後日譚1 一夜への最低なドッキリ

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【前書き】

これから4話程度、毒にも薬にもならないような、後日譚を更新いたしますので、興味があれば見ていただけると幸いです。投稿ペースは二日に一度程度になる予定です。

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 俺は軽やかな足取りで、降りた駅から彼女の家まで歩いていた。月明かりが出ていた今日は、夜なのにすごく明るくて、足元に迷うことはなさそうだ。

 

 背中に乗る彼女はとても軽くて、歩く足を鈍らせることなんてない。それでいて、とても温かいから、冷え込む秋の夜風に吹かれても、寒さも寂しさも感じない。


「私、夢をみてるみたいです」


 彼女が首元でささやく声が、俺の耳に優しく伝わる。


「私の最も困難な夢だった、一緒にいることが叶ってるんですから」


 俺は黙ってうなずく。


 今朝まで彼女と別れることを決めていた俺だったが、彼女に相談することでその考えが間違いだったことに気づいた。結局は、人付き合いを避けているだけだった。


 そして、観覧車に乗ったふたりは、そのまま電車に揺られて帰ってしまった。高い入場料を払って入ったのに、乗ったのは観覧車一周だけ。それでも、俺はとても満足していて、決して損したなんて思わなかった。それは彼女も同じ気持ちだと思う。



「これからは遠慮せずに朝から毎日いけますね」


 後ろの彼女は嬉しそうに言った。


「そ、それは遠慮して貰ってもいいんだよ? 大変だろうし」


「遠慮しません! ……と言いたいところなんですが、やっぱ遠慮します」


 彼女が想定外の反応をしたから、俺はつい「えっ?」と口を突く。


「だって、せっかく一緒になれたんですし、暴走し過ぎで嫌われるのもイヤですから」


 彼女はそこまで言うと「それに……」と小さな声でぼそっと呟き……


「朝から晩まで一緒にいたら、ドキドキし過ぎて体がもたないんですよ……」

 

 彼女はそう言うと俺の首元に顔を埋める。


 彼女の心拍数が早くなるのが、背中越しに伝わり、俺の方までドキドキしてくる。だから気を逸らすように話題を変える。


「で、でも、これで一夜とも気楽に話せるようになるよ。やっぱ気まずかったしね」


 俺がそう口にすると、頭に後ろからコツンと固いものが当たる。そして彼女の美しい髪が頬をくすぐりいい香りがふわりと舞う。


「お兄さんは一夜なんて言葉口にしないください! あれは私の天敵ですから」


 ほのかに不満を帯びた声で彼女はそう言った。もはや『あれ』扱いの一夜はいいお兄ちゃんだと思うのだけれど。


「でも、いい友達だし……」

 

 また、コツンと頭と頭がぶつかる。もちろんそれは、ほんのわずかな衝撃だ。


「どうせ、私が離れることをあれだけ苦しんだのに、一夜とは確定契約で友達なんですもんね」


 彼女は口先を細めたいように不満げに口にする。よっぽど、普段から不満があるのだろう。そんなことを考えていると、彼女が突然「そうだ!」と口にする。耳に近いところでいきなり大きな声がして、少しビクッとする。


「兄貴にドッキリを仕掛けませんか?」


「ドッキリ?」


「その名も、別れたフリドッキリです!」


 彼女のドッキリ案は、説明するまでもないくらい名前の通りで、一週間ほどふたりが別れたフリをして、最後は一夜の家で気まずそうにすれ違ったと見せかけて、ハイタッチするというものだ。当初、ハイタッチはハグになっていたが、恥ずかし過ぎて文句を言った。


 彼女か楽しいそうにドッキリを語る姿や声音には、母親の面影が色濃く出ていた。さすがは親子といったところだ。



 確かに彼女の提案は面白そうに思えるけど、一夜はあれだけ心を痛めて心配してくれたのだから、そういうドッキリを仕掛けるのは気がひけるし、それに……


「そのドッキリしたら、一週間くらい会えなくなるよね……そ、それはちょっと寂しくない……」


「お、お兄さんの口から、寂しいの言葉が! 大丈夫です、私は24時間365日いつでもお兄さんのそばに寄り添う気概ですから安心してください!」


 彼女は、何か恍惚こうこつとした雰囲気で語り切ると、いったん口を止めて、普通のトーンで口を開く。


「まあ、そこらへんは上手くやるので心配ないですよ」


「詩乃の上手くは不安しかないけれど、どうやるの?」


 俺がそういうと彼女は頬を膨らませる。


「そんなに信用がないなんて私悲しいです! まあ、お兄さんは何も気にしなくていいですから、朝いつも通りにしていたらいいんです!」


「朝? 朝早くから家に出る用事とかないでしょ? なら、放課後の方が説明がつくんじゃない?」


「いえ、それがですね……」


 彼女はバツが悪そうに言う。


「これまで私が放課後外出るのは、お兄さんの捜索とバイトだけだったんですよ……それでバイトのシフト表は全部母に渡していて、その他に外に出ると確定でバレるんですよね……」


 彼女をチラリと振り返ると、目が明後日の方向に泳いでいた。


「だから! 早朝に泣き叫びながら、家を飛び出すので大丈夫です!」


「それ、全然大丈夫じゃない!」


「さすがに失恋して朝泣き叫びながら出ていった可愛そうな娘を追っては来ないでしょ」 


「それはそうだけどさぁ……」


「まあ、うまくやりますから」


「ならいいんだけど……」


 そうやって下らないこと話しながら歩いていると、もう青山宅の近くに辿りつく。そこそこの距離があったはずのに、体感としてはあっという間だった。

 

「じゃあ、どうしよっか? ドッキリ的には玄関の前で下ろした方がいい?」


 俺が立ち止まってそう言うと、彼女は腕をギュッとして少し強く抱きしめ、わずかな震えを含んだ声で囁いた。


「も、もう少し遠回りして帰りませんか? まだまだ一緒にいたいです」


「でも、これからはいつでも会えるよ?」


「それでも今夜だけは……お願いします」


「……わかったよ」


 俺はゆっくり呟くと、元気よく向きを変え、青山宅を素通りし、また新たな道へと歩き始めた。

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