第8.5話 帰り道(インタールード)
見上げた夜空はなんだかぼやけていて、街頭の明かりだけがやけに輝いた。
街頭がまばらにたつ住宅街を、涙がこぼれないように顔を少し上にあげながら、軽いギアにしてもずいぶん重いペダルをこぐ。
そして後ろを振り返りあの人の影が見えなくなるのを確認すると、スタンドを蹴って自転車をそこに止めると……
その場に泣き崩れた。
顔を両手で
「別れたくない……別れたくない……別れたくない……」
これまでお兄さんと一緒にいることができた、わずかな時間の輝いている光景の全てが脳内で鮮やかに
なのに…………そんな幸せな時間が終わろうとしている。
「絶対イヤ! 別れたくない! お兄さんと離れ離れなんてあり得ないし、これだけ近くにいるのに、会えないなんて絶対にイヤ」
私は汚れた服を気にせずに、その場で泣き続けた。泣いても泣いても枯れない涙を永遠に流し続けた。
「この涙を受けとめてよ……」
お兄さんの温もりが忘れらず、いますぐにでも会いたい衝動に駆られる。私は立ち上がり遥か遠くに行ってしまったお兄さんの残像を見る。
でも現実は、街頭の光がぼやけた視界に乱反射する。それがやけに眩しくてうざったい。
そして、その光に目が
なんで? なんで別れを告げているお兄さんがなんで悲しい顔して泣いているの? 意味がわからない!
別れて悲しむくらいなら、一緒に悲しもうよ!
二人でその悲しみも分け合おうよ!
二人別れ離れがイヤなら、二人ずっと抱きしめあっていようよ!
なんでダメなの? お互い同じ気持ちじゃないの?
私はずっと近くにいたいんだよ、それでいてお兄さんも離れることを悲しんでるんでしょ?
だったら一緒にいようよ!
なんで、同じ気持ちなのに意地張ってるの?
なんで、人の気持ちを見ようともせずに孤独には走ろうとしているの?
なんで、人の差し伸べる手を跳ね除けて、泣きながら孤立するの?
それじゃあ、それじゃあ…………
「まるでどこかの誰かさんみたいじゃん……」
私がその言葉を声にすると、私の瞳からは飽きもせずに涙がまたポロポロと落ちてくる。
やっぱ私たち似たもの同士なんだ……
不器用に意地を張って、自分の殻にこもって、人のことを勘違いして……
だったらこんな不器用な二人は一緒にいることは無理なのかも……
そんなわけはない! あり得ない!
そんなことあっちゃいけない!
今度はあの日私に声をかけてくれたように私がお兄さんを助けなきゃ。
思いっきり私の全てを見せてお兄さんが二度と手放したくないと思うくらいに惚れさせれば、二人一緒にいられる……
でも、あの真面目で、人の気持ちが痛いほどわかって、それで見栄えとか容姿とか気にせず私を見てくれるお兄さんだよ……そんなことしたって無駄じゃない?
「そんなことはない!」
私は、頭に浮かんだ弱気な考えを振り払うように言葉を口に出すと、思いっきり首を振った。
こんなのお兄さんには意味ないってわかってる、でも何もしないよりはぜったいにマシだ!
お兄さんがその言葉を口にする最後の最後まで争うんだ! そしてぜったいにお兄さんを振り向かせてみせる!
罪悪感なんか消し飛ばして、私と付き合わせてやる!
お兄さんのためだったら、命だってかけられる。
私は決戦の土曜日に向けて、頭がパンクするくらいお兄さんのことを想いながら、必死にデートプランと、服と、お兄さんの笑顔を考えて、覚悟を決めた。
私は自転車のペダルに足をかけると、暗くて闇深い夜の住宅街を全力で駆け抜けた。
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