第12話 解らない彼の想い

 俺が幸谷に『ごめん』とメッセージを飛ばしてから二時間が経った。


 そのメッセージの横には白い文字で既読と表示されていた、だからむこうでは詩乃と出会えたのだと思う。


 あの二人には、取り返しのつかないことになる前に少しでも向き合って話をして欲しい。だから、帰りが遅いのは喜ばしいことなんだけど……


 二時間音沙汰無しなのはおかしいと思う。


 詩乃にイタズラを仕掛けると、必ずと言っていいほど直後に怒りの電話を受ける。だから、俺はその電話を待つようにスマホの画面をつけては消してを繰り返すけど、何か新しい通知もなければ、その板は震えることもない。


 そうやってモヤモヤしていると徐々に悪い想像が浮かんで来る。もしかしたらショックでふらついた詩乃が事故にあっているかもしれないし。ショックでどこか遠くへ行ってしまったのかもしれない……


 俺はそんなことを想像すると、ついに居ても立っても居られなくて、つい部屋を飛び出してしまった。


 家から外に出ると、空は重たくて暗い灰色をしていて、つい気分まで落ち込んでしまう。車のヘッドライトだけが眩しくて、テールランプの赤い色はとても不吉な色に感じた。


 だから、余計にも詩乃に何かあったのではないかと不安に駆られ、けしかけてしまったことを徐々に後悔し始める。そして、その不安は焦りとなり、最終的には駆け足で息を切らしながら幸谷に誘われたカフェの前にたどり着く。


 窓ガラス越しにカフェの中を覗くと二人の姿はまだそこにあって、とりあえず詩乃が無事だった安心感で一息ついた。


 だけど、二人は暗い雰囲気で俯き合っていた。


 明らかにこれから別れますというカップルの様に見えた二人を放っておけるわけもなく、俺はさっさと店内に入ると「知り合いがいるので」と店員に言ってから、二人の座る席へと向かう。そして、彼がタイミングよくこちらを振り向いたので俺は「よっ」といつも通りの軽い反応をして見せた。


 でも二人の反応はあまりかんばしいものとは言えなかった。


「ごめん! 変なことして」


 俺は素直に謝ると、詩乃は俺に恨めしそうに睨んだまま、怒ったように声を出すこともなく、特に反応が無かった。幸谷だってそう。幸谷からしてみれば大きすぎるお世話だろうから、『余計なことをしてくれたな』とブチギレられてもおかしくはなかった。でも二人は俺に恨みがあるような目をしても、文句を口にすることは無かった。


 反応がないとどうしたらいいのか分からなくなる。だから「ちょっとお邪魔していい?」と二人に尋ねると、詩乃はいきなり立ち上がり、殆ど残っていないコーヒーカップを持つと、幸谷の隣に移動した。そして、俺は空席になった二人と対面する位置に座る。俺は店員さんにいつも飲んでいるブラックコーヒを頼むと、二人に対してふんわりと疑問を投げかけた。


「結構時間が経ってるけど、二人は何か話したの?」


 そう言って、まず詩乃に目を合わせてみると、ギッっとこちらを睨みながらゆっくりと首を振る。次に、幸谷にも目を合わせてみるけど、普通に首を振っていた。


 俺は余計に解らなくなった。


 かたや明日別れると宣言していて、かたやそれを知っていていながらも別れたくないと願う者だとして、普通は会話も切れて気まずくなったら自然と解散しそうなものなのに、なんでこの二人はこのままだったんだろう。


 俺はそれを疑問に思うとともに、それが二人をつなぎとめる光明こうめいだとも感じた。こんな雰囲気だからこそ今なら落ち着いて状況を整理できるかもしれない。俺はその重い言葉をためらわないように言った。


「二人は明日大きな決断をするかも知れないけどその前に、少し余計なお世話だとは思うけど聞かせて欲しいことがある」


 二人は俺が明日と口にしたときにすぐにしたを向く。詩乃に至っては悲しそうな表情をしていて、幸谷は……こちらも詩乃と同じく悲しそうな顔をしていた。はい?


 俺はちょっと意味が分からなくて変な笑みが出そうだったけど、なんとか堪えて冷静を装って質問した。


「二人はお互いのこと、好きなの? 嫌いなの?」

 

 俺はそういうとまず、答えが固そうな詩乃に目線を送る。すると案の定、即答だった。


「好き! 大好き! 一番好きだよ!」


 そして次に幸谷のほうに視線を向けると、詩乃と比べて随分と長い時間考え込んでから一言、「わからない」と苦渋くじゅうの表情をしながら言った。


 でも、俺はごちゃごちゃ考えるのは後回しにして、もう一つ質問する。


「じゃあ、あの日のことを二人はどう思っているの?」


 それに対して、俺が視線を振るのを待たずに詩乃は話し出した。


「あの日のことは本当に感謝しています。あの日がなければ人生がこんなに楽しくなることなんてなかったし、あの日がなかったらと思うとゾッとします。だから、私は出会えてよかったと思ってる……」


 彼女は言葉の最後あたりには頬に涙を伝わせていた。


 そして俺はちょっと自信満々に幸谷みる。さすがにこの状況で拒絶の言葉は言いづらいだろう。


 でも残念ながら彼にはそんなこと関係ないみたいだった。


「俺は助けてなんていないし、あの時喋ったのはたまたまだ、だから……」


 そして彼の一言は、俺にはひどく冷たく聞こえた。


「あの日のことは忘れてくれ……」


 俺がさすがにと思って立ち上がり声を荒げる前に、先に詩乃が大泣きしながら反応した。


「忘れられるわけないでしょ! ふざけてるんですか! もう私いきます!」


 彼女はそういうと荒く机に手をついて立ち上がり、隣の幸谷の近くの伝票をつかもうとすると、幸谷それを両手で押さえつける。詩乃は半ばヤケクソに彼の手から伝票を奪おうとするが、それも叶わないことがわかり虚しそうに下を向いた。


 そして彼女は一度こちらに振り返って、吐き捨てるように言った。


「明日のデートは忘れたくても忘れさせないデートにするから!!」 



 彼女はそう言って俯きながらカフェから出て行った。彼はそれを見てから遠慮がちに「俺もそろそろ行くわ」というので、つい言ってしまった。


「ふざけんな! あれだけのことを言っておいてよく帰れるな!」


 俺はそれを口にした時、明日になったらもしかしたら、詩乃どころか、俺まで彼と絶縁しているかもしれないと思った。それでも例え友達を失ってしまったとしても、後悔するよりはよっぽどマシだ! だから俺は拳を握りしめて彼を睨んだ。

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