第22話 いつの間にか過ぎている時間ほど、いいことはない
このような大晦日は初めてである。
動いて、動いて、動いて、動き終わったら、少し休んで動く。
「タケちゃん、これお願いね」
「かしこまりです!」
年末年始は、お客様にお出しする食事はいつもとは異なる。
おじいちゃんとケンさん曰く
「いつもは100%の力だが、この時期は150%の力を出している」とのことだ。
華やかな料理が広間に並べられていく。
仕事に慣れてきたワタシも、あたふたしながら作業を行っている。
「え〜と・・これは・・・」
「タケ、それはここだよ」
女将は150%以上、200%の力を出しているように見える。
「女将、次持ってきますね」
「気をつけて持ってきなさい」
働き始めた頃、料理を運んでいる際に転んでしまい、
料理を撒き散らした経験がある。
その時はおじいちゃんの臨機応変な対応に助けられて何とかなったが、
今日の料理はそうはいかないだろう。
ワタシもいつも以上の”落ち着き”を装備して行動する。
「サイトウおばちゃん、次は?」
「これお願いね」
慎重に、慎重に、と呟きながら料理を並べ終えた。
いつも以上の緊張感のせいか、”疲れ”を感じる気がする。
「タケ、お客様にご連絡を」
「はい。してまいります」
いつもと変わらない仕事のはずだが、緊張、いや高揚しているのだろうか。
少し力を込めてお客様に連絡を行った。
「夕食の準備が整いましたので”広間”までお越しください!!」
各部屋から出てくるお客様を案内する。
「うわぁ〜」
「豪華だね。食べ切れるかな〜」
「どれから食べるか迷うね〜」
老夫婦、ファミリー、若いカップルなど関係なく、
広間に集まったお客様はみな感動しているように見える。
お客様が夕食を取られているこの時間帯は、束の間の休憩だ。
「は〜〜、生き返る」
休憩室に行くと、女将が”ゆず茶”を準備してくれていた。
みんな無言で”ゆず茶”と向き合っている。
「あともうちょっとよ。タケちゃん」
「疲れていることバレました?目を閉じると一瞬で寝れますよ」
と言ったことは覚えている。そのまま目を閉じてしまい、寝ていたようだ。
目を覚ますと、いや起こされたのだが、片付けの時間となっていた。
「タケ坊、休むのはまだ早いぞ」
「はぁ〜い」
あくびをしながら、立ち上がり広間へ向かった。
—————
お客様の夕食の片付けを終えると、今度は自分たちの食事の時間だ。
150%の力の料理は、「もう死んでもいいわ」とダーネスさんが言うほど、
今まで食べた料理で一番おいしかった。
「これで今日の仕事は終わり〜」と言いたいのだが、これからが勝負だ。
大晦日の日はお客様が外出される可能性が高い。
となると受付に人がいなくてはならない。
サイトウコンビもこの時間帯には帰宅されるので、これはワタシの仕事である。
「いってらっしゃいませ」
「いってらっしゃいませ。おすすめの温泉はこちらになります」
「いってらっしゃいませ。初詣であれば、ここがおすすめです」
夏に作成した温泉プロットマップに、お寺、神社なども加えた
プロットマップ(改)を使い、お客様に説明する。
本日のお客様は、みな外出されると事前に聞いていたため、
残り一組ですべてのお客様が外出されることになる。
「すみません。外出してきますね」
「お待ちしておりました。鍵はこちらにお願いいたします」
「はいよ。ありがとね。いってくるね〜」
「はい。いってらっしゃいませ」
最後のお客様が外出されて、ガラガラと玄関扉が閉まる。
ふと時計が目に入る。
”0:23”
気がつくと年を越していた。この経験はしたことがあるような、ないような。
こたつに入りながら、お笑い番組を見ていると、年を越していたことがあった。
そのことであろうか。
そんなことを考えていると、女将が目の前にいた。
ゆっくりと口を開く。
「女将、今年もよろしくお願い致します!」
「こちらこそよろしくお願いします。さて・・・お客様が戻られるまで明日の準備しようかね」
「はい!」
普段は時間というものを意識して行動している。
いや、極端な言い方をすると時間に操られているに近いだろうか。
今日は意識しつつも、時間を忘れていた気がする。
そんな時間がいい時間の使い方ではないだろうか。
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