第15話 訪問者
「いらっしゃいませ!お待ちしておりました」
午後の準備を終え、お客様がお越しになる時間となった。
「今日は8名ってことは、あと1名ですか?」
「そうね。最後のお客様のお部屋へのご案内頼むわよ。タケちゃん」
旅館に1人で宿泊される方は、さほど多くはないが、一定数の人数、毎年お越しになられる。ワタシも勉強を兼ねて一人旅をしたほうが良いのかもしれない。
ガラガラと玄関扉が開く。最後のお客様がいらっしゃったようだ。
「あっ、どうも」
「いらっしゃいませ!」
挨拶を終えて、顔を上げると見たことのあるカメラが目に入った。先程のせんべいや温泉について教えた方であった。少し気の抜けた挨拶をされたのはワタシを見つけたからであろう。
「こちらになります。どうぞ」
玄関で立ち話を行う訳にいかないので、お部屋への案内を始める。
「あの〜先程はありがとうございました。おいしいせんべいを頂くことができました。温泉もよかったです」
「ありがとうございます。お一人で旅行はよくされるんですか?」
「そうですね。あちこちの旅館を回っているんです。妻と子はいるんですけど、あまりにも行き過ぎて、最近は一緒に行ってくれないんです・・・」
「ものすごい数の旅館に行かれてるってことですね。いいですね〜」
玄関から部屋までは、そう遠くはない。短い会話をするだけで部屋の前に到着する。
「こちらになります。お食事は18時に広間にお越しください。温泉の方は今から23時まで入ることができますので、ごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます」
お辞儀を行い、その場を去ろうとした瞬間に再び話しかけられた。
「あの〜すみません。突然で申し訳ないのですが、女将の取材をさせて頂くことは可能ですか?」
「女将に取材ですか?事前にご連絡はされていますか?」
「いえ、してなくてお時間があればで良いので聞いてもらえますか?」
「かしこまりました。女将の方にお伝えします。すみません、記者の方か何かですか?」
「いやいや、そこまでのものではないです。少し個人的にやっていまして、趣味みたいなものです」
「確認してみます。お食事後にでもお伝えいたします」
少し心がざわつく。今朝のこともあり、悪い方向に転ばないことを願う。とりあえず女将に確認だ。
—————
「って事何ですけど、どうされますか?」
夕食の準備を終えて、お客様が夕食をとられている際に休憩室で先程の取材の件を相談している。
「そうですね・・・」
「別に受けてもいいんじゃないですか?忙しい時に対応はできないですし、今だからこそできることだと思いますよ」
「わかりました。やってみましょう」
あまり乗り気ではない女将であったが、サイトウおばちゃんのひと押しがあり、取材を受けることになった。
「サイトウおばちゃん、今までこのようなことはあったりしたんですか?」
「何度か地元のテレビの取材があったぐらいかね。その時は大将と私たちで対応したのよ。女将が苦手だって言うから」
今回は個人の取材であり、テレビでもないため、受けるということだろうか。それにしても個人で取材をするなんて、どんなことを聞くのであろうか。
「ではお食事後お伝えしますね」
夕食後、取材が可能になったことを伝えて、急いで広間の片付けを行った。女将の提案により、広間で取材は行われることになったからだ。
「突然の申し出に本当にありがとうございます。少しだけ、そうですね〜。旅館の歴史や、女将などについてなど教えて頂けたらと思います」
「かしこまりました。ではこちらで対応いたします」
女将とお客様の2人で広間に入り、周りの障子戸は全て閉ざされた。誰にも見られたくないのであろう。取材の準備も終えて、休憩室に戻ろうとすると、サイトウおばちゃん(B)が少しニヤついた顔で近づいてきた。
「ね〜タケちゃん、少しのぞいて見ない?」
「ダメですよ。ばれますって」
「いやでも個人の取材でしょ。大丈夫だって」
と言うとすぐにおばちゃんはゆっくりと近づき、一枚の戸に手を掛ける。まだ戸を開けずに、大きく口を開けて何か声を出さずに言っている。
「き、こ、え、る、よ」
私も同じように口パクをして答える。
「ば、れ、ま、す、よ」
「だ、い、じょ、う、ぶ」
口パクを行いながら、手招きをこちらにしている。
正直気にならない訳ではない。少しだけ聞いて、すぐに退散することを決めてワタシもゆっくりと近づく。
「せ、ー、の」
2人で口パクで声を合わせ、ばれないように少しだけ戸を開ける。
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