三章 図書委員はクレームを受ける 3


   ○


「さて」たけるが対面席の面々を見回した。


 ところ変わって。守砂すさ隊+αがいるのは宇伊豆ういず学園近くの喫茶店「十三night」だ。団体席に六人で座っている。


「どーいう話だったのか、聞かせてもらっていいかな?」


 並んで座る久恵くえ、そしてたにが気まずそうに顔を見合わせた。




 十数分前。エントランスに着いた瞬間、死体の下半身がズボンごと出現する。


「慣れないなあこの風景……」


 たけるが眉をしかめつつ、ぺちぺちと元死体の頬を叩く。


「む、むむ……」うっすらと彼は目を開け、「ここは……」


 がばりと勢いよく身を起こして、きょろきょろと見回す。


「あ、あれ? 何で戻ってるのおれ? ヒサ?」


「なんかポケットから落ちたっスよ」


 大国おおぐにが床にあるものを拾い上げる。長方形のそれは、


「スマホかあ、ほい……お?」


 持ち上げられた携帯機器がロック画面を映す。そこには、笑顔のたにと、彼が腕に抱える女子が映っている。自撮りだ。


「うわ~、それ女子は引きますよたにせんぱい」


「い、いいじゃん」


 女子の顔こそ腕に隠され見えないが、少々恥ずかしいラブラブ写真であることは間違いない。


「ふン……ちょっとマナー違反だけど、ごめンなさいね」


 津久澄つくづみが一行から少し離れ、こちらもスマホを取り出した。ややあって、通話が繋がる。


「ああ、久恵くえチャン? 探しもの、見つかったわよ」




 そういう次第だ。片方のソファ席の窓際に二人を押し込み、その隣に津久澄つくづみ、対面ソファ席に下級生二人とたけるという包囲網である。


「だからあの写真やめてって言ったのに~」「ごめんって」


 先ほどまで死体をやっていたたには、津久澄つくづみの言う通り加来かく隊の新メンバーだ。図書委員としては前からいたらしく、津久澄つくづみが抜けた代わりとして加来かく隊へ誘われた。


「いやあその……噂には聞いてたんだけど、あの空間にテンション上がっちゃって」


 そう言うたに君に、たけるもうむうむと頷く。気持ちは分からないでもない。彼は続けた。


「でまあその、ヒサ……ええと、久子ひさこと一緒に降りてみたくなって」


「うん?」


 たけるが首をかしげた。というか、守砂すさ隊全員だが。


「私がね、魔書生物がいない部屋知ってるって教えちゃって。道中も四層くらいまでなら、ヌシさえ相手にしなかったら私とたに君二人で平気だし」


「ほお、さすがベテラン」


「その……そこなら邪魔も入らなそうだし。告白、を」流石に含羞の面持ちでたにが言う。


「告白を」ずずいと身を乗り出すのはエスキュナだ。「結果は?」


「いやそれが、入る部屋間違えてて。告白して、返事聞く前に」


たに君がヌシに不意打ちでやられちゃって……一旦戻ったの」


 津久澄つくづみが呆れたように眉を傾けた。


「じゃあ何? 隊には内緒で逢い引きしてたら部屋間違えたって?」


「めんもくない」「地図ってほんと大事ね……」深々と頭を下げるカップルであり、


「「「「………………」」」」何とも言えない顔の四人である。


「どーりで。調べたら加来かくチャンとこは昨日潜った記録ないもの」


「う。聞いたんですか」


「安心しなさい。アナタのことは言ってないわよ。……理由が理由だから自分とこの隊にも加来かく隊にも助けを求めるのは憚られた」


思兼おもかね隊で偶然を装って見つけるにしても、それまでに丸二日経っちゃうかもですもんね~」エスキュナがストローを口にくわえつつ、半目で二人を見る。「告白したことも忘れちゃう」


「四層を虱潰しにしてる最中の俺らなら、まず確実に見つけるってか」


 大国おおぐにが続けて、事情は飲み込めた。たけるは嘆息する。


「んで? お返事は?」


「こ、ここでしなきゃ駄目?」


「さすがに、ねえ」「それくらい聞かせてもらう権利はあるわよね」意地悪く笑うエスキュナと津久澄つくづみだ。


「うう……わかった」久恵くえが顔を赤くしながら、隣のたにへ顔を向けた。


「その、たに君」


「う、うん」たにもまた当時の緊張を取り戻したようだった。


 久恵くえはひと息吸って。


「なんかごたごたしちゃったけど……よろしくお願いします」


「! やった……!」


 表情をぱっと明るくするたにだ。ぱちぱち、と一応の拍手が守砂すさ隊から飛んだ。


「はい、おめでとう。素直に言えば秘密にしたまま助けたのに」


 微笑むたけるの言葉に久恵くえは目を窓へ逸らしつつ、半笑いで言う。


「今月ちょっと厳しくて……報酬が……えへへ」


「お、お前なあ」これには流石にたにも表情を引きつらせる。


 つまり。久恵くえが想定していた流れはこうだ。


 落としてない財布を探すのを頼む→見つからない→たには見つかる→報酬ナシで彼氏救出!


「「「うわあ……」」」


 守砂すさ隊員の呆れ声だ。反面、隊長のたけるは薄く笑った。


「うんまあ……僕は許すし、秘密も守るよ」


「ほんと!?」歓声を上げる久恵くえ


「えー」「ちょっ、センパイ!」仲間達が戸惑い、


「いいのか、本当に?」たにもまた疑問の声を上げた。


 答える代わり、ぽちりと机のベルを押した。メニューを中央に出す。薄笑いはそのままで、


「めでたいし、ここは君たち持ちで。いいよね? 財布もあることだし?」


 意図を掴んで、守砂すさ隊一同がにっこりと笑った。激しい運動をした成長期の視線がメニュー上を目まぐるしく踊り出す。


「ひえぇ」「お手柔らかに……」


 逃げられない二人が、諦めたように嘆息した。


   ○


 それから。守砂すさ隊は幾度かの地下レファレンスと遭難者救出を果たしつつ、四層の探索を進めた。そんなある日、四月二十八日のことだ。


「隊長会議? 明日に? 月末は展示や新聞の入れ替えやら、諸々で作業休館ですよね」


 帰り支度を進めつつ聞き返すたけるへ、津久澄つくづみが答えた。


「そ。月末に毎月やるのよ。普段好き勝手やってる探索委員の情報共有ってヤツね。……とはいえ、みんな秘蔵のネタは独占するし、ほンと最低限のすり合わせなンだけど」


 なるほど、とたけるは己のメモ帳を見る。出来上がったものを開きつつ、


「んじゃ、これを出しますか」


「出しちゃうのねえ。ま、納得して付き合ってるからいいンだけど」津久澄つくづみが苦笑した。




 翌日。


 実際、隊長会議の内容はあっさりしたものだった――主な内容は各隊の到達階層・隊員の入退・こなした地下レファレンスの報告だ。


 他には、フブル司書からの優先地下レファレンスの提示と、新規発見図書の報告など。


 特段紛糾することもなく隊長会議――というよりは報告会――は終盤を迎えた。


「では、最後に告知しておきたいことなどありますか?」


 締めの挨拶に近い御高みたかの言葉に、たけるが手を挙げた。常には無いことのようで、ささやかな意外の念がそこかしこに湧く。雨野あめのなどは会の間、終始スマホをいじっていたほどだ。


 緊張を受け流すように、たけるは薄く笑った。


「ええと、この度僕達の隊で、三・四層の詳細地図を作成しまして」


「……ほう」御高みたかが興味深げに頷いた。


 地下書庫の共有地図とは、基本的に昇り・下りの階段とその経路、発見済みの図書の位置程度しかない。それ以外の情報――つまり、隠し通路と部屋への進入路、ついでに出現する魔書生物の情報。それら全てを記した地図を、


