高1の時に小学校でふたり話した顔の知らない女子小学生と6年後再会する話
さーしゅー
本編
第1話 出会い
長かった梅雨が明け、あたりは強い陽差しで照らされていた。しずかに流れる川は、陽を反射しキラキラと輝いていた。
そんな晴れやかな夏の日に、川と小学校のフェンスにはさまれた小道を歩いていると、その女の子はフェンスの内側で、ずいぶん子どもらしくない、
「誰かがいいと言ったら、みんなバカみたいにいいって言うし、誰かが悪いって言えば、みんなてのひらを返したように悪いっていう。なんてくだらないのかしら」
その女の子は校舎からグラウンドを挟み、最も遠いフェンスの内側に寄っかかっていた。ちょうど昼休みだったようで、グラウンドの真ん中では多くの生徒が元気にボールを追いかけあっていた。
「おまえだって右むけ右する年齢だよ、何ませたこと言ってるんだよ」
俺は内容の可愛げのなさについ突っかかってしまった。よく考えてみれば通報されて補導されかねない状況に焦った俺は、顔が割れないように女の子に背をむけた。
「だれよ、あんた?」
機嫌悪く吐き捨てるような声が後ろから聞こえる。
「俺か? 俺は高校がイヤになってサボってたクズ高校生だよ」
「ならさっさと高校に行きなさいよ」
「それだけ強気に話せるなら、お前もあの輪の中にも入れたんじゃねえの?」
グラウンドの中央あたりからは、無邪気な笑い声が聞こえている。
「私ね、普段は緊張しちゃって話せないの。でもあんたにはいくらでも喋れそう」
「同類なのかもな、俺ら」
「一緒にしないで!」
「悪かったな、こんなクズと一緒にして」
俺がそういうと、女の子は慌てて「違うの」と訂正して、小さな声でボソボソと話し出した。
「お兄さんみたいにちゃんと高校生になれているのと、こうやって小学生ひとりぼっちな私とは一緒なんかじゃないから」
「じゃあ一緒だな」
「え?」
「俺はお前と同じで、小学生の時は輪の中に入れないままに卒業して、中学ではいじめられもした。高校ではいじめはなくなったけど、無視されてこの通りだ」
俺は川に向かって胸を張った。
「ねえ、お兄さんはどうやって生きてきたの? 強かったの?」
「強くはないよ。ただ耐えただけ」
少女からしばらく返事がなかったから、補足するように続けざまに言った。
「上履きを隠されるなら持って帰ればいい。落書きされるならそのままにすればいい」
「ヤツらは遊びだからな、殺しちゃこねえ。だから、耐えてりゃいつか終わる」
「そんで高校からは、将来を見据えて直接的な攻撃はなくなる、だから高校までの辛抱だな」
「じゃあなんでサボってるの? 高校は大丈夫なんでしょ?」
女の子は不思議そうな声で言った。
「ほんとみっともなくて、くだらねえ理由なんだけど」
「私と同じ?」
「いや、君とは違ってしょうもない理由だ」
「そうなの?」
「俺は小学生から、人付き合いなんて外道なものだと思っていたし、いじめてきたそいつらを恨むことしか考えてなかったんだ」
俺は、目の前の川の向こう側を遠目で見ながら続けた。向こう岸には白い鳥がムダに堂々と居座っていた。
「でも、勉強を必死にやっていたら、人を恨むことも忘れて目が覚めたんだ。そして気づいたんだ、俺に青春は無かったなと」
「青春?」
「そう、青春。男の友情も含めてだ。俺にはそんなこともできずこのまま青春も終わり死んでいくのかと思うとバカらしくなってな」
「そうなの……」
「ここは笑うとこだぞ? ただのサボり学生じゃねえかって」
少女には良く分かってないのか、面白くなかったのか黙ったまま返事が返ってこなかった。
「まあ、俺の話はどうでもいいな」
「よくないよ」
「俺はいまから超上から目線で話すから、なにこいつって聞きながしてくれ。たぶん今から言うのはただの自己満足だから」
「お兄さん言ってることが難しいよ」
「いま、もしかしたら人付き合いなんて面倒でくだらないって思ってるかもしれない。私は大人なのに周りが幼稚だと思って達観しているかもしれない。でもそれは大人なようで違うんだ」
「どういうこと?」
「たしかに、周りを達観できたなら周りより少し成長しているから、右むけ右のせまい世界から抜け出せたんだ」
俺が少し顔を上げると、白いかげが視界を遮った。白い鳥がどこかへ行ったのだろう。
「でも、少し成長できたからと言って、自分は大人で周りはくだらないって考えも十分せまい捉え方なんだ」
「えっ?」
「本当の大人なら、くだらなさも受け入れて人付き合いするんだ」
「でも、そんなくだらないものに付き合ってまで人付き合いするものなの?」
「するものだな」
「なんで?」
俺はゆっくりと息を吸い、目をつむった。
川沿いに流れる風は暖かく、俺の顔をくすぐる。
風が止むと目をしっかり開いた。そして俺は拳をにぎりしめてその問いに対しての俺なりの答えを一気に吐き出した。
「所詮人間なんて一人では生きていけないから、人との関係の中に生きていくんだ。だから人付き合いは避けられない」
「もちろん苦手な人もいるかもしれないけど仲良くなれる人もいるかもしれない、でも、それも会話しないとわからないんだ」
「だから、最初から人を諦めるな、そしてもう限界だとも思ったら部屋に
俺はこれまでの、後悔と、失敗と、気づきを全部話した。こんなことを少女に話しても大層迷惑かもしれないけど、フェンス越しに背中合わせの俺たちはなぜだか似ている気がして言わずにはいられなかった。
「最後、いってること真逆じゃん」
「いや、それはあれだ。死んじゃいけないってことだよ。挑戦はしてほしい、でも無理はすんな」
「私にできるかな?」
「苦労するだろうな」
俺がそう言うと女の子は「え〜」と嫌そうに言い、次に「俺に似ているからな」と言うと黙ってしまった。よっぽど俺と一緒にされるのは嫌なのだろう。
「まあでも、俺と違って聞く耳があるからきっと大丈夫! 俺とは違った人生を送れるはずさ」
俺が言い終えたとき、ちょうど学校からチャイムが鳴り、グラウンドから子供たちが走り始める音がした。
「そろそろ昼休みも終わりみたいだから、俺もボチボチ行くわ」
「どこに?」
「高校に。あれだけ先輩ヅラしたんだから、俺もしっかりしなきゃな」
何か考え事をしているのか、女の子は校舎に戻る気配もなくしばらく黙っていた。
そして、ポツリとつぶやいた。
「ねえお兄さん。こっちに振り向いてくれない?」
「それは無理な相談だ」
「なんで?」
女の子が急に立ち上がる音がした。
声がいきなりクリアに聞こえたから、たぶんこっちを向いて話したのだろう。
でも、俺は振り返らなかった。
「俺たちの関係はそれっきりの方がいいんだよ」
「なんでよ?」
「だってお互いにダメにし合うだろ」
これは嘘だ。だって見られたら捕まっちゃうし。
「そんなことない。また会いたいよ」
「ダメだ、今回は完全に匿名の関係だから」
「匿名?」
「まあ辞書で調べてくれ、じゃあな」
俺は後ろに振り向かず、まっすぐ歩きだす。
「わたし!」
後ろから叫び声が聞こえた。
「絶対お兄さんを探してみせるから!」
ずいぶん楽しみなこと言ってくれるじゃないか。
おれは上機嫌で、高校へ怒られに行った。
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