第3話 どのみち対峙する彼女

 天使との衝撃的な出会いから数日が経った。


 その後、俺は天使を一目見るためにコンビニ通いを……


 することもなく、ただコンビニの前を通るときは、レジの方をチラリと見る生活をしていた。


 もちろん、チラリと見たときに天使がいることもあるし、たまに目が合うことがある。というか接客をしている時以外はだいたい目があう。ヒマになったら外を見る気持ちはわかるけど、いちいち心臓に悪いからやめてほしい。


 コンビニに入れば、もしかしたら天使とまた話せるのかもしれないし、もしかしたら天使と仲良くなれるのかもしれない。でもそれは完全な自分の妄想であることを知っていた。


 だから、俺は避けていた。


 ありもしない可能性に心が飛び跳ねるのがつらかったから。


 いつからかコンビニの前を通るときは、歩道のはしっこを歩き、目を向けないようにしていた。


 初めて行ったコンビニがいきなり行きづらくなった俺は、結局いつも通りの品揃えは良くないけど安いスーパーへと落ち着いていた。ぼっちで引きこもりの俺でも、スーパーにはたびたび出入りしているから、レジの人とは一種の顔見知りになっていると思っている。


 目が合うと何となくいつもの人だなと思ってくれてそうだし、ビニール袋の有無だったり年齢確認だったりを省いてくれたりして、そこに細やかなコミュニケーションを感じられて好きだった。


 さらには、お喋りなおばちゃんに至っては話しかけてもらえた。そして案外それが楽しみだったりするし、週間の会話履歴がそれしかない週がザラにある。


 つまりスーパーは俺にとって唯一の人と関われる場であった。


 俺はいつも通り歩いてスーパーに来ると、カートを突きながら商品棚を周り終えてレジへと向かった。


 人が少ない時間だったのか、いつものおばちゃんが担当するレジしか開いてなくて、すでに二人が並んでいて、おばちゃんも忙しそうにこなしていた。


 そこで、俺は嫌な既視感と予感をおぼえる。


 絶対にありえない妄想であり想定することがバカらしくなるが、体ではしっかりと悪寒を感じていた。


 そんな嫌な予感をお構いなしにおばちゃんは店内放送で助っ人を呼ぶ。そして誰も来ないままレジ待ちの列は一つ進み、次が俺の番だった。振り返っても、後ろにも人は並んでなくて、呼び出しくらった店員は取り越し苦労だったろうなと同情していると、横から「次のお客様どうぞ」と声が聞こえた。


 俺はその声にゾクっとした。


 俺は助けを求めるように前のおばちゃんを見ると、手際のよいベテラン店員だからか、もうレシートを手渡していた。


 これは勝った!


 俺はとなりにチラチラ見える青い髪を無視して、おばちゃんのところへと進んだ。おばちゃんはいつものように「いらっしゃい」と言った。すると、おばちゃんはわざとらしくチラリと後ろを見る。そして、耳元でささやいた。


「あんた、こっちのレジより隣のレジに行きなさいよ。だって、一番人気の青山さんフリーじゃない」


「一番人気?」


「そうよ。あの娘がレジに立つともう毎回長蛇ちょうだの列よ。フリーなの初めて見たわよ」

 

「お気持ちはありがたいのですが、こっちに入ったんで遠慮しておきます」 


 俺はていねいに断ったつもりだったがさすがおばちゃんというべきか、俺の話を全く聞いちゃいなかった。

 

「まあまあそう言わずに! あんたいい子だから、大サービスよ」


 おばちゃんはそう言い残し、レジからはなれてその“青山さん”に話しかけた。すると青い髪の女性店員は笑顔を見せ、こっちのレジまで歩いてきた。


「大変お待たせしました」


 やはり天使が前に来てしまうと、何か声をかけてくれるかもしれないなんて空虚くうきょな期待で胸が飛びはねてしまう。だけど、彼女は特になにか言うこともなく普通に作業をはじめた。


 彼女は俺のことを覚えていないようだった。まあ覚えておけって方が無茶なんだけど。


 彼女が手際よくカゴからカゴヘと商品を動かすと「身分証明書の提示をお願いします」と言われた。ちょうど彼女は缶チューハイをレジに通していた。


 いつものおばちゃんなら必要ないから、コンビニの時みたく、またあわてて探しだす。俺はコンビニの時よりはやく筆箱を見つけだすと、彼女に大学の学生証を渡した。


 彼女はその身分証明書をマジマジと見ると「ありがとうございました」と手渡して返してくれた。そして身分証明書に残ったほんの少しのぬくもりにどきっとした。


 その後、彼女は淡々とレジをこなし一通りを終えた。「レシートはよろしいかったでしょうか」の問いに「お願いします」と答え、レシートを受け取ってカゴを作荷台サッカー台に運ぼうと手にかけたとき、声がきこえた。


「あ、あの………私のこと覚えていますか?」


 俺は彼女がひかえめに言ったその言葉にふと顔をあげる。彼女は大きい瞳を下に落としながらそわそわしていた。


 俺は彼女のことじっと見る。

 たしかにコンビニで会ったけど、あれを出会いと言うならば酷く一方的な話だし、ほかに思い返してみても思い当たるふしがない。


「覚えていません」


 俺はあっさりとそう言った。


 もしかしたら、しっかり思い出せば何か見えるのかも知れない。でも、思い出したとしてもそれで何か起こるわけではないし、彼女と何か特別なつながりがあるかも知れないという妄想が大きく広がっていくだけだった。


 そんなむなしいものなら切り捨てたほうが早い。

 

 彼女は「そうですか……」とがっかりしたような声を後ろで聞きながら、カゴを一番遠い作荷台に持っていった。

 

 俺はいつのまにか天使を徹底的に避けるようになっていた。


 ムダな期待をしてしまうのではないか、自分の平穏が乱れてしまうのではないか……

 俺は天使の前では“いつも通り”ができない。

 だから、自分を守るためにとにかく避け続けた。

 

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