後日譚3 こんがりトーストと痛い子

 いろいろ解放されたからか純粋に歩き疲れたのか、俺はベットに入るや否や沈むように寝落ちしていたと思う。


 振り返ってみると長い長い一日だった。


 精神的にもすごく疲れたし、何より体力的にとても疲れた。確かに彼女は軽かったけれども、一度遠回りした後も駄々をこねまくって、俺が無理やり下ろすまで永遠に遠回りしていたから、足は棒みたいに動かなくなっていた。


 だから俺は、深い眠りにつき、目を覚ますこと無く日曜日の惰眠を謳歌していたが、その眠りも「ピンポーン」の音で、早々に起こされてしまう。


 眠い目を擦って、目を開くと辺りは僅かにぼやっと明るくなっているけど、部屋の中はまだまだ暗い。そんな早朝の気配に嫌な予感がして、時計を見上げると朝の6時半を示していて、そことはかない悪寒を感じた。だけど、そんな事は無いだろうと首を振る。



 ここ最近で俺の家に用があるのは、セールス……(以下略)くらいのものだ。だから、この中ではセールスの可能性が一番高いと予想する。


 確かに最近で、早朝にうちに用事がある人が一人だけ思い浮かぶが、それはないと予想した。逆にその予想が当たっているのなら、日曜日の朝っぱらに青山家で騒動が起きたということになるから……


 俺はベッドから起き上がると、これはセールスだ、これはセールスだ、と呟き、思い込みながら、嫌な予感を十分に払拭するように深呼吸してから、嫌な感触のするドアノブの手をかける。そして、そのドアを押し開けると……


 太陽の光が差し込むとともに、彼女の明るい笑顔が視界へと映り込んだ。


「おはようございます! お兄さん!」


 彼女は満面の笑みを浮かべて目の前に立っていた。だから俺は……


「おやすみ!」


 そのままドアを閉めると、ガチャっと鍵を閉めてから、再びベットへと戻る。俺は疲れていて幻想でも見たのかもしれない。部屋の外ではチャイムが連打される中、ベットにこもり俺は見たくない現実から目を逸らそうとした。



* * *


 頬を思いっきり膨らませた彼女は、「ごめん」と言っても知らんぷりのままだ。


「お兄さんに会いたくて来たのに、そんな彼女を締め出すなんてどんな精神しているんですか?」


「だから、ごめんって」


「じゃあなんで、締め出すなんてひどいことしたんですか?」


「現実から目を逸らしたくて……」


「なんですか? その厄介ごとのように扱う目は? お兄さんにとって私は厄介迷惑系彼女なんですか?」


「違うけど……」


 俺はそこまでボソボソと言ったけど、もう我慢ならずにツッコんだ。


「詩乃がドッキリなんて始めるから厄介になるんだよ! じゃあ、詩乃は今日なんて言って家から出たの?」


「えーと……」


 彼女は首を傾げながら、頬に指を当てて思い出す。


「『お兄さんに振られたことに耐えられない!! うわああああん』って感じです」


 俺は大きな大きなため息を吐くと、こめかみの辺りを押さえる。すると彼女はムッとした表情をする。


「なんですか? その私が痛い子すぎて、救いようが無いなと思っているような、その冷たい眼差しは?」


「そこまで分かるなら察してよ! 今頃青山家はパニックになってると思うんだけど……」


 俺は遠くにある、青山家を想って、窓側へと首をひねる。窓の外はさっきより明るくなっていて、秋の爽やかな朝って感じだ。そんなことを考えながら外を見ていると、視界に彼女の可愛らしい顔がひょっこりと現れる。


「そんな心配しなくても大丈夫ですって! お兄さんはいつも通りにして下さい!」


 俺はその時心配そうな顔をしていたと思う。だけど、彼女が目の前で笑うから、俺の表情も崩れて、ついには笑顔になってしまう。


 そした、俺はもう一度軽いため息を吐いた。


「じゃあ心配しない! でも一つ提案がある」


 彼女は「何?」と不思議そうに聞くので、俺が思いついた言い訳を説明した。


「詩乃は家に帰ったら『悲しさのあまり、お兄さんの家に行ったけど、こっ酷く言われて、帰ってきた』って、言い訳して欲しい」


「はぁ……」


 彼女はわかっているようなわかっていないような、反応をする。


「ここは遠慮なく俺に酷いことをされたと言ってくれ、その方が俺も一夜に言い訳しやすいから」


「うーん……了解です!!」


 彼女は晴れない顔をしつつも、無駄に元気よく返事をしたから、少し不安になった。だけど、これ以上不安になってもしょうがないと、考えるのをやめる。


「ところでお兄さん。キッチンと冷蔵庫の中身借りていいですか?」


「いいけど、ろくに中身がないよ? 今日はトーストで済まそうと思ってたし朝食は気を遣わなくていいけど」


 すると彼女は、もじもじしながら恥ずかしげに言った。


「え、えとですね……お兄さんに朝食を作ってあげたい気持ちもあるのですけど、私自身が朝食を食べてないので、何か食べたいなと思って……」


「ああ、それならトーストで良ければ、一緒に焼くよ」


「ほんとですか? お願いします!」


 オーブントースターに二枚のパンを並べて、つまみを回す。美味しそうな匂いとともに、チンと音がすると、小さな机の上には、二つのトーストが並んだ。こんがり焼けた、トーストに少しずつかじり付く彼女はとても可愛くて、ついまじまじと見つめてしまう。そして目があったとき、彼女は真っ赤になってしまった。


 その後は、部屋でつまらないテレビを見ながらふたりでゆっくり過ごした。


 ふたりの間にはゆったりとした時間が流れ、そこに映るのが面白くない番組だとしても、幸福すら感じていた。だけど、幸福を感じれば感じるほど一夜への申し訳なさも感じる。



 明日会ったとき、どんな顔して会えばいいのだろうか?



 俺の頭は次第にそればかりを考えるようになっていた。

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