エピローグ

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「戻ってきたぞー」


 合同隊攻略から二日後。たけるが立つのは五層隠しフロア最奥。エキドナがいた大部屋だ。




 先月の隊長会議の時点で、攻略後の探索は守砂すさ隊に一任されていた。これは守砂すさの希望によるものだが、発見された報酬自体は山分けと決まっていたため、特に異論は出なかった。


 ほとんどのヌシが撃破されているため、守砂すさ隊は前回ではせわしなく走り回るばかりだった階層をじっくりと見て回った。


「いや~、ホントにヌシが復活して無くてよかった……」


「また一日で戻ってたら、流石に積みだものね。良かったわ」


「センパイの予想がバッチリだったってことスね!」


「エキドナが抱いてたっていう卵、どーしたんですか?」


 たけるは鍾乳石の棚に並ぶ資料をチェックしながら、三火みかから聞いた話を答える。


「委員長の大技でエキドナ諸共吹っ飛んだらしい。結構出来てた中身が飛び散ったって」


 うへー、と舌を出すエスキュナ。そんな風に探索を続け、こうして今、大部屋に辿り着いた。


 津久澄つくづみが「どうぞ」と促して、たけるが足を踏み入れる。


「うおお……」


 見上げんばかりの高さ。四方の壁は十数mの天井まで書架が続いている。先日の討伐隊との戦いによる破壊も、今は既に再生が済んでいた。


「ひゃあ~これ何冊あるの?」


 歓声を上げて、エスキュナ達三人も入り込む。


「…………………………たどりついたぞ」


 たけるは――一人、歩みを進める。壁端に辿りつき、梯子を昇り、最上段の棚へ手を触れる。


 革の手触り。じっくりと、達成感を味わう。


 隠し通路を塞いだ何者か。それから永い時間、侵入者を押し止めた封印を、たけるが破った。


 あらゆる手を使って。自分が、たどりついた。


「…………くく」


 笑いが漏れる。遙か下方をチェックしている津久澄つくづみらには、たけるの顔は見えない。


 犬歯を剥き出しにした、獣じみた笑顔。


「くくく、くくっく、くははははは――――」


 笑い声に、守砂すさ隊の面々が上を見た。たけるもこれはいかん、と思いつつ、自制が効かない。


「はっはっは――――!! どうだあああああああ! ざまあみろ! 征服してやったぞ!!」


 両の拳を突き上げて、勝利を唄う。その様子に、大国おおぐにとエスキュナはぽかんと見上げている。


「どうだ! 見たか! いくら隠そうが、無駄だ……俺は絶対にそこへ行く!」


 津久澄つくづみはニヤリ、とこちらも常より鋭角な笑顔を表情に浮かべた。


「……ふふン。それが、アナタのもう一つの顔なのね。やっと見れたわ」


「いよっしゃ――――――――――――――――!!」


 楽しい。嬉しい。要害を、障害を、守護を。乗り越えて、打ち砕き、そこへ立つ。


 たどりつく。それが、たけるの最上の愉しみだ。


   ◇


守砂すさ君は探索中ですかね」


 宇伊豆ういず学園図書館、司書準備室。御高みたかが椅子に座って、たけるの報告を待っている。


「今頃は、二年前の自分を思い出しとるじゃろうな」


 フブルが司書席で足をぷらぷらさせながら、薄笑いで言う。御高みたかは片眉を上げた。


「そうですか? 彼の行動からすれば、かつてからは大分軟化したのだと思っていましたが」


「そうではあるじゃろうよ。『人を助け、目的まで導く』。これが新たな楽しみとなったのは間違いなかろう。本というものが、目的へ到達することを補助するものだとも認識した」


 じゃが、とフブルは付け足す。


「それで、最初の衝動が薄れるかと言えば、儂は否じゃと思う。むしろ、増す。人は誰しも、自らの根からは離れられん。何より」あかんべえをするように、彼女は自分の目を剥きだした。「奴の目は依然、獣のそれよ。邪魔する障害は、何をどうしてでも排除する。到達する。それが、あの者の持って生まれた性じゃろう」


