第16話 Reスタート


戸を少し開けて覗いてみる。いつもお客様でいっぱいの広間で2人だけで会話を交わしている光景は初めて見た。


「なんかさびしいですね」


「他にも部屋はあるのに、ここなら誰にも聞かれないと女将なりに思ったのかしらね」


2人は遠い位置で話しているが、誰もいない広間の会話の声はよく聞き取れる。


「急な申し出に対応いただきありがとうございます。さっそくですが、旅館について少しだけ聞かせてもらえますか?」


「はい。ここイタヤ旅館では・・・」


会話の内容は淡々としていた。言われていたように旅館の歴史や仕事の内容、女将についてなどについて聞いているようだ。サイトウおばちゃんを横目で見てみると、覗く前のワクワクした感じはなくなっている。


「残念。普通の取材みたいね」


「普通でよかったです」


「でも個人的よ。もっとこうね。ズバッと聞いてみてもいいじゃない」


ワタシの方はワクワクではなく、今朝の内容を話題にしてくるのではないかとドキドキしていたが、カメラの男性がその話題を出してくるようには見えない。


「あ〜。タケちゃん、私先に帰るわね。何かおもしろいことがあったら明日教えてね」


「え〜、私も退散します」


「何言ってるの。これはあなたの仕事よ。じゃよろしくね〜」


ワタシの返事を聞く間もなく、足早に帰っていった。取材の会話を聞いている感じだともう終盤であると思ったため、最後まで聞いてみることにした。


「最後にこの旅館は今後どのようにされるか。未来のことは何かお考えですか?」


「そうですね。続けることができる限りは続けていきます」


「継がれる方はいらっしゃらないのですか?」


「私には娘がおりまして、可能であればその子にこの旅館をやってもらおうと思っていましたが、どうやらその気はないようでして、私の代で終わらせようと思っていました」


「思っていましたということは、どなたか見つかったということですか?」


「はい。孫がいます」


女将のその言葉を聞いて驚いた。ワタシも女将になりたいという気持ちはあるが、まだ働き始めて1年も満たない。まだ「継ぐ」という意識は実感がなかった。


「あのおもしろい子ですね」


「女将になるとか言って毎日、毎日頑張ってくれていますが、ミスもその分多いんです。今はまだまだですが、いずれはと思っています」


「なるほど〜。いい話ですね。お孫さんは知っているのですか?」


「あの子はすぐに調子に乗るので、内緒でお願いいたします」


聞いてはいけないものを聞いてしまった気がして、そっと戸を閉めた。素直に女将の言葉がうれしかった。女将の言葉と言うより、おばあちゃんの言葉なのかもしれない。戸を閉めてすぐに「ありがごとうございました」という声が聞こえたため、音を立てないように

急いで自分の部屋に戻った。


————-


「おはようございます!」


「あらタケちゃん、何かいつもより元気ねぇ。何かあった?」


「いえいえ大したことはないですよ」


女将の気持ちを聞いてから、より一層この旅館のために頑張ろうと、寝る前の布団の中で決意した。誰かわからない人が言っている言葉に惑わされている場合ではなかった。一日一日、しっかりとワタシなりに頑張っていこう。


「女将、今日は昨日より強い私です!」


「何言ってるの?早く外掃除して来なさい」


「は〜い!」


外に出ると、秋の気持ちの良い気候が出迎えてくれた。これから先も仕事をする中で色々あるかもしれない。その度に一喜一憂してしまうかもしれないが、ワタシには大切な人が周りにいた。女将になるという夢もあり、そして何よりこの旅館を続けていきたいという夢も新しくできた。


「よしやるぞ〜!」


まだ朝早い時間帯の外であったため、少し大きな声で叫び、枯れ葉を集める竹箒を掲げた。その姿を例のカメラマンに撮られていたことは後から知ることになる。

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