後日譚6 相変わらずの人達

「でも、本当に心配したんだからな……どれだけ心を痛めたことか」

 

 目の前に座る一夜は、突然思い出したように口を開くと、今朝何回も聞いたような言葉を口にする。


「まだ言ってるの兄貴? もう今朝散々聞いたじゃん! ねえ、お兄さん!」 


 その言葉に流石に詩乃は呆れかえっていて、凄くめんどくさそうに返事する。そして、隣から突然流れ弾が飛んできたので、俺は苦笑いでかわす。



 

 今朝、ついうっかり一夜を締め出した後、しばらくの間待ってみたけど、一夜が諦めてくれる様子もなくて、仕方なくドアを開けた。


 そして、一夜の口が止まることはなかった。


 その口は朝の時間だけにとどまらず、放課後に青山家に場所を移してからも続いた。特に『心配した』と『心を痛めた』というワードは耳にタコができるほど聞いて、詩乃だけじゃなく俺までもうんざりした。だけどそれは、詩乃への心配への裏返しでもあって、詩乃のことをどれほど想っていたのかもよく伝わってくる。だから、一夜は妹想いの良いお兄ちゃんなんだと思う。


 だけど、残念ながら当の妹である詩乃に想いが伝わることもなく、相変わらず嫌われたままだった。そんな詩乃でも、悪い事をしていた自覚はあったのか、朝のうちは素直に一夜の愚痴を聞いていた。朝のうちは……


「それ、被害者に言う言葉か? 絶対反省してないだろ!」


 一夜は詩乃の態度に不満そうに文句を言う。


「私だって反省はしたよ! だから今朝は反論とか言い訳とかせずに黙って聞いたんじゃん。でも、何? まだ私は愚痴を聞かなきゃならないの?」


「そりゃ、あんな酷いことをしたんだぞ。なんでそんな呑気なんだよ!」


「まあまあ、兄妹喧嘩はそれほどにして」

 

 俺がヒートアップするふたりをなだめようとすると……


「お兄さん&幸谷は黙ってて!」

 

 二人は声を揃えてこっちを向くから、言われるがままに黙った。こういった所は兄妹らしきところなんだけど、なにしろ仲が悪い。俺は二人の喧嘩の熱が冷めるまで、目の前のグラスをぼーっと眺めていた。


* * *


 青山兄妹は言い合うだけ言い合って、「もう知らない!」と詩乃が拗ねて、「こっちこそお断りだと」一夜が意地になったところで二人が黙ってしまった。結局どこに着地したかわからないような終わり方をしたけど喧嘩はとりあえず終わったみたいでほっする。だけど……


 隣の詩乃は機嫌悪そうにそっぽを向いているし、一夜も一夜で無表情ではあるけどそれが逆に怖い。そんな二人が発する雰囲気は、息が詰まりそうなくらい居心地が悪かった。だから……


「兄妹の邪魔をしちゃいけないからそろそろ帰るわ」


 俺がそう口にしてから、帰るために腰を僅かに浮かせた。その瞬間、隣の詩乃に強く腕を引かれ「まだまだ時間ありますから一緒にいましょうよ」と甘え声で言われ、いつの間にか後ろに立っていた一夜に、「そうだよ、ゆっくりしていきなよ」と肩を抑えられた。


 こう言う時に限って、見事な連携プレイを決めてくる青山兄妹。本当は仲がいいんじゃないかと疑惑の目を向けていると、一夜が口を開いた。


「ちょっと詩乃が拗ねてて居心地悪いなら、また俺の部屋来るか?」


 その瞬間、詩乃が俺の後ろに殺意のまなざしを向ける。そして、より強く腕に抱きつく。


「お兄さんは、私と一緒にここにいるんですよねー! 決してそんなクソ兄貴のところなんかには行きませんよね?」


 詩乃はわざとらしい口調で、俺を上目遣いで見る。そして、一夜に向かって


「お兄さんは、兄貴には絶対に渡しませんから! お兄さんがけがれます!!」


 と言った。さすがにこの発言には一夜も怒っているかと思いきや、口角をニヤリと上げると、余裕の表情で口を開く。


「じゃあ、幸谷を詩乃の部屋に連れてってあげれば?」


 その発言に詩乃は見るみる赤くなっていく。


「そ、そんなことできるわけないじゃん! 何言ってるの兄貴! ばかぁ!」


 そんな目をキョロキョロさせて、素っ頓狂な声を出す詩乃に追い討ちをかけるようにいう。


「でも、幸谷は詩乃の部屋気になるよなぁ?」


「う、うん……確かに気になるかも」


 あの日に少しだけ入ったけど、あの時は気が気ではなかったから、落ち着いて入ってみたい気持ちはあった。だけど……


「お、お兄さんはそんな破廉恥はれんちなことしませんよね?」


 それって、そんな破廉恥なことなのだろうか? 俺が首を傾げてその問いに答えあぐねていると、後ろから腕を掴まれる。

 

