第8話 思いつきの行動


「おい!タケ坊、もっと早く動かないと間に合わねぇぞ」


温泉のことで頭がいっぱいで、動きが他の人から見てもおかしかったみたいだ。


「タケちゃん、今は夕食の準備に集中。お食事も温泉と同じくらい楽しみにしているお客様は多いんだから」


「すみません」


おじいちゃんとケンさんがつくった料理を広間に持っていき、並べていく。机の上で並べる箇所は決められており、少し気を抜いてしまうと間違う恐れがある。


「タケ、料理の味も大事やけど、その見た目や並べ方も大事。しっかりとやるんだよ」


おじいちゃんが働き始めた頃に教えてくれたことだ。ちょっとしたことだが、料理のおいしさが変わるくらい大事なことであると思っている。サイトウおばちゃんの言う通り、今は気持ちを切り替えなくてはならない。


「よし、これ持っていくよ。タケちゃん」


「オス!」


自分を鼓舞するために少し大きな声で言った。


—————


「よし、準備完了」


広間の各机にはおいしそうな料理がキレイに並べられている。


「タケちゃん、そろそろお客様に連絡お願いね」


「わかりました」


朝同様、各部屋に電話機で連絡を行う。


「夕食の準備が整いましたので”広間”までお越しください」


お客様が広間に集まり、食事を始めるとすぐに女将がやってきた。


「ちょっと、みなさん集まってもらってもいいですか?」


女将のその一言で何となく察しがついた。

ワタシとサイトウコンビは、休憩室へ向かった。


「修理が間に合わず、今日は温泉には入れないということになりました。ただ浴室のシャワーは使うことができます」


「お客様に怒られないですかね?」


「お客様には私の方からお食事後に説明いたします」


ある程度の想像はできていたが、動揺を隠せない。

お客様も非常に残念に思うだろう。


「すみません、少しだけ休憩してきます」


「できる限り早く戻ってくるように」


「はい」


裏口から外に出る。今日は良い天気だ。夜空を綺麗に見ることができる。ほんの少し前の買い物まではこんな気持ちではなかったのにと ”湯けむり” を眺める。


・・・ん? 買い物? 湯けむり?


「これだ!」

ワタシは待機場所である広間の廊下ではなく、

自分の部屋に急いで向かった。


「え〜と、どこだっけ。あっ、これだ」


机の上に広げていた”ある物”を取り出した。


それを持ち、広間の廊下まで行き、気がつくとお客様の前に立っていた。廊下で待機していたサイトウおばちゃんが「ちょっと」と何かを言おうとしていたが、その時のワタシには聞こえていなかった。


「みなさん、お食事中申し訳ございません!」


お客様の前に立ち、叫んだ。


「温泉については、今日は入ることができません。申し訳ございません」


お客様がざわざわしているの感じだが、続ける。


「だけど、これを見てください!」


お客様の前で広げて見せたのは、

”温泉プロットマップ” であった。

この旅館で働き始めて、趣味で作っていたものだ。


「旅館の温泉には入ることができませんが、この付近にはとっても良い温泉がいっぱいあります。お食事後、私が案内いたしますので、ぜひみなさんで行きましょう!」


「いきなりで申し訳ございません。でもみなさんには温泉に入っていただきたいんです。私と一緒に行ってもいいよという方は手を挙げていただけるでしょうか?」


頭を下げる。誰も来てくれないかもしれないが、温泉を楽しみにしているお客様に何かをしてあげたいという思いから、思いついたワタシなりの作戦だ。休憩中に見えた ”湯けむり” で付近には温泉がいっぱいあることを思い出した。この魅力ある温泉たちにぜひ入って欲しいというワタシの願望もあったかもしれない。


誰も手を挙げていないかもしれない・・・

怒られるかもしれない・・・

この旅館の評判が悪くなるかもしれない・・・


今更自分がやってしまったことを後悔しながら、

頭を上げてみる。


すると、、、


お客様全員が手を挙げてくれていた。


「なんか面白そうね」


「せっかくここまで来たんだから」


「良い所教えてくれよ」


ワタシは運が良かったのかもしれない。

今日のお客様は本当に良い方々ばかりであった。


広間の廊下を見てみると、呆れる女将とサイトウおばちゃん(A)、少し笑っているサイトウおばちゃん(B)が見えた。

これは後から怒られるかもしれないが、今は忘れようと考えて、ワタシは3人にピースサインをしてみせた。

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