第13話 どうせ届かないその言葉
ただそこはカフェであって、口喧嘩を仕掛けるには相応しくない場所であることには大声を出してからじゃないと気付けなかった。
俺は二人が気になって様子を見に行き、そこで幸谷が詩乃に発した言葉が気に入らず、つい大きな声になっていた。
俺が声を荒げたその怒鳴りは、静かな
彼は怒鳴り声に少し驚いたような顔をはしていたけれど、どちらかというと観念したような顔をしていて、余計に怒りがおさまらない。
俺は、できるだけ冷静に「ちょっと場所を変えよう」と口に出すと、彼の隙をついて伝票を奪い取り、会計を済まし、真っ暗な店外へと出た。
結局、四百円もした苦いコーヒーに口をつけることは、一度もなかった。
月明かりも雲で隠れて、街頭の明かりしかない暗闇の中、俺はカフェから一キロメートル足らずの公園へ向かう。
その間彼も何かを覚悟していたのか、前置きだったり保険だったりと余計なことを口にすることなく黙ってついてくる。
俺はその幸谷を見て、この喧嘩が終わった後は俺たちも別れるのかと思うと、少し寂しくなり気が引けてきた。
幸谷は不思議なヤツで確かにいつも一人だし、あまり喋る方ではないけれど、個人をしっかり持っているからか不思議な魅力があった。ふたりで話していても、会話の雰囲気に合わせるのではなくて、言いたいことはちゃんと言ってくれるから、他の友達とは違って話していても楽しく感じられた。
だからこそ、そんな個人をしっかり持っているからこそ、こうやって喧嘩になるのかもしれない。
お互いに無言のまま十分くらい歩いて薄暗い公園につくと、ちょうど二人分の
俺は今までの幸谷に対する回想をすっかり払い除けるように首を振ると、とても冷たい声音で放った『あの日のことを忘れてくれ』をしっかりと思い返して、覚悟を決めて口を開く。
「さっきの、あの日のことを忘れてくれってどういうことだ?」
「そのままの意味だよ……」
彼は喧嘩腰に放った俺の言葉に対して、その喧嘩を買う気はないらしく、少し
「おまえ、詩乃のこと好きだろ!」
それが的を射た質問だったのか、彼に心当たりが大有りだったのか、彼はとたんに悲しく苦しげな表情をしながら「そんなの解らないよ……」とぼそぼそと口にする。
「じゃあなんでカフェに話すこともないのに二時間もいたんだよ!」
「一夜を待ってたんだ……」
「嘘つくな! それなら俺にチャットでもなんでも送ってるだろ! そろそろ誤魔化すのやめろ!」
そこまで俺はいうと、彼をよりキツく睨んでもう一度「なんで二時間もいたんだよ!」問いただす。すると、小さい声でボソリと呟く。
「離れたく無かった……」
「ほらやっぱ好きじゃん!」
俺がそういうと、彼は言い訳をするかのように苦しそうな顔をしながらつぶやいた。
「た、確かに、この感情が好きなのかははっきりと解らないけど、そういった気持ちはあるよ。でも……そう言ったら余計別れづらくなるから……」
「ふざけんな! なんでそこで別れるっていう発想が出るんだよ! 好き同士だったら一緒にいればいいだろ!」
「でも俺は罪悪感で耐えられないから……」
「何が罪悪感だよ! 別に誰も気にしちゃいないんだぞ。おまえ一人がその感情をおさえればいいだけじゃねえか!」
「でも、それができないから困ってるんだよ!」
これまで反論しなかった彼が、いきなり大声で反論してきたから俺は少し怯む。でもここで負けちゃいけないと、捻り出すように矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。
「じゃあ幸谷は罪悪感を解消するような努力したか?」
「それは……」
「詩乃はあれだけ必死なんだぞ! それに応える気はないのかよ!」
「…………」
「あまりにも無責任なんじゃないか! これからの詩乃をどうしてくれるんだよ!」
「…………」
「そりゃ、幸谷があいつのことが嫌いだから逃げるのならわかるけど、好きなのに逃げるのはわからねえ、それは詩乃にとって報われなさすぎる!!」
「うるさい……」
「それに……」
「うるさい! なんで外の人間がそんなにいうの…… ふたりの問題でしょ!!」
彼は俺の言葉を遮るように必死に大声で叫んだ。その顔は怒りよりかは、もうやめてくれと苦しがっているように見えた。
