後日譚5 ドッキリの裏側
あの日、外にいるからと電話で呼び出され、暗い玄関の外で打ちひしがれている詩乃を見たとき、俺は唖然とした。
いろいろ困難はあっても、結果的には笑顔で帰ってくるものだと思っていたし、結局終わってみればふたり一緒にいるものだと考えていた。だから、唐突に突きつけられた現実に頭が真っ白になる。
目の前に広がる、嘘のような現実を俺は信じたくはなかったし、到底受け入れられるものじゃなかった。今すぐにでも部屋に篭って、目を閉じて、世界が終わってしまえばいい。そう思ったけど……
詩乃は普段は土がつくことを嫌うのに地べたに座り、悲しそうに項垂れている。普段の元気な面影はどこにもなくて、ちょっと触れたら崩れてしまいそうなくらい存在が脆くみえる。
そんな詩乃から俺まで目を逸らしたら、いったい誰が詩乃を助けると言うんだ?
俺は、拳をぎゅっと握って、泣きそうな心を押し殺す。そして一回笑顔を作ってから、詩乃のもとに近寄る。
「立てる?」
俺ができるだけゆっくりと口にして、手を差し伸べると詩乃は微かに震えた声で「立てない……」と首を振った。
詩乃は別れがよっぽどつらくて、ここまで歩いて帰ったのがやっとだったのかも知れない。詩乃がここまで孤独に涙して帰っていたと思うと、俺まで顔が歪みそうになる。だけど、それを我慢してすぐに顔で笑顔を作る。
今俺ができることは、詩乃の頼れる存在になるということだ。そのためには、俺が余裕を持っていないといけない。
「詩乃はしょうがないなぁ」
俺は苦笑いをしていたと思う。必死に涙を我慢していたら、苦い笑いにしかならない。それでも必死に笑顔を見せながら、詩乃を抱えた。
* * *
翌朝、もっと衝撃的なことが起きた。
昨晩は心配で寝付くことができ無かったし、日曜日だったからアラームをセットしていなかったこともあって、目を覚ましたときには11時を回っていた。
俺は起きてから詩乃の様子が心配になり、詩乃の部屋をノックして、リビングにちらりと顔を覗かせて、勝手に詩乃の部屋を開けてみて……
だけど、家の中のどこにもいなかった。
俺は全身から冷や汗をかいた。頭の中ではいくつもの最悪なケースが浮かんできて、全身の血が引いていくのがわかる。
父が言うには、詩乃は朝早くに家を出て行ってしまったらしい。なんてことだ……
俺は、激しい後悔に襲われた。兄として、しっかり支えてやらなきゃならないのに、結局1人にさせてしまっている。
俺は居てもたっても居られずに、すぐに着替えて玄関に向かう。いち早く詩乃を探し出して、ちゃんと悩みを聞いてあげなきゃならない! 俺は靴を履き終え、ドアを開けると……
目の前に突然人影が現れて、ぶつかりそうになる。そして、そこには目を真っ赤に腫らした詩乃が立っていた。
「詩乃……? ど、どうしたの!?」
俺が慌てて詩乃に尋ねる。すると、詩乃は俯きながら、声を震わせる。
「私、悲しすぎて、また兄さんのところに行ってしまって、そしたら……」
「幸谷のところに行ったのか……」
また、あの頑固な幸谷のことだ、たぶん跳ね除けたんだろう。幸谷が罪悪感を抱えているのはわかるけど、それくらいの気は利かせろよ! 俺はここにいない幸谷に怒りを向けながら、詩乃の言葉に耳を傾ける。詩乃は悲しそうにぼそぼそと続ける。
「寒いだろうからと上げてくれて、わざわざお茶と朝食出してくれて、悩みとか話を聞いてくれたけど断られちゃった……」
「まあ幸谷が言い過ぎな所もあるから、あまり深く気にする…………はっ?」
「私悲しくて、悲しくて……」
詩乃は再び涙を流し始める。その頬を滴からは本当につらかったんだということが伝わってくる。だけど……
あの堅物な幸谷が詩乃の悩みって聞くってどういう状況?
脳内で想像してもどこまでもシュールな光景しか再生されないし、でも、そう語る詩乃が、嘘をついているようには見えない。
俺は頭の中がこんがらがると共に、ほんのりと嫌な予感が湧いてきた。
* * *
それから詩乃は二日連続で、朝早くから学校に行った。だから、今日も朝早くに学校に行くのだと思う。
そして俺は、ここ二日間の詩乃に、非常に嫌な予感とデジャヴを感じていた。
もちろん詩乃が早朝に悲しそうに家を出ていく光景なんて、これまで生きていて一度も見たことはないはずだ。だけど、ずいぶん身に覚えがあるのは気のせいだろうか?
そんなむず痒い違和感を感じていると、階段を軽快にかける音が聞こえ、玄関の方を覗いてみると……
そこには、ご立派な朝活系女子が立っていた!
詩乃は少し長い髪を後ろでまとめて、どこかで見覚えのあるランニングウェアを身にまとい、いまにも明日へと走り出しそうな格好をしている。
俺は記憶の奥底で聞き覚えある展開に俺は何度も首を傾げ、すごく嫌な予感が高まる。
そして俺はつい我慢できずに、その格好について恐る恐る尋ねた。
「し、詩乃はどうしてそんな格好をしてるの?」
すると、詩乃はその問いに少し憂いを見せながら口を開く。
「悲しくて最近走っていたら、なんだかランニングって楽しいな……って思ってきたの。もしかしたら、最近の趣味はランニングかも」
初めは表情に悲しみがあったけど、語っていくうちに少し表情が柔らかくなり、最後はほんのりと笑みまでみえて、徐々に立ち直りつつあることが伝わってくる。こうやって、詩乃も徐々に立ち直っていっているんだから、俺も…………
「とういうことで行ってきます」
そういうと、詩乃は腕を振り元気よく玄関から走り出した。
でも俺は、詩乃の背中を見て釈然としない感覚を覚えた。確かに立ち直ったことは嬉しいはずなんだけど、それを素直に喜べない自分がいて、なんだか喉に骨がつっかかったような感覚だ。
俺はその感覚が払拭できずに、大きく首を傾けて突っ立っていると、後ろから「あんた何してんの?」と母に笑いながらツッコまれてしまう。
だから俺は適当に「首のストレッチ」と言って誤魔化すと、母は「あんたも早く朝食を食べなさい」と言うと、エプロンを靡かせながらキッチンへと戻って行った。
そういえば母も昔には詩乃と同じでランニングしていたような気がする。そう、今詩乃が着てたようなランニングウェアを着て。確か三日で辞めていたけど……
ランニングウェア?
そこでランニングウェアという単語が妙に引っかかる。なんの話だったか忘れたけど、その話をしたような気がする。その会話では、なんでランニングウェアなんて出てきたんだっけ?
えーと、走るのが趣味になったのは、朝早くから出てるからで、何故朝早く出てるかといえば、まさかドッキリとはおもわな……
そして、頭に浮かんでくる、詩乃の不可解な状況証言に、幸谷の沸きらない回答。毎朝やけに早く家を出ていく詩乃……
答えに気づいた時、衝動的に駆け出していた。
「おいコラ! 俺の心労と心配を返せ!!!!」
俺は全力で幸谷の部屋へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます