第4話 3度目の正直

 スーパーで天使と出会ってから、一ヶ月がたった。


 一番近くて安かったスーパーを使わなくなった俺は、バスで安いスーパーまで買い物に行って大量にまとめ買いをするようになり、家を出る機会がさらに減ってしまった。


 そして、これまでの唯一の会話の場であったスーパーを失った今、壊滅的に人と会話をしなくなった。そろそろ、声帯が退化して声が出なくなるかもとムダに不安になって独り言を増やした結果、よけいに悲しくなってきた。

 

 そもそもは、心ときめく青春っぽい出会いをしたはずなのに、逆に孤独へと追いこまれていた。そして学校も忙しくなってきて、より一層いっそう家と大学との往復を極めていたある日のこと。


 家から大学へと歩いていると、視界のすみで青い髪がふわりとなびいた。俺は非常にイヤな予感を感じつつもちらりとその方向に目をやると、爽やかな白い半袖のセーラー服を着た女子高校生が道のすみにおしとやかに立っていた。


 天使のその姿はまるで誰かと待ち合わせをしているように見えたが、ここだと一人だけ浮いた格好となっていた。というのも、この辺りは私立高校の学生が多くて、おしゃれなカッターシャツを着た女子生徒が多いから、彼女が着る公立校の半袖のセーラー服では浮いてしまう。

 

 だからといって、それがディスアドバンテージ不利なのかと言われればそんなこと決してはない。彼女の美しさが服装程度で揺らぐことはなく、むしろ辺りにいる誰よりもそのセーラー服は似合っていて可愛かった。


 そこまで考えていて、ふとセーラー服に違和感を覚えた。だって、あのセーラー服の高校はここから三キロメートルくらいはあったような気がしたけど……


 俺はその事に気づくとすごく気になってきて、声をかけたくなった。そして、声をかけようと一歩踏み出したが、即座に思いとどまる。


 そもそも俺は彼女を一方的にしか知らない。それにも関わらず彼女としゃべったなら、何もしなくても不審者として警察につかまる自信がある。


 俺は好奇心を抑えて、彼女を避けるため、引き返して、遠回りして大学へと行った。おかげさまで一時限の授業は遅刻をくらってしまった。



 * * *


 俺は少しオレンジがかった空に、ため息をついた。


 今朝の消化不良感を引きずってしまい、今日は何をするにも集中できなかった。普段ならすぐ終わるレポートにも時間がかかってしまい、大学をあとにする頃には陽が傾いていた。


 家に向かって歩こうとすると、特に体を動かしたわけじゃないのに、ずっしり重い疲労感を感じる。そのためか視線も徐々に落ちていき、ついには下を向いて歩いていた。地面を見ながら歩いているうちに、これではダメだと思い、はっと顔をあげる。


 すると俺の目には、考えうる中で最悪な場面が映る。


 思えば今いる場所は、ちょうど朝彼女を見かけた場所でもあった。 


 その道端ではよく言えばチャラく、悪くいえばガラの悪い大学生二人が、青髪の女子高校生を囲っていた。あのいつも笑顔の天使でさえ嫌そうな顔をしていたから、無理やりにお茶のお誘いでも受けているのかもしれない。


 周りはそのことを特に気にしてる人はおらず、俺だけがその違和感に気づいていた。この状況なら俺が助けた方がいいだろうし、もしかしたら今俺が助けに行けば天使に好かれる可能性だってある。

 

 でも、それは違う気がした。


 もしかしたら、助けたら逆に全員グルで、ボコボコにされるかもしれないし、もしかしたら彼女には案外楽しいお茶会が待っているのかもしれない。二人ともだいぶ品のない格好をしていたが、案外いい人の可能性もゼロじゃない。


 そんな適当な言い訳を考えていたが、実際のところ正義ヅラして人に好かれようなんて考えた自分に嫌気がさしただけだった。 


 そもそも言ってしまえば、俺には関係ない。


 だから俺は、これ以上傷つかないように、俺は見てみないフリをして通り過ぎる……ことができなかった。まったく損な性格だ。


 でもどうやって助ける?


 王道の筋ならば、「待った?」と彼女の彼氏ヅラするのが一番だけど、俺にはそれを実行するだけの甲斐性かいしょうがない。


 どうしよう?


 俺は緊迫する状況の中、足を震わせながらも必死に考えに考えて、彼女のためにもと覚悟を決めて堂々と立ち向かう…………ことはしなかった。


 俺は身バレ回避のためにマスクとメガネをつけて変装し、自己保身をしっかり行うと、三メートルくらい離れたところからスマホをかかげて叫んだ。


「おいっ! やめろ、警察呼ぶぞ!」


 振り返ってみれば至極しごく理不尽な話である、その二人はまだ悪いことはしてなかったのだから。しかし、この判断は間違っておらず後ろめたいことがある二人はキレて、威圧するように大声で怒鳴ってきた。


「なんだと、テメエ!」


 二人は俺に向かって一歩二歩と迫るように歩き出した。俺は対抗して睨み返す……ようなことはせずに、一歩二歩と後退りをしスマホで110と押し受話口に耳を押し当てる。


「もしもし警察ですか。大変なんです。えーと場所は……」


 俺は大声で電話に話しかけると、とたんに二人は焦ったような顔をした。


「あいつマジでかけやがったぞ、どうする、逃げるか?」

 と片方が言って。

「くそっ、マジしらけるわ」

 と言ってあの二人は逃げていった。


 天使が解放され電卓アプリの110の表示を見ながらほっとすると、俺も続いて明後日の方向へ逃げていった。


 一瞬振り返ると、残された天使は泣き顔で「嘘でしょ」的な顔をしてこっちを向いていたが、それは知ったことじゃない。俺は精神的なアフターケアができるほど器用な人間ではない。さらに、そこで感謝をされても俺の信念的にはたまったもんじゃない。


 まあ、あれだけの美人ならどうせ道端にいるイケメンか何かが慰めてくれて、その人とぽっと恋にでも落ちるだろう。そう思ってアパートの前までたどり着いたが、なんとなく後ろ髪を引っ張られた気がして、誰もいない後ろを振り向いた。


 あれだけ可愛い子が泣いていれば、誰か慰めるだろうし、俺が心配しなくてももう人だかりでも出来てるはずだ。俺は、彼女は大丈夫だと頭の中でそう何回も呟いて、思い込んで、諦めて……

 

 玄関で考え込むこと10分、俺は来た道をまた引き返し、彼女のもとへと駆け出した。 

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