でも俺にとってその表情よりも、『外の人間』に反応して……
その言葉を聞いたとたんに全身に悪寒が走った。体内の血の気が一斉に引くのを感じ、急に俺の身体中の力が抜けて、ベンチへと崩れるように座った。
結局あの時も今だって、俺は詩乃にとっては外の人間でしかなかったんだ……
詩乃が塞ぎ込んでしまった時、俺は詩乃を助けるために全力でいろんなことやったつもりだった。一人ぼっちになっていた彼女に、友達の妹を紹介してみたり、詩乃の相談相手になろうとしてみたり、小学校の先生に相談してみたり。当時の思いつくことは全てやったつもりだった。
でも全部効果ないどころか余計に塞ぎ込んで、いつしか俺の言葉も届かなくなった。だから、ある日家に帰ってみたらいきなり彼女が変わっていて、俺はその魔法みたいな出来事にただ感謝することしかできなかったんだ。
今回もそうだ。少しは頑張ってみたけれど結局『外の人間』の一言で切り捨てられて、結局部外者は何もできないんだ……
俺は大きなため息をつくと、彼は「ごめん、言いすぎた」と一言つぶやくと暗い顔をしながらベンチへと座る。
たぶん彼も本気で外の人間とは思っていないと思う。俺がつい脅迫みたいなことをして言いすぎてしまったから言わざるを得なくなったのだと思う。それは脳ではわかってる。でも、脳でわかっていても耳から聞いたその言葉は俺の心を粉々にしていった。
俺はもう頭が回らなくて、ただ策略も何も無く呟くことしかできなくなっていた。
「俺は結局、詩乃と幸谷が羨ましいんだよ」
俺がどこに向かっていうでも無く空に向かって呟くと、彼はどうしていいか解らなそうにしていたから、返事を待たずに言葉を続ける。
「俺は詩乃とは違って誰とでも話せたし、みんなの中に溶け込むのが得意だった」
「でも、みんな関係が薄くてその場限りばかりで…………だから、彼女のように一途に思い続けることが羨ましいと思った」
「口では確かに「運命の人なんて」と馬鹿にしていたけど、本当は詩乃のこと羨ましかったんだ」
「だから……」
俺は彼の方を向く。そうすると暗く苦しそうに俯いていた彼と目が合う。どうして、彼は今苦しそうな表情をしているのだろうか。
「深く関われるはずの二人が離れ離れになるのは見ていて凄く悔しいし、悲しい!」
「俺はそれをなんとかしたい! このまま離れ離れになったら、部外者の俺でも死ぬまで一生抱える後悔になってしまう」
「だから……」
俺はそこまでひたすらに言葉を紡ぎ続けると、彼のその悲しそうな目をしっかりと見つめて一番の思いを口にする。
「お願いだから詩乃と離れないで! お互いに好きと思っているならその気持ちに素直になって!」
俺は思いの丈を全てぶつけた。なんの策略も飾りもない、ただの祈りのようなものだ。後は彼次第だけど、結局のところはそう……
俺が全力で訴えかえたところで、彼の回答が変わることなんてなかった。彼はただゆっくりと首を横に振るだけ。俺は下唇を噛むとゆっくりと口にした。
「わかった……悪かったな嫌なこと言って……」
彼は小さな声で「ううん」と否定を口にする。
「でも、明日はちゃんと楽しんでやってよ、それが最後じゃなくても最後でも……」
そう言うと彼ははっきりとした声で「わかった」と口にして、ぼんやりとした声で「じゃあね」とも口にしてから、ベンチから立ち上がるとこの公園を去った。
俺は彼のいなくなった公園のベンチに一人座る。
結局外部の人間にはどうしようもなくて、彼を救えるのは詩乃だけなんだと思う。だから今回も祈るしかない……
「明日晴れるといいな……」
俺はそんな
今夜は俺のぼやけた視界に、月明かりさえ反射しない雲がかった暗い夜だ。この空模様で明日晴れると予想する方が難しかもしれない。
でも、奇跡的に再開できた二人だ。きっと奇跡でもなんでも起こして雨なんて払い除けて、また元気に二人で明るく話しているはずだし、またうちに来ればまた食卓を囲ってみんなで楽しい時間を過ごしているはずだ。だから……
俺はふたりが結ばれることを祈って、暗くてどんよりとした空を眺めることしかできなかった。
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