第4話 青山家の火薬庫
スッキリしないモヤモヤを残しながらも席を立ち、一夜の部屋へ向かおうとした時、リビングのドアがガチャリと開いて「ただいま」と
そこには買い物袋を下げた母親らしき女性が立っていた。
青山母は娘と同様に整った顔立ちをしていて、そしてなにより若々しい。おばさんと言う表現はとても当てはまらないくらいに老けを感じずに、三十代と見間違えても不思議ではないくらいだ。
青山母は俺を見るなり、すぐに「その人って、もしかして……」と驚いたような表情をするから、俺はそれを流すかのように立ち上がる。
「お邪魔しています! 青山くんと友達をさせて頂いております大野といいます!」
俺は勢いよく立ち上がると、失礼の無いようにていねいに挨拶をした。
「ああ、一夜の友達ね。びっくりした……」
青山母はいきなり立ち上がった俺に少し驚き、引きながらも、軽く会釈して、事は順調に終わりそうだった。なのに、一夜は空気を読まずに余計なひとことをはさむ。
「お母さん、大野君は詩乃の言う運命の人だよ」
余計なことをしてくれたなと俺は一夜を睨んだ。すると、彼はわざとらしく目を逸らす。妹のことについて、母から逃げずに話をしろと言うことなのだろう。
でも、物事にはタイミングというものがあって、俺の心はまだぜんぜん準備できていなかった。しかしながらもう手遅れで、青山母は目を丸くすると俺に迫って来た。
俺は何を言われるか怖くて目をギュッとつむる。すると、
その暖かい感触が妙に心地よくて、目を開くとそこには目を赤く腫らした青山母がこちらを好意に満ちたまなざしで見ていた。その姿は、まるで昨日胸元で泣いていた彼女を連想させるような、幼さがあった。
「あなたが詩乃を助けてくれたのね、本当ありがとう……あなたがいなかったら詩乃はどうなっていたかと思うと本当に……」
「俺はそんなことしてません!」
俺は罪悪感を感じて握られた手を解こうとしたが、青山母は再び俺の手をしっかり握り返した。
「そんな
青山母の勢いのある言葉に「彼女とはそんなのじゃないです」とかわしながらも、若干のけぞる。美しい顔をしながら、とんでもない発言をガンガンするあたりが非常に親子だった。
俺は君の母をどうにかしてくれと、助けを求めるように一夜に視線を送ると、さすがは息子と言ったところで何かわかったように頷く。そして、彼はにやりと口元を歪めると……
「でも大野君すでに詩乃と付き合ってるらしいよ」
火に油どころかガソリンを注ぐような言葉を発した。
俺は青山家に来て、一夜は爽やかで優しそうに見えて、案外意地悪で茶目っ気があることを知れた。
あとで覚えとけよ!
もちろんそんな言葉に、青山母が黙っているはずもなく、さらに興奮して……
「なんですって! それはお赤飯炊かなきゃね。大野君食べてくよね?」
「いやそれは……」
「大野君はもしかして実家暮らし?」
「いえ、一人ですけど……」
問題はそこじゃ無いんですけど、と思いながらも母の勢いに口を出すことができない。
「ならいいじゃない! なんなら泊まって行きなさいよ、詩乃の部屋に」
「いやいやいやいやそんな……まだそんな関係ではないです……」
とんでもないことを言う青山母に俺は全力で首を振る。それを見てか一夜は呆れながらなだめるように言う。
「ちょっと、さすがに友達の前ではしたない会話はやめてよ」
「そうかしら、私と似ている詩乃なら喜びそうなものだけど?」
「詩乃をあんたと一緒にするな!」
「あら、似たようなもんでしょ、一人の
「一途と言ったって、物事には順番があるでしょう?」
「そういうものなの? 私なんて付き合って初日でできちゃった婚だけど」
青山母がそう言った瞬間、俺と一夜は真っ青に青ざめていた。
「ちょっと、お母さん……友達の前で変な話はやめて。ていうかそれ初耳なんだけど……」
「だって、名前の由来がそれだなんてなかなか言い出せないよ」
「嘘っ! 一夜ってそこから来てたの?」
ここまでくると彼がいたたまれなくなってくるが、母にガソリンを注いだのは間違いなく一夜だ。自業自得だと思う。
でも、ここまで青山家の踏み込んだ話になっていくと、部外者がいていいのかとそわそわもし出す。だけど、青山母はそんなそわそわをお構いなしに続ける。
「いやぁ、本当はそんな由来で一夜なんてするつもりはなかったのよ。でも、お寺に持っていくリストの中に冗談で書いてたら、お寺さんがこれが一番! これにすべきと言われたから仕方なく……」
「…………へえ」
一夜は反論さえせずに、心ここにあらずな様子だった、そんな一夜にも動じない青山母。内容はとんでもないかも知れないけど、こんな会話が笑顔でできる親子なんて存在するんだと俺は強く感動した。
そして、そんな光景をみて、たぶんこの家はすごく明るい家なのだと思った。
建物もそうだけど、それより彼女にしたって、彼にしたって、青山母にしたってみんな明るく笑顔だ。だからこそ、彼女が孤立したときの家族の雰囲気は、想像するに、絶望に近いようなものがある気がした。だから、過剰に感謝される気持ちも少しわかるような気がする。
「ウチはこんな感じだから、全然気にしないでいいよ。それに、お父さんはもっと優しいから」
青山母は考えごとをしていた俺にささやくように言った。お父さんがこれ以上優しいなら、青山家の教育はどうなっているのかは気になるところだけど、この母親も怒るときは怖いのだろう。
「じゃあ、詩乃はどこ行ったのかしら? たぶんあなたを探しに行ったのだと思うけれど?」
彼女は確かに今朝スーパーに付き合えと言われたが、今日とは言ってなかったし何より約束をしていなかったから……
俺が思考を巡らせている中、かろうじて生きていた一夜が言った。
「たぶん、灯台元暗すぎて一生見つからない探し物をしに行ってるだろうから、あとで帰るように連絡しておくよ」
俺は一夜の言葉に「あ、あの……」と切り出し、思ったことを言う。
「妹さんそんな毎日毎日俺を探すほど暇じゃないと思いますよ……」
俺がそういうと一夜と青山母は同時に俺の目の前に詰め寄り、口を揃えていう。
「詩乃はそんな暇人なんだよ&なのよ!」
俺はその勢いに押されて、ただただ黙ることしかできなかった。
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