第15話 行き場のないふたり

 俺は昨日と同じカフェで、昨日と同じく彼女と二人で、昨日と同じ感じに黙りこくってうつむいていた。 


 あの時、彼女を勢いよく引っ張って外へ出たのはいいものの、実のところ計画や作戦なんてものは全くなくて、行き場が思いつかなかった俺は足向くままにあのカフェへと辿り着く。彼女はここに入る時少し顔をしかめていて、何度も来たこの場所に不満な様子だったが、普段お出かけしないぼっちに少し暇をつぶせる場所の引き出しなんて無かった。


 まだお昼には早い時間で店内が俺たちふたりだけなら気まずいという心配は、傘を畳んで店に入った瞬間に杞憂へと変わり、すでに八割が埋まっている店内で数少ない空席へと案内される。


 ふたりは見慣れた店内へと踏み込みこんで席に着くと、俺と彼女はカフェオレを頼んだ。


 そして、手持ち無沙汰となった。


 俺は頭をフル回転させ、屋内で何かできることが無いかと考えるけど驚くほど思いつかない。何かの衝動に駆られて変な行動をしてしまった手前、彼女に相談して一緒に行く場所を決めることができるような雰囲気ではなかったし、ここでスマホを触り出せば彼女は『ここまで連れてきておいて無視ですか?』とドン引きするだろうからネットの力も借りられない。

 

 彼女に合わせづらい俺の目線は、店内の上の方を泳ぎながら店内を一周すると手元に落ちて、結局テーブルの中央あたりをじっと眺めるスタイルで落ち着いた。


 そして俺が必死にテーブルを眺めながら今後のことを考えていると、前から細く悲しげな声がする。


「ここにくるのも三回目ですね……」


 その彼女の口調はまるで綱渡りをしているかのように、一言一言と言葉を選びながら慎重に口にする。


「そうだね……」


「再会した時もここ来ましたし、昨日もここに……」

 

 彼女はそこまでいうと、口を止め顔を歪めた。おそらく昨日のことを思い出してしまったのだろう。二人に追い詰められて口を突いた「忘れてくれ」という言葉はあまりにも残酷な言葉だった。彼女はその苦しそうな顔のまま、一層くらいトーンで続きを口にする。



「以前私を振った時もここでしたよね……今回も私はここで振られるんですか?」


「私もうこの近く来れませんよ! 同じところで振られたなんて思い出すだけで歩けなくなっちゃいます」


「だから、せめて別のところで振っていただけませんか」


「うるさい! いまいろいろ考えているから!」


 俺が周りを気にせずに少し大きめな声で言うと、彼女は再び涙目になりながら、俯いて黙ってしまった。


 俺は本当はこんなことが言いたかったわけじゃない。ひどい態度を取っているのはわかっている。でもその振るのか振らないのかの質問に対して、否定もできないどころか今は肯定さえできなくなっている。そして、一度毅然きぜんとした態度を崩してしまえば、これまで我慢していた感情がすべて崩れてしまいそうで怖くて、つい酷い言葉で彼女を言いくるめてしまう自分がいた。

 

 俺はいったい、今何をしているのだろう。


 完全に衝動に流された、自分の意思に背いた行動は、自分を余計に縛り付けてうまく立ち回れなくなっていた。最近だってそうだ。脳では彼女と別れる方向に動いているのに、心はどんどん締められていくばかりで、自分がどう考えているか、わかんなくなっていた。


 そして会話とも言えない、言葉のやり取りを終えると、昨日と同じくお互いが俯いたまま黙ってしまう。


 こんな大雨の休日だからか、カフェは空きを待つ人が出るほど賑わっていて、店内の喧騒も大きなものとなる。そして、その喧騒にはかされているように感じ、空きを待つ人を見ると早くしてよと声がする気がした。


 俺が時間だけが過ぎていくことに苛立ち、余計になにも思いつかないでいると、店員がカフェオレを丁寧にテーブルへと置き、「ごゆっくり」と言い去っていく。


 俺は落ち着くためにカフェオレに手を伸ばし口をつける、そして滑らかな茶色の水面から目を前に移すと、彼女はその湯気の立つカップに触れる気配もなく俯いていて、俺が顔をあげたのを確認してから口を開く。


「あ、あの……これからどうするんですか……」


 彼女の真っ当かつ、それでいて今いちばん答えられない質問に対して、俺はまた「うるさい……」と軽率に口にする。


 そんなひどい言葉を何回も使っちゃいけないことくらいわかっていた、わかっているけどそれでも使わなければならないほど追い詰められていた。だけど、彼女はこれまでの反応とは違って視線を逸さずにこっちを見ると、「お兄さん?」と疑惑の含んだ声で口にすした。


「今、『うるさい』の濫用をしませんでしたか? 今の『うるさい』はこれまでのとは違って軽い感じがしましたけど?」


 彼女にはなんでもお見通しのようだった。俺はぎくっとしながらしどろもどろに「う、うるさい……」と返すと彼女は少し微笑んだ。そこでちょっと雰囲気がなごやかになった気がしたけど、その微笑みは何か失った過去を懐かしむような笑みで心が痛んだ。


 俺がして欲しいのはこんな笑顔では無いけど、俺は彼女を笑顔にできるような場所を知らない。もう残されている手段は一個しかなくて、俺は迷うことなくポケットに手を突っ込みスマホを掴もうとすると、そのときスマホの上にはさらさらした感触のものが手に触れる。


 それは、一夜がさっき差し出してきた4つ折りのルーズリーフだった。

 

 俺はてっきり、俺への手紙だと思っていたから、4つ折を丁寧に開いてからその内容を目にしたときに少し驚いた。


 彼女は俺の驚いた様子に「その紙なんですか?」と首を傾げるので、俺は少しニヤリとしながら「うるさい」と呟くと、彼女は不満げな表情で頬を膨らませるとそっぽを向いてしまった。


 そのルーズリーフの一番上には『詩乃へ』と書いてあり、その下からは屋内のデートスポットについてたくさん箇条書きしてあった。

 

 そこには水族館や、大型のショッピングモール、おしゃれな本屋さん、美術館だったり俺が一ミリも思いつかないような素敵な場所が沢山並んでいて、行き方や料金、見どころを事細かくまとめてあった。


 その中でも特にショッピングモールには大きな丸をつけてあって、フードコートだったり、映画館があることだったり詳細を書いてある中、二つの文章が太い字で強調されていた。一つは『必ずプリクラは連れて行ってもらって写真を取っておけ』というものと、もう一つは『服は後で俺が幾らでも払うから、何か選んでもらっとけ』というものだった。


 急いで書いたのか、文章の中には崩れたような文字が多くて、読みにくさはあった。でも彼女への想いが溢れる手紙であったと同時に、その紙を見ることで悩みが一気に解消した。


 俺はその紙を握りしめると、「行こう!」と目の前の彼女に手を差し出す。


 家を出たときの無理やり腕を引っ張ったさっきとは違い、ゆっくり手を差し出すと、彼女は顔を真っ赤にしながら「お兄さんのそういう格好いい系は似合いません……」と言いながらそっと手を握った。俺はその手を離れないようにしっかり掴み、彼女を引っ張って店を後にした。

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