三章 図書委員はクレームを受ける 3
○
「さて」
ところ変わって。
「どーいう話だったのか、聞かせてもらっていいかな?」
並んで座る
十数分前。エントランスに着いた瞬間、死体の下半身がズボンごと出現する。
「慣れないなあこの風景……」
「む、むむ……」うっすらと彼は目を開け、「ここは……」
がばりと勢いよく身を起こして、きょろきょろと見回す。
「あ、あれ? 何で戻ってるのおれ? ヒサ?」
「なんかポケットから落ちたっスよ」
「スマホかあ、ほい……お?」
持ち上げられた携帯機器がロック画面を映す。そこには、笑顔の
「うわ~、それ女子は引きますよ
「い、いいじゃん」
女子の顔こそ腕に隠され見えないが、少々恥ずかしいラブラブ写真であることは間違いない。
「ふン……ちょっとマナー違反だけど、ごめンなさいね」
「ああ、
そういう次第だ。片方のソファ席の窓際に二人を押し込み、その隣に
「だからあの写真やめてって言ったのに~」「ごめんって」
先ほどまで死体をやっていた
「いやあその……噂には聞いてたんだけど、あの空間にテンション上がっちゃって」
そう言う
「でまあその、ヒサ……ええと、
「うん?」
「私がね、魔書生物がいない部屋知ってるって教えちゃって。道中も四層くらいまでなら、ヌシさえ相手にしなかったら私と
「ほお、さすがベテラン」
「その……そこなら邪魔も入らなそうだし。告白、を」流石に含羞の面持ちで
「告白を」ずずいと身を乗り出すのはエスキュナだ。「結果は?」
「いやそれが、入る部屋間違えてて。告白して、返事聞く前に」
「
「じゃあ何? 隊には内緒で逢い引きしてたら部屋間違えたって?」
「めんもくない」「地図ってほんと大事ね……」深々と頭を下げるカップルであり、
「「「「………………」」」」何とも言えない顔の四人である。
「どーりで。調べたら
「う。聞いたんですか」
「安心しなさい。アナタのことは言ってないわよ。……理由が理由だから自分とこの隊にも
「
「四層を虱潰しにしてる最中の俺らなら、まず確実に見つけるってか」
「んで? お返事は?」
「こ、ここでしなきゃ駄目?」
「さすがに、ねえ」「それくらい聞かせてもらう権利はあるわよね」意地悪く笑うエスキュナと
「うう……わかった」
「その、
「う、うん」
「なんかごたごたしちゃったけど……よろしくお願いします」
「! やった……!」
表情をぱっと明るくする
「はい、おめでとう。素直に言えば秘密にしたまま助けたのに」
微笑む
「今月ちょっと厳しくて……報酬が……えへへ」
「お、お前なあ」これには流石に
つまり。
落としてない財布を探すのを頼む→見つからない→
「「「うわあ……」」」
「うんまあ……僕は許すし、秘密も守るよ」
「ほんと!?」歓声を上げる
「えー」「ちょっ、センパイ!」仲間達が戸惑い、
「いいのか、本当に?」
答える代わり、ぽちりと机のベルを押した。メニューを中央に出す。薄笑いはそのままで、
「めでたいし、ここは君たち持ちで。いいよね? 財布もあることだし?」
意図を掴んで、
「ひえぇ」「お手柔らかに……」
逃げられない二人が、諦めたように嘆息した。
○
それから。
「隊長会議? 明日に? 月末は展示や新聞の入れ替えやら、諸々で作業休館ですよね」
帰り支度を進めつつ聞き返す
「そ。月末に毎月やるのよ。普段好き勝手やってる探索委員の情報共有ってヤツね。……とはいえ、みんな秘蔵のネタは独占するし、ほンと最低限のすり合わせなンだけど」
なるほど、と
「んじゃ、これを出しますか」
「出しちゃうのねえ。ま、納得して付き合ってるからいいンだけど」
翌日。
実際、隊長会議の内容はあっさりしたものだった――主な内容は各隊の到達階層・隊員の入退・こなした地下レファレンスの報告だ。
他には、フブル司書からの優先地下レファレンスの提示と、新規発見図書の報告など。
特段紛糾することもなく隊長会議――というよりは報告会――は終盤を迎えた。
「では、最後に告知しておきたいことなどありますか?」
締めの挨拶に近い
緊張を受け流すように、
「ええと、この度僕達の隊で、三・四層の詳細地図を作成しまして」
「……ほう」
地下書庫の共有地図とは、基本的に昇り・下りの階段とその経路、発見済みの図書の位置程度しかない。それ以外の情報――つまり、隠し通路と部屋への進入路、ついでに出現する魔書生物の情報。それら全てを記した地図を、
「コピー置いとくんで、好きに取ってってください」
そう、
「………………くっはっは」
フブル司書はひとつ笑うのみで会議室を後にした。
「良く出来てる……私達が持ってるのより詳しいかも。いいの? 隠し部屋とか。せっかく見つけたのに」
「まあ、僕らが今行ってもたぶんキツいしね」
「本があるんなら、さっさと見つけて皆が使えた方がいいでしょ」
「えらいね、
「スッサーえらーい! 私が探索してきてあげる。何かいいのあったら奢っちゃうからね!」
「おわ、近っ……!」
「……………………あっ、ぐ……!」
行き所を失った手をふるふるさせる
「のろのろしてるから」
呆れ声で現れたのは眼鏡をかけた少女だ。少女――とは言っても、上級生である。
(
「
バレていた。
「何のつもりだ、お前」
頭上に差す影と降る声に見上げれば、
「え~っと……
痩躯の少年だ。徽章は二年生のもの。そう思う
「
(そういえば
戦闘を重視し、地下閉架迷宮書庫の強敵へのアタックを重点的に行うことで知られる隊だ。
「別に僕、隊で競争したいわけじゃないし」
「それが地下書庫探索を押し進めてるんだよ。四人揃えてやることが浅層の底さらいとはな。俺達の本文は迷宮書庫を進むことだ。足手まといをすくい上げることじゃない」
(この前そっちの新人助けたんだけどなあ……)
隊長は気付いていないようである。約束なので、思っても言わない。
「それに」
「それは、どういう――?」
(うーむ。事情はどうあれ、
「よそはよそ、うちはうち、だな。こっちもがんばろう」
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