 そして一夜は「ということで、幸谷は俺の部屋に来る!」と言うと、俺の腕を強く引っ張った。一夜に引っ張られながらリビングを後にするときに見えた詩乃は、頬を大きく膨らませて、半泣きでこちらを見ていた。後がめんどくさそう……



* * *


 一夜の部屋は、前来たときとあまり変わっていなかった。来たのが数日前だったから、当然っちゃ当然の話だけど。


 二人が部屋に入り、床に腰をかけると、一夜がさっそく口を開いた。


「てっきり俺の部屋に来るのを嫌がると思ってたんだけど、案外すんなり来たね」


 一夜は意外そう言った。確かに、今の一夜と二人きりになるのは怖いし、できればこの部屋にも来たくなかった。それでも、やっぱり一夜の友達を名乗るならケジメはつけなきゃいけない。


 俺は目の前にいる一夜を真っ直ぐ見ると、思いっきり頭を下げた。


「ごめん! こんな酷いことをして!」


 俺は下を向いたまま続ける。


「一夜がどれほど苦しんでいたかも知っているし、一夜には多分すごく心配をかけたと思う。だから、ドッキリは止めるべきなのに、結局一夜につらい思いをさせて……」


「うん」


 俺は一夜のその声を聞いてから少しほっとしてから顔を上げると、どこから出してきたのか巨大ハリセンを持った一夜が悪い笑顔をしている。巨大ハリセン!?


「でも、それはそれとして一発殴らせて!」


 そういうと、一夜はその五十センチはありそうな巨大ハリセンを突然思いっきり振り上げると、こちらへ向かって振り下ろす。その先端は大きくしなり、勢いよくこちらへと向かってくる。


「えっ、ちょっ!」

 

 迫り来るハリセンにギュッと目を瞑り必死に構えていたが、バシーンといった激しい音はいつまで経っても鳴らずに、ふわりと厚紙が頭を掠る。

 

 そして俺がゆっくりと目を開けると、そこには「幸谷ビビりすぎ」と笑う一夜の笑顔があった。


「そのことについてもう怒ってないから心配しないで」


「でも……」


「どうせ詩乃を断りきれなかったんだと思ってたし、どちらかというと、今はホッとしてるんだ。だって……」


 一夜はそこで一旦言葉を切ると、しみじみとした声でいう。


「ちゃんと物語の続きがあったんだから」


 そして、一夜が少し下を向くと、


「これでもう終わりだと思ったらほんとに寂しくて寂しくて……」


 と僅かに目を腫らしながら、独り言のように呟いた。


 でも、一夜は目を拭ってから顔を上げると、すぐに笑顔を見せた。


「でも、これからは気軽に幸谷と付き合っていけるよ」


「そうだね。これからもよろしくね!」


 俺たちは何か言うでもなく自然と握手をしていた。握った一夜の手はとても温かくて、爽やかな笑顔がとても眩しく見える。


「そうだ! 今日この部屋泊まってく? どうせ明日大学は早くないだろうし」 


 彼はクローゼットを探ると、寝袋らしきものを引っ張り出す。

 

「いや、いいよ? 家近いし!」


「より親睦が深まった記念にいいじゃん、どうせご飯も一緒に食べてくんでしょ?」

 

 確かに今日は帰らせてもらえそうにないから、一夜の部屋に泊まるのは悪くない……と考えていると、突然激しくバンっとドアが開く。


「お兄さん! 甘い言葉に誘惑されちゃダメです!」


 そこは顔を真っ赤にした詩乃が息を切らしながら立っていた。いつから聞いてたんだろう?


「クソ兄貴! なんだかお兄さんといい感じになっているようですが、お兄さん私のものです!」


 そういうと、急に細々と「だ、だから……」と呟き、


「今日はわ、わ、私の部屋に泊まっていってください!!!」


 彼女はとんでもないことを大声で言う。俺がそれにたじろいでいると詩乃は俺の腕を強く引っ張って隣の部屋に向かう。俺は一夜にヘルプと言わんばかりの視線を向けたつもりだったが、一夜はそっぽを向いている。そういうところだぞ! 妹に嫌われるのは。




 * * *


 俺が詩乃の部屋を見渡している間、彼女は恥ずかしそうにこちらをチラチラと見ていた。そして彼女の方から「ど、どうですか……わ、私の部屋」とボソボソと呟やくから「綺麗な部屋だよ」と素直に感想を言うと、彼女は耳を赤くして深く俯いてしまった。

 

