第2話 6年後
残念ながら二十一歳の俺は高校生の時からなにも変われていなかった。
高校ではふしぎなことに勉強を頑張れたから、思ったよりいい大学に行けたけれど、研究やレポートやらでまたもやナイーブになってしまった。
青春の方はというと、からっきしだった。
一時期何を思ったのかクラスメイトに声をかけまくっていたけれど、結局友達はできずに勉強に逃げこんだ。だけれど、業務連絡くらいならできるようになっていたから、話しかけた経験も無駄ではないと思えた。
さらに大学になると趣味が合う人もいて、多少話す人くらいならできた。やっぱ世界は広くて、諦めなければ多少は人ともつながりを持てるのは本当だと思う。
とはいえボッチなことには変わりなく、ただひたすら家と大学を行き来する日々に陥っている。
人付き合いをして欲しい両親の想いから一人暮らしをさせてもらっているけど、ワクワクして買った来客用のコップも埃をかぶっていて、全自動親泣かせマシーンにしかなっていないのが現状だ。
俺は両親に対してせめてもの報いとして、経済的な負担が軽減できるように節約生活を送ってきた。できるだけスーパーで買い物をすまし、外食は避けて自炊したり、友達付き合いをせずに遊びに行かなかったり……
だから通学する度毎日のように見ているのに、このコンビニに入るのは初めてだったかもしれない。
暑い日差しは容赦なく降り注ぎ、アスファルトからもむんむんと熱気が伝わる危険な季節に、俺は油断をし水筒を家に忘れたのだ。
歩くだけで汗をだらだらかき、なんなら歩いていなくでも体内から水分が蒸発しているような季節に水分を忘れるのは致命傷である。
貧乏性の俺は自販機にも課金せずに授業が終わるまでは耐えたが、家ま残り10分のところでついに諦め、近くにあったそのコンビニに駆け込んだのであった。
俺は自動ドアを潜るとコンパクトな店内を見渡した。
コンビニに来ること自体が久しぶりだったが、いつ来たって変わらない見慣れた配置や空気感に関心さえ覚えた。店内にはまばらにしか人はおらず、気が楽だなと思いながら一歩店内に踏み出しレジの方を見ると……
そこには青髪の天使がいた。
天使は奥のレジで、あまりにも眩しい笑顔で接客をしていた。
天使という表現はあまりにも現実的でない表現かもしれないが、俺の目には天使としか形容できないくらい美しく映った。
透き通るような大きな目に、少し朱に染まった頬、小さく可愛らしくもふっくらとした唇。そして、白い肌との対比が美しい肩までかかる鮮やかな青い髪。全てが完成された美しさだったが、それが笑っても真面目な顔をしても崩れずに様々な魅力を見せてくるから、ずっと眺めていても飽きることはないだろう。
俺は天使の姿をずっと見ていたかったが、周りの目線が怖くて早足に奥へと進んだ。
目的のジュースの棚の前にくるも、それどころではなかった。もはや何を買いにきたかをすっかり忘れ、後ろの彼女にばかりが気になった。俺はロクに選びもせずに適当なジュースを持ちレジへと向かった。
後に振り返ると、きゅうりサイダーなんてゲテモノよくも買ってくれたもんだ。
俺はレジへと一歩進むたびに心臓は飛び跳ね、体の筋肉は硬直していき、手は震えだす。それでもしっかりと一歩一歩踏み出し、天使が笑顔で待つレジへと……
行かずにその左隣のレジへと向かった。
恥ずかしすぎて、行けたもんじゃなかった。
俺が左のレジへジュースを置こうとした
あまりにも一瞬のことで、俺は唖然としていた。けれどもすぐに気を取り戻すと、俺は割り込みという悪行に負けじと左側のレジへと並び続けた。
さて、ここで問題です。
コンビニには二つのレジが開いていました。左側のレジには二人並んでいて、右側のレジには誰もいませんでした。
ここで、右側のコンビニ店員の取るべき行動とはいったい何?
天使はその問いの
「次のお客様、こちらのレジへどうぞ」
恥ずかしいからあえて行かないという信念をいとも簡単に曲げられて、俺は諦めて「はい」と言った。すると天使は一瞬驚いたような顔をみせたが、すぐに切り替えビジネススマイルに戻った。
天使の心情を察するに、「お前しゃべるの?」だろう。
確かに俺はほとんど喋らないから、びっくりしてもおかしくはない。でも、こんなキモいやつと天使に見下された気がして、まただいぶナイーブになる。
俺が勝手に傷ついているうちにも天使は商品をバーコードで読み取り、そしていたって事務口調で言った。
「お客様、身分証明書の提示をお願いします」
背負っていたリュックをおろすと、学生証の入った筆箱を慌てて探した。しかし、こういう時に限って、筆箱はなかなか見つからない。
別に後ろに人が並んでいるわけではないのに、無駄に焦って、余計に中身を散乱させる。これには、「こんなに手間とらせやがって」天使も怒っているだろうなと、チラリと天使の方向に目線をやる。
すると天使とバッチリと目が合い、すぐに視線を下に落とした。そこで俺はきゅうりサイダーに目が行く。
そして俺は落ち着いて口を開いた。
「アルコール買ってないんですけど、身分証明いりますか?」
「えと……あっすいません、勘違いしてました!」
天使は不思議なことに、ミスをしてしまった後悔の顔でもなく、指摘されて苛立った顔でもなく、何故か悔しそうな顔をしていた。俺に指摘されるミスがよっぽど悔しいのだろう。
そして天使は顔をぶんぶん振ると気持ちを入れ替えてこう言った。
「身分証明書の温めはよろしかったでしょうか?」
確かに、あっためないと味気ないし、あっためたら美味しいよね、学生証…………はい?
「あ、身分証明書は食べないので大丈夫です」
俺は脳内が混乱している中、天使はまた悔しいそうにしていた。その後天使は特におかしなことをいうこともなく、普通に金を払って店を後にした。
あれだけしか会話してないのに、思い出すたびに俺の心臓を激しく波打ち息が苦しくなる。ベットに入ってからも、あの不可思議な会話のシーンだけが目裏で何度も繰り返されて、その日俺は人生で初めて徹夜した。
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