第2話 義理のお友達
嵐が去った後のような寂しい部屋をもう一度だけ確認すると、俺は鍵を閉める。
俺はいつも通りに部屋にいることが急に退屈に感じてきて、普段より三十分早く家を出て大学へとゆっくり向かっていた。
大学に着いて講義室に入るといつも通り、一番奥で一番後ろ側の特等席へと直行する。そして席に着くと俺は深く息をはいた。
講義室を見渡すと、開始四十分前の教室には学生もまばらにしかいないかった。そのためか、やけに冷房が効きすぎているような気がして、羽織るような物もない俺はつい縮こまる。そうして、講義室の片隅でコンパクトに一人でスマホをいじっていると、ふと前の方から声がした。
「おひさ〜」
スマホから目線を上げると、黒の短髪がさらさら揺れるさわやかなイケメンが視界に映る。その好青年は微笑みながら軽く手をあげると、隣の空席に腰をかけた。
彼は見て分かるとおり、爽やかで、誰にでも優しく、気さくだから、こんな俺にだって話しかけてくれる。
以前に趣味の話が盛り上がったという点ではつながりがあるように思えるがその他は、彼のぼっちへの
だから、何か用がある時か、ばったり出会った時にしか話さないのに、今日は向こうからわざわざ声をかけてくれた。
「青山くん久しぶり! 一ヶ月ぶりくらい?」
俺は大学での知り合いとの会話に胸を弾ませ、声を弾ませた。
「もうそれくらい経つんだっけ?」
彼はその後付け加えるように「一夜ね」とぼそっというから、俺は慌てて「一夜は」と訂正した。前に名前で呼んでって言われたことをすっかり忘れていた。
「一夜はこの科目とってたんだね?」
俺が不思議そうな顔をしていたのか、彼は慌てて説明した。別に、無視されることは慣れているからそんなに気遣わなくてもいいのに。
「取ってるけど。ほら、幸谷の周り、リア充一行の本拠地じゃん。さすがに近づけないよ」
彼の言葉をふと考えてみると、あまり気にしたことがなかったけど、確かに俺の周りはいつもうるさい気がする。
「ああ……一夜でもそういうの気にするんだね?」
「いや、あいつらはリア充とはいえ結構過激派だよ? 普通近寄りたくないよ」
俺がその問いに「そうなの?」と首を傾げていると「いや、幸谷は無関心すぎる!」と突っ込まれた。
そのあとは、話が赴くままにお互い近況報告をしあっていた。
口下手な俺でも、彼と話すと不思議と言葉がすらすら出てきて、いつも以上にしゃべりすぎてしまう。彼は人に合わせるのがすごく得意で、一緒にいて心地がよい。
これがリア充のもつ特殊能力かと感心していると、彼は話題の合間に「そういえば」と切り出した。
彼はポケットからスマホを出すと親指でささっと操作し、こっちに画面を向ける。
「幸谷はこいつのこと知ってる?」
たぶん彼がわざわざ俺の席まできたのはこの用事のためだったのだろう。でも、俺のようなぼっちに一夜と共通の知人なんていそうにないよなぁ、と思いながらもスマホをのぞき込むと……
そこには、爽やかな笑顔をした青髪のJKがピースをしている写真が映っていた。そのJKはスタンダードなセーラー服(夏服)を軽やかに身にまとい、肩まで伸びる青い髪は綺麗に輝いていて、俺にとって見覚えしかないJKだった。
彼自身と彼のスマホ中の写真。全く繋がりが無さそうな二人が俺の視線に同時に映り込み、俺は血の気が引くのを感じた。
「えっと…………」
俺が何も答えられずにいると、あまり良い表情をしてなかったからか、彼は続けざまに聞く。
「別に文句を言うとかそう言うわけじゃないんだけどさ、幸谷はこいつのなんなの?」
俺はできるだけ表情では隠していたつもりだったが、本心は青ざめていた。昨日、俺の家に彼女が入っていく場面を見られたのかもしれない。そして一夜はもしかしたら元カレ?
ここで、一番無難な答えは「知り合いです」と答えることだろうけど、元カレなら「とぼけるんじゃねえぞ!」と言われかねない。まあ一夜に限ってそれはないとは思うけど。
でも、怒鳴られないにしろ、一夜と彼女ならきっと俺以上にお似合いなカップルだし、元カレの可能性は十分にある。
だとしたら、どう答えるべきか?
彼の方に目をやると、表情変えることもなくこっちを見ている。
その真剣そうな目線に
「俺はその人の彼氏です……」
俺はそう言ってすぐに視線を机に落とした。彼からどんなこと言われるか、怖くて目が見れなかったからだ。
返事がないまましばらく経って、俺はそのまま下を向いていると、「ぶっ」と吹き出す音がした。そして、彼は爽やかさが飛んでいくほど、ゲラゲラと大爆笑し始めた。顔を上げた俺はその状況に追いつけずぽかーんとする。
「ごめんごめん、まさかそんな真面目な、ぶっ……」
彼はしばらく笑い続けていた。俺はよくわからないけど失礼に感じたから、それに対して冷ややかな視線を送り続ける。すると、その視線に気づいたのか彼は「ごめんごめん」と言うと深呼吸して落ち着く。
「こいつうちの妹なんだ。それでからかってみただけだよ」
俺は「えっ?」と大きな声が突いて出ると、彼とスマホのディスプレイを交互に二度見する。言われてみれば、整った顔立ちとか、爽やかな雰囲気は確かにそっくりだった。
そんな驚いた俺を、彼は意外そうな表情をして見ていた。
「幸谷はとっくに気付いてると思ったんだけどね。青山姓なんてこの周りにはそんいないし」
その話、俺が言葉にならないような微妙なぼそぼそとした返事をしていると、彼は少し悪戯っぽい笑みでこっちを見る。
「さて、幸谷に問題です! うちの妹の名前はなーんだ?」
俺が「え、えーと……」と慌てふためいている姿を見かねてか、彼は優しい声でつぶやいた。
「聞かずに彼氏になっちゃったのか……」
「だ、だって……」
「まあ幸谷が押しに押されて、流されるところは想像できるから何も言わないけどさ」
「ごめんなさい……」
彼は「いや、謝らなくていいから」と苦笑いしていると、「あっ」とふと思いついたように恐ろしいことを言った。
「今日うちに遊びにこない?」
「えっ? いや、怖いよ!」
名前も知らずに妹を取られた兄に、こんな甲斐性無しに娘を取られた両親。思うにあそこは敵だらけで、今の段階で行きたいと思えるような場所ではなかった。
考えていたことが顔に出ていたのか、彼は手を振り軽く笑いながら言う。
「あー、変に考えなくていいから。友達の家に行く感覚でいいから。ってなんで泣いてんだよ!」
「友達の家に招かれるなんて初めてで……」
「そう……お前も苦労してんだな」
人生初の来客、人生初の彼女、人生初の友達の家……
初物に
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