第32話 ピースサイン


現実は甘くなかった。

お祭りも終盤に差し掛かり、

会場を歩いている人たちも徐々に少なくなっていくのがわかる。


ここまでに売れたタオルはおよそ100枚。

売れ残りはあと200枚ほどあるはずだ。


「片付けを考えると、あと一時間ぐらいかしらね」


サイトウおばちゃんの声が聞こえたが、

その言葉に答えることができないくらいワタシは焦っていた。


改めて考えてみると目の前にいる人たちは

「お祭り」が目的で今日ここに来ている。

「温泉に入る」ことが目的でここに来る人は少ないのかもしれない。


なんで???


この言葉がワタシの頭の中に何度も、何度も聞こえてくる。

旅館のみんなが賛成してくれたアイデアだ。


なんで???


ワタシは間違っていない。


なんで???


考えが及ばなかったのであろう。


「いらっしゃいませ!!!ドウゾー」


近くにいたジャックの大きな声で我に返った。


「タケさん。あと少しですよ。がんばりましょう!」

「・・・うん」


お祭りが終わるまではあと少しかもしれないが、

タオルの枚数は全然少しではない。

元気づけようとしてくれたジャックの言葉にも

少しイラっとしてしまう自分がいることにさらに情けなくなってしまう。


なんで???


「・・・お」

「・・・おい!」


ん?お客さんだろうか。

再び自分の頭の中をグルグルしている状態から連れ出してくれたのは

温泉から戻ってきたタナカのおじちゃんであった。


「何!?たった数時間で暗い顔してんの?」

「ちょっと想像以上に売れてなくて・・・」

「なんだよ〜、そんなことで暗い顔するなよ。

 売れるものも売れなくなるぞ」

「・・・うん」


おじちゃんの言う通りである。

ワタシだけが頑張ってるのではない。

ジャックも売れる、売れないに関係なく、集客活動を頑張ってくれていた。

ケンさんも移動販売に力を入れて、ひたすら売ろうとしてくれていた。

提案したワタシが気持ちが沈んでしまっていてはダメだ。


ただ・・・

ここまで、沈んでしまった気持ちを

今から元に戻すのは難しいとも思ってしまう。


「とりあえず20枚ほどちょうだい。タケル!」


おじちゃんはそのように言ってワタシの肩の上に手を置いた。

いきなりのことで最初は何言っているのか、わからなくて下を向いていた。

その言葉が徐々に理解できるようになっていくと、顔を上げていた


「えっ?20枚??」

「おう。20枚ぐらいね。早く準備してよ〜」

「えーと・・・」

「いつも世話になっているからな。うちの店で並べてやるよ」


下を向いていたせいで気づかなかったが、

いつもお世話になっている湯けむり通りの人々が

おじちゃんの周りに集まっていた。


「タケルちゃんも頑張ってるし。私の所も20枚もらえるかしら」

「お前の将来に投資してやるから、後からちゃんと返済しろよ〜」

「タオルは今日じゃあなくても売れるからね。お店に並べるわよ」


今日買ったものを後日、それぞれのお店に並べてくれるとのことだ。

一人一人が数十枚単位で買っていくため、

売り場にいたサイトウおばちゃんたちは忙しく動いていた。

気がつくと、ジャックもテントに向かい、お手伝いをしていた。


その光景を呆然と眺めていたワタシは、ただ動けず、気がつくと泣いていた。


「全く世話の焼ける子だよ。本当に」


後ろから聞こえてきた声は、毎朝聞いている声。

女将の声だ。

涙を服の袖で拭き、振り返るとそこには女将とおじいちゃんが立っていた。


「ほう〜凄いな。大反響じゃあ〜」

「私たちはただ、いつもお世話になっている

 皆さんに挨拶まわりをしただけですよ」


そこからの時間はあっという間であった。

タオルは30枚程売れ残ってしまったが、

最後の1〜2時間で一気にタオルはテントから旅立っていった。

湯けむり通りの皆さんの大きな力も借りたこともあるが、

夕方になり温泉に入る人が増えたことで、

そこから買ってくれる人が増えていった。


「さて皆さん。温泉にでも入って帰りましょう」


片付けを終えて、集まった旅館メンバーに女将は言った。


「本当に疲れたわね〜」

「疲れを取りましょう」


まだ気持ちの整理がついていないこともあり、

きまりが悪そうにしているワタシにおじいちゃんが近づいてきた。


「お疲れ様。タケル」


そのおじいちゃんの言葉に釣られるようにして、

みんなからも「お疲れ様」がワタシに飛んできた。


「ありがとうございました!」


ワタシの返答は「お疲れ様」ではないような気がして

瞬時に出てきたのはこの言葉であった。

その言葉を聞いて、みんな少しだけお互いのことを見合って続けた。


「こちらこそありがとうございました!」

「さてじゃあ行きましょうかね」


各々が売れ残ったタオルを持ち、温泉へと向かい始めた。

ワタシも一番最後にタオルを手に取り、歩き始めた。


「おい!行くぞ!」

「タケさんも行きましょうー」


そこにはケンさんとジャックがいた。


今回の結果は、完全にみんなの力があって成立したものだ。

ワタシとしての結果は芳しくなかったのかもしれない。


ただ、、、今思うと

めちゃくちゃ楽しかったと思える自分もいる。


特に企画をはじめ、みんなