第10話 その邂逅は偶然か、必然か

 天気予報がいうには今週末は大雨らしい。


 薄暗い部屋の中目に悪そうに光る小さなディスプレイは、ポップな図を使いながら、雨雲の流れを丁寧に説明していた。俺は天気予報の映るテレビに、リモコンを持ち上げる。するとディスプレイは暗くなり、部屋はいきなり静かになる。


 一夜が彼女の伝言を伝えに来てからちょうど三日くらいが経った。そして彼女の言う最後のデートは明日へと迫った。

 

 俺はこの三日間は、彼女と出会う前のこれまでどおりを過ごした。


 確かに一夜という友達が積極的に声をかけてくれるようになったから、その点ではこれまでとは大きく違うかもしれない。だけど、大学から帰ればそこはいつも通りの一人だけの空間で、一日の大半を一人ぼっちとして過ごす。


 その小さな薄箱から聞こえてくる、冷たい声をした報道キャスターの声や、大声で笑いながら何か話している芸人の声だったり、あるいは流れるように活きいきとした歌声だったりを聞きながら、のんびりとする。これまで、三年以上同じような生活をしていて一度も不満に思ったことはなかった。


 でも、ここ最近の俺は、周りに誰もいないことに寂しく思い始めた。最近は一夜が積極的に話しかけてくれるから、余計に一人というものが寂しくなったのかもしれない。だけど、一夜がここにいるイメージをしても、確かに楽しい光景は想像ができるけど、その寂しさという心の穴が埋まるようには思えない。あくまでも他のもので上塗りしているような行為にしか思えなかった。


 なら俺の寂しさはやっぱり、美人な彼女が近くにいて欲しいという汚らわしい欲望なのだろうか。もしくは美人を失ったことによる“惜しい”と思う気持ちかもしれない。


 でも惜しいなら吹っ切れればいい。財布を落としたなら、節約をすればいいし、定期を落としたなら、また買えばいい。彼女を失ったらまた作ればいい………


 そんなに悩みこむようなことじゃないのに、俺の頭はスッキリせずに、もやっとした不快感だけがつのっていく。

 

 そして、ついに部屋にいるだけのことに耐えきれなくなった。


 俺は財布とスマホだけ持つと、そのドアに手を掛けて、あてもないのに部屋を後にした。


* * *


 外は普段なら夕陽がまぶしい時間なのに、今日はどんよりとした空模様のせいで薄暗くなっていた。幸い雨は降ってないものの、今にも降ってきそうな雰囲気に、周りの人たちも何かと早足になっている。


 全く当てもなく出た俺は、適当に流されるようにふらふらと歩く。そして足がおもむくままに歩いてたどり着いたのは、ある喫茶店だった。


 コンビニの近くで、初めて彼女と一緒に入ったあの喫茶店。


 店内に入ると、相変わらず暖色の照明が温かい雰囲気をかもし出す。特に今日は外が薄暗かったからか、はたまた俺が一人で寂しかったからか、余計に温かく感じた。

 

 俺は店内に入ると四人掛けのテーブルに案内され、大きな机に一人座ることとなった。そして、その四人席の三人の空席を見てまた大きなため息をく。


 店員が来て淡々と注文を取るので、メニューでパッと見えたコーヒーと、やけ食い用にちょっと値が張るカツサンドを頼む。


 そして店員が軽やかに去ったあと俺は時間を持て余した。


 あいにく何も考えずに出てきてしまったもんだから、本だったり勉強道具のようなカフェで暇をつぶすようなものを持ってないし、しかも喫茶店ではスマホを長時間いじるのは周りの視線を気にしてしまう。それでも、仕方ないからスマホを片手に持って、意味もなく指で画面を縦横無尽に動かしていると、あるアプリに指が当たる。

 

 開いたアプリの一番上には、一夜の文字が映った…………これだ!


 俺はそのまま一夜にチャットで、『今喫茶店来てるけど、今から来ない?』と送る。すると、すぐに既読がついて『行く! ちょっと待ってて』と返信が来る。


 俺はそのやりとりに少し満足する。これまで突然友達に遊びに誘うなんてしたことがなかったから、少しワクワクを感じる。この時ばかりは落ち込んだ気持ちも少し忘れることができた。


 そして、こんな俺でも相手してくれるんだから一夜は本当に優しい。俺が一夜に大きな感謝していると、ちょうどカツサンドとコーヒーがテーブルに来る。


 俺はさっそく美味しそうなカツサンドに手を伸ばそうとして、ふと手が止まる。せっかく急に呼び出したんだし、後で一緒に食べたいなと思ったからだ。そして、そのままの手でコーヒーの取手をつかむと熱々のカップに口をつけてから、大きなため息を吐く。そして、顔をあげると……


 目がバッチリとあってしまった。


 その人は俺を見るなり、驚いたように目を見開くと、気まずそうにすぐに視線を逸らす。


 だから俺もそれに合わせて目を逸らしてその人が去るのを待つも、その青い髪が揺れる高校生は去る気配はなくて、ゆっくりこちらへと近づいて来て、俺が「どうしてこんなところに?」と尋ねようと口を開く前に、


「ストップ! 今別れの言葉禁止です!」

 

 と青山詩乃は突然釘を刺すように言った。


 それが三日ぶりに聞いた彼女の言葉だった。

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