第5話 壁越しにつたう想い

 青山母のパワフルさを十分に知った後、その母がイタズラ顔で言った「詩乃を驚かせたら面白いんじゃない」の一言で夕食時にドッキリを仕掛けることになり、夕食まで二階の一夜の部屋にこもることとなった。

 

 イタズラの発想が少し幼いところも含めて、相変わらず元気な母だと思いつつリビングを後にして、階段をのぼる。そして、一夜の部屋に入ると、そこからは昔の邦楽についての話で盛り上がった。 


 ふたりが知り合いになったきっかけが、彼の携帯の着信音が二十年以上前の曲で、俺が興味をおさえられずに声をかけたのがはじまりだった。同じ世代で話が合う人がいないこともあり、そのときの話は大いに盛り上がった。


 いつかは俺のコレクションを見にこないかと誘われていたから、彼女がいなくてもここにきていた可能性はある。だけど、晩ご飯を一緒に食べるなんて展開には絶対ならなかったと思うと、偶然のめぐり合わせに不思議な縁を感じる。


 さすがに自慢するだけのことはあり、一夜の部屋にはCDがたくさんあった。まるでCDショップのようにずらりと並ぶ棚をじっくり見せてもらい、CDのジャケットを見ながらいくつか手にとって、それらをふたりで聞きながら語り合った。今ならスマホだってUSBメモリーだってあるのに、一枚一枚コンポにCDを入れては、取り出してを繰り返す。


 「今じゃ考えられない攻めた歌詞が、激しい曲調とマッチしていてカッコいい」とか、「今よりも曲がシンプルで、明るい曲もシンプルに盛り上がれる」とか様々感想を言い合っていると、好きなものを共有できていると感じ嬉しくなる。


 また、これらの曲の時代背景を全く知らない世代の俺たちは、それぞれの曲に自由なイメージを持っていて、それを共有して、新たな発見や共感をするのがとても楽しいとも思えた。

 

 部屋はテンポの速い曲に包まれ、ふたりで心地よくCDについて語り合い、CDが6枚目くらいを数えた時、部屋の外から階段を乱雑にのぼる音とドアがバンッと激しく閉まる音がした。


 その雑音をしばらく聴くと、一夜がふとコンポの音を止める、そして室内はいきなり静かになる。俺は急に途切れた音を不思議に思い、彼に疑問の目を向けた。


「どうしたの?」


 そういうと、一夜はすぐに口の前に人差し指を当てた。


「ちょっと、趣味は悪いけど。本当の詩乃を見ていたほうがいいと思う」


 彼は声量を落として、ささやき声で話す。それにつられて俺も小さな声で喋る。

 

「え? 部屋に行ったらバレちゃうけど」


「大丈夫! ここにいるだけでいいいからとにかく静かにしていて」


 俺は本当の彼女と聞いて、内心ドキドキしていた。


 ここで俺に対しての愚痴を言われたらすごく落ち込むだろうし。「金のためにはしょうがない」とか聞いた日には、放心のあまり夜通しでたたみの目とかを数えてしまうかもしれない。


 俺は最悪なケースを想定しながらドキドキして耳を澄ます。すると壁を挟んでとなりの部屋にいる彼女の悲しそうな嘆きが聞こえてきた。 


 姿や表情は見えないけど、頭では目を腫らして泣いている彼女の姿がはっきりと想像できてしまう。


「今日は会えなかった……やっぱり、私のこと嫌いなのかな……」


「今朝別れたいって言ってたし、やっぱ私って迷惑なのかな……男の趣味が最低って言われちゃったし……」


「せっかく会えたのに、他人と切り捨てられるなんて、わたし………わたし……」


 一夜はまた口の前に人差し指を当て「シー」っというと、となりの壁に向かって少し大きな声で叫ぶ。


「おい詩乃うるさいぞ!」 

 

 一夜がそう言うと、壁の方から彼女の声が聞こえてくる。


「そっちの方がうるさい! なんなの用事って! わたしまだ探したいんだけど」


 彼女は俺に聞かせたことないような文句たらたらの声をしていた。


「せっかく帰ってきたのに何もないじゃん、ふざけないで!」


 一夜は彼女に反論することなく黙った。すると壁から何も返ってこなかった。


 そして一夜はとなりに気を使って俺に小さな声でささやいた。


「言っただろ、彼女は決して明るいやつじゃない。ちゃんと、言葉の一つ一つに傷ついているんだ」


 俺は下を向き俯くことしかできなかったし、男の趣味を否定したことには激しく後悔した。


「だから、お前の力が必要だったんだ」


 俺はその言葉を口にする一夜を睨んだ。

 

 すると、ここでその口論をする気はないのか、苦笑いをしながら首を横にふった。そして、そっと優しい声音でつぶやく。


「だから、もし付き合ってあげるなら冗談でも傷つく言葉には気をつけてあげて」


 その一夜の言葉を聞いた時、朝の彼女の悲しそうな顔が思い浮かんだ。


 俺は付き合ってること自体が地に足をつけた話には思えなくて、別れると言ったのも軽い冗談のつもりだった。


 でも、彼女は明るい笑顔とは裏腹に俺との交際を本気で考えていた。だから今朝の『無かったことにしするのは、結構心に来ている』って言うのも、本気だったのだと思う。


 俺はこれまでこれまで彼女との交際というものを軽んじていた。だからこれからは、もっとちゃんと向き合っていくべきなのかもしれない。

 

 でも、それはそれとして、俺が全て悪いかと言われれば、そうとも思えなかった。だって……


「でも、少し文句をいうと、昨日俺は「脱ぐか付き合うかどっちかを選べ」って言って付き合うことになったんだぞ、ひどいい言葉も吐きたくなるよ……」


 俺がそういうと一夜は大きな声を立てて笑い出した。俺がとなりを気にして、おどおどしていると当然のように文句が飛んでくる。


「兄貴うるさい!」


「いや、お前って本当面白いな!」


「え、ちょっと何? 意味がわからないんだけど!」


「なんでもないでーす」


 一夜が挑発的にそういうと、となりのドアが激しく開く音がした。


 一夜が小さく「ヤバイ」と口をつき、「クロゼットに隠れろ!」と言われ、俺は押されるがままにクローゼットの中に荷物と一緒に駆け込んだ。

 

 飛び込んだ真っ暗のクローゼットの中は、服のいい香りでいっぱいだった。

 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る