「でも、あんまり私の部屋をジロジロと見ないで下さい! 恥ずかしいので……」


 彼女は先細る声でそう言うけど、部屋に連れてこられて、部屋を見るなと言われているのだから、理不尽な話だ。俺は仕返しにと、詩乃の瞳をじっと見つめた。


「ちょっ、な、なんですかお兄さん、私ばっかり見て! 顔になんかついているんですか?」


「見るところがないから、仕方ないじゃん」


 口を尖らせながら文句を言うと、彼女は「なっ……」と言ってさらに赤くなる。


「わ、分かりました、部屋は見ていいので、私をそんなに見ないで下さい!」


 彼女はそういうと、下を向いてしまった。


 彼女は部屋に入った途端、恥ずかしがり屋モードが発動してしまってる。素はあまり明るい性格じゃないと一夜が言っていたから、もしかしたらこれが彼女の素なのかもしれない。でも、少しやりづらい。


 彼女も俺も見つめあっていたことが少し恥ずかしくなって、しばらくの間二人は黙ってよそを向いていた。




「でも、この部屋はあの日とあんまり変わらないね」

 

 俺は部屋を見渡して、ふと呟いた。


「だって一週間も経ってませんから……」


 彼女はそこまで言うと、俺に振り向いて、大きな瞳でまっすぐ見つめてくる。


「でも、部屋は変わらなくても、私自身はずいぶん変わりました!」


 彼女はこれまでの恥ずかしいモードではなくて、いつもの明るい雰囲気で笑顔を見せた。


「私は今とっても幸せなんです! もともと私は暗くて、あまり明るくない人間なんです! でも、こうやってお兄さんといると自然と明るくなるんです!」


「詩乃がそう言ってくれるなら、俺も幸せだよ」


 最初から詩乃が幸せになれるように、ぶつかって、離れて、近づいてを繰り返してきたんだから、もちろんそう言ってもらえるの越したことはない。拗らせてしまったせいで、とても遠回りだったけど、それでもたどり着いたのだから、結果オーライだ。


 俺は改まって詩乃を見ると、詩乃はやっぱり幸せそうに笑っていた。だから、それでいいのだと思う。




「だから、お兄さんはもう別れるなんて言わないでくださいね!」


 俺はその問いに「わかった」と大きく頷いた。


「あと、一夜とも近づかないでください!」 


 その問いに「わかっ……いやいや、一夜はいい友達だからと」口を濁していると、彼女はとんでもないことを口にする。


「一夜は憎き恋敵ですし!」


「はひぃ?」

 

 あまりにも突拍子のない単語に、つい裏返った変な声を出してしまう。

 

「え、もしかして俺らってそんな目で見られてるの?」


「そんなって、言われても、『気軽に付き合うって』言ってましたし、何かお兄さんから怪しい恋情を感じましたので」


「何その、怪しい恋情って!? 付き合うも意味がちげえよ!」


「え、じゃあ一夜といい感じって言うのは違うんですか?」


「ちげえよ!!!」


「じゃあ今日は一夜の部屋じゃなくて、私の部屋に泊まってください!」


「どういう話の流れなんだよ……まあいいけど……」


 そういうと彼女はクローゼットに向かって、上機嫌にガサガサと何かを探している。

 

「私には家族でキャンプ行った時に使った寝袋があるので、お兄さんは私のベット使ってください。と言ってもまだ数時間後の話ですけどね」


 まだ時計は17時くらいを指していて、そんな話をするには確かに気が早すぎる。でも時間のことは今はどうでもよかった。


「いやいや、俺が寝袋で寝るから、詩乃はベットで寝て!」


 さすがに彼女のベットで寝ることは、恥ずかしすぎてできない。だけど俺が否定すると彼女は意地になってしまった。

 


「いやいやいや、お兄さんを地べたで寝かすことはできません!」


「いーや、俺は男だからそう言うの気にしないからさ、その寝袋貸してよ!」


「だめです! 私はこの寝袋で寝たいんです! だから、優しいお兄さんは私に寝袋を譲ってください!」


 クローゼットの前で、取り出した寝袋を離すまいと必死に抱えている。だけど、ベットで寝るわけにはどうしてもいかずに、彼女から強引に奪い取ろうとした時、クローゼットの上の段から、ガタガタと何かが崩れ落ちる音がした。


「箱?」


 そこには、丁寧にラッピングされた小さな箱が6個散らばって、彼女はそれを見るなり「いやああああ」と悲鳴を上げ、すぐに体で覆うように箱を隠した。でも、一つは離れたところに飛んでいて、彼女が「見ないでください!」と半泣きで悲鳴を上げる中、それを拾ってみるとそこには……


  

 『私の運命の人へ』と幼い字で書いてあった。




 だから、俺はその箱を見なかったことにして、そっとクローゼットの中にしまった。







「高1の時に小学校でふたり話した顔の知らない女子小学生と6年後再会する話 アフターストーリー 後日譚」 おわり

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高1の時に小学校でふたり話した顔の知らない女子小学生と6年後再会する話 さーしゅー @sasyu34

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