「コピー置いとくんで、好きに取ってってください」


 そう、たけるは言った。室内が軽くざわめいた。


 守砂すさ隊が隠し通路を発見したらしいことは噂になっていた。だが、詳細を明かしはしないだろうと思われていたのだ。


「………………くっはっは」


 フブル司書はひとつ笑うのみで会議室を後にした。


 たけるの前に立ったのは三火みかだ。地図を見ながら、ほうと息を吐く。


「良く出来てる……私達が持ってるのより詳しいかも。いいの? 隠し部屋とか。せっかく見つけたのに」


「まあ、僕らが今行ってもたぶんキツいしね」


 たけるは苦笑しつつ言う。実際、試しに五層(普通のだ)に降りた際には数回の戦闘で津久澄つくづみ以外が疲弊して戻る羽目になっている。


「本があるんなら、さっさと見つけて皆が使えた方がいいでしょ」


 三火みかの目がはっと見開いて、直後溶けるように和らいだ。


「えらいね、たけるは」


 三火みかの手が何度か胸の前で躊躇ってから、意を決したようにたけるの頭に伸びようとした時だ。


「スッサーえらーい! 私が探索してきてあげる。何かいいのあったら奢っちゃうからね!」


「おわ、近っ……!」


 雨野あめのが横から飛んできた。首に抱きついて頭をなでつつ一回転、たけるに色々柔らかな感触とウィンクを残し、プリントを取って去って行く。他にも幾人かの隊長が「大丈夫なの? これ」「まあ確かめてみんとな」「もらうよ」などとプリントを持っていった。


「……………………あっ、ぐ……!」


 行き所を失った手をふるふるさせる三火みかである。


「のろのろしてるから」


 呆れ声で現れたのは眼鏡をかけた少女だ。少女――とは言っても、上級生である。思兼おもかね八呼やこ


久恵くえの隊の隊長で、ミカ姉の友達、だっけか)


守砂すさ。うちの隊の子が世話になったみたいだね」


 バレていた。久恵くえの無事を祈るのみである。思兼おもかねは、忘我の三火みかを押して去って行く。


 守砂すさ隊も、五層を攻略せねばならない。彼女らを見送り、たけるがプリントをまとめた時だ。


「何のつもりだ、お前」


 頭上に差す影と降る声に見上げれば、


「え~っと……加来かく、だよね」


 痩躯の少年だ。徽章は二年生のもの。そう思うたけるを見下ろしたまま、加来かく槌彦つちひこは続けた。


津久澄つくづみ先輩を引き抜いておきながら、仲良しこよしのつもりか?」


 たけるへ向ける視線には険がある。


(そういえば津久澄つくづみ先輩、加来かく隊からこっち来たって話だったな)


 戦闘を重視し、地下閉架迷宮書庫の強敵へのアタックを重点的に行うことで知られる隊だ。


「別に僕、隊で競争したいわけじゃないし」


 たけるの薄く笑ってする返答を、加来かくは鼻で笑う。


「それが地下書庫探索を押し進めてるんだよ。四人揃えてやることが浅層の底さらいとはな。俺達の本文は迷宮書庫を進むことだ。足手まといをすくい上げることじゃない」


(この前そっちの新人助けたんだけどなあ……)


 隊長は気付いていないようである。約束なので、思っても言わない。


「それに」加来かくはぴらりと地図を見てから嘆息した。「逆効果にならなければいいがな」


「それは、どういう――?」


 たけるが聞き返す前に、加来かくは出て行ってしまう。頭をぽりぽり掻いて、気を取り直す。


(うーむ。事情はどうあれ、津久澄つくづみ先輩を持っていく形になったのは事実だしなー)


 加来かく隊はメインの盾役を失い、編成に変更を迫られているはずだ。元の通りに戦うのは難しいだろう。


「よそはよそ、うちはうち、だな。こっちもがんばろう」

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