 言葉の内容を吟味するように、御高みたかがあごへ手をやった。それを、フブルは軽く笑う。


「――が、先日の一件を見るに、元と新たな嗜好、上手い具合にかみ合ったようじゃ」


 御高みたかは頷いた。


「確かに、そうですね。結果を見れば、上手く利用されました」


「自分だけが理解する利益のために、他の委員には別の利益を以て操る。思えばそれを、あやつは探索委員となった最初からやっておった。中々、面白い仕上がりになったのう」


「……最初から御存知の上で、彼を委員に?」


 さてな、とフブルは椅子を一回転させた。


「ただ、あやつならばこれまでとは違った探索をしそうじゃと思ってな。――御高みたかよ」


「はい」


「お主もあやつを、上手く使え。もしかすれば、あやつこそがこの図書館を作りし始まりの魔法使い、その玄室を暴く一矢となるやも知れぬ」


   ◇


「なんかごめんな……びっくりさせて」


「いやいやまあまあ」「ちょっとだけ面くらったっスけど」


 我に返ったたけるは、恥ずかしげにおずおずと梯子を下り、正座して謝った。


「別にいいンじゃない? 自分の楽しみがあったって」平気な顔をしているのは津久澄つくづみだ。「むしろ、オトコならあれくらい危険なトコがあった方が素敵よ」


「まあそうだよな、センパイの上と下のキャラの違いすげえし」


「わたし達だいたいわかってたよね」


「嘘だろー……」さらに落ち込むたけるであるが、


「ホラホラ、落ち込ンでないでしゃンとしなさい。これ全部チェックしなきゃなンだから」


 べし、と津久澄つくづみに背中を叩かれ、たけるも立ち上がる。


「そ、そうだな……よし、探索再開ー」


 おー、と一同の手が挙がる。


「テンション落ち着いたね、せんぱい」「放出してスッキリしたんじゃね?」「アラヤダ、それセクハラよ大国おおぐにチャン」


「もうそれいいから! 探すぞ!!」


   ◇


 結果的に。得られた五層隠しフロアの戦利品は、未登録図書が十五冊、魔書が一冊。


 発生した報酬は分割され、魔書は図書委員全体から適合者を求めることになる。


「まあ僕らの隊は全員駄目だったんだけど」


「なんかね、加来かく君の隊にいたらしいわよ、適合した子」


 無事、中間テストを終えた帰り道。常の下校時間より早い午後の空気を、たける三火みかが歩いている。試験後と言うことで、今日くらいはと探索はお休みである。


「そうなの? そりゃまあ、加来かくと谷へのいいお礼になったかな……」


 加来かくたけるへの当たりは相変わらずきつい。だが、守砂すさ隊の目的自体を妨げるような言動はなくなった。谷は周囲から冷やかされつつも、久恵との関係は良好だ。


 合同隊攻略以降、守砂すさ隊のスタンスは徐々に認められつつある。……真似する他隊はいないのだが。


「ミカ姉もあの時はありがとね。御高みたか隊から二人も来てくれて大分助かった」


「いいのいいの。私達――っていうか委員長の隊は、図書館全体の貢献が重要って言ってるからね、委員長本人が」


 たけるの脳裏に浮かぶのは、ゲームセンターの片隅で自機を操る彼の姿だ。


「……今回は、無事でよかった。加来かく君には私も感謝しなきゃ」


 たけるを引き戻したのは、三火みかの呟きだ。嘆息して彼女は続ける。


「出来ればあのヘビ女さっさとやっつけて、私が駆けつけたかったんだけど!」


 拳と掌を打ち付ける彼女に、たけるは首をすくめる。彼女の暴れ振りは、津久澄つくづみから聞いている。


 ただ。有言実行。天寺あまてら三火みかは、己の宣言通り、たけるを助けてくれた。


「――ミカ姉がもし危なくなったら、今度は僕が助けに行くよ」


「え」目を見開く三火みか。慌てて自分の前で、両の掌をぶんぶんと振る。「いやでも、私達の行く所って、今のたける達じゃ危ないし」


「絶対行く。僕がミカ姉を助けないとかあり得ないし」


 ぼん、と。少女の顔が真っ赤に染まる。


「あ、あ、ありがと……出来るだけ浅い階で遭難するから……」


「いや出来ればしないで欲しいんだけど」


 呆れる少年と、真っ赤になって俯く少女が、夕焼けを行く。




 これは、奇妙な図書館と、それに挑む図書委員達の物語。


 宇伊豆ういず学園付属図書館は、改築を繰り返されてはいるものの学園創立よりはるか以前、一説によれば平安の昔から存在するとも言われる歴史ある図書館である。学園創立当時の所有者が校舎を図書館の横に建てるなら、と提供を申し出たと言われるが真偽は定かではない。


 そのような経緯のため、開架書庫として地上四階・地下三階、高校の学校図書館としては破格の規模を誇る。しかし、地上部に比べても遥かに広大かつ深遠な地下『迷宮』閉架書庫の全容を知る者は皆無である。


 学園図書委員会探索委員に所属する有志面々は、今日も未知の蔵書を解き明かすため、地下へと挑む――。




 おわり




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『グリモアレファレンス 図書委員は書庫迷宮に挑む』

著/佐伯庸介 イラスト/花ヶ田



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グリモアレファレンス ~図書委員は書庫迷宮に挑む~/1巻好評発売中!! 佐伯庸介/電撃文庫 @dengekibunko

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