毛生えてる。キモッ! 『魔書』よりそっちのがキモッ!」


「ちょおまっ、エス公てめえ何てこと言いやがる。つーかそんなマジマジ見てんじゃねーよ! このエロ女!」


 はあふざけなさいよあんたが見せたんでしょーがお前に見ろとは言ってねーだろアホか――


「おおぐにー、エスキュナー、その辺でな。図書館では静かにしろ」


 言い争いに発展せんとする二人――少年・大国おおぐにと少女・エスキュナ――をたしなめたのは、天パの少年であった。名札の色は2年を示す黒色、名前は――


「すんませんッス! 守砂すさセンパイ!」


「うっ……ごめんなさい、守砂すさせんぱい、津久澄つくづみせんぱい」


 二人は即座に向き直り、隊名になっている少年へと謝罪の言葉を口にする。意外にも一見頼りなさげなこの守砂すさたけるという少年が、この場では津久澄つくづみに並ぶ位置にあるらしかった。むしろ、大国おおぐになどは津久澄つくづみよりもたけるの方へ強い敬意を抱いているように見うけられる。


 ああ、と軽く謝罪を受け入れ、尊は津久澄つくづみの方へ顔を向けて準備OK、と言う風に頷いた。津久澄つくづみは苦笑。どうやらいつものことのようだ。


「良し。それじゃ『降り』るぞ。各自『魔書』の準備」


「うす」「了解っ。ゴッタゴー!」「はいな」


 それぞれに返事をする三人。その瞬間だ。大国おおぐにの右胸から、エスキュナは右足のホルダーから、そして津久澄つくづみは下腹から、青色の光が灯った――。光はすぐに消えたが、三人はその異常な光景に全く動じる素振りも無い。どうやらこの発光現象は、3人にとって周知のことであるらしい。


 その様子に頷くたけるの胸ポケットもまた光った。そして、背後の扉に振り返る。


 巨大な扉だ。木材をくすんだ鈍色の金属で縁取ったそれは、長久の年月と、その後ろの空間が持つ圧力を押し留めるかのように重厚で、取手をつかむ者へ覚悟を問うようですらある。


 しかし。たけるは不遜な笑みと共に、その扉を押し開ける。


 押し開いた扉の奥には、さらなる地下へと続く階段が見えた。少年達は、そこへ敢然と踏み出していく。


 たどりつくために。


 やがて四人が地下へ姿を消し、扉は閉じられた。扉の案内板には、こうある――




『地下閉架書庫入口』




『地下書庫は迷いやすく大変危険です。司書・図書探索委員以外立入禁止』




 そう。


 そこは、図書館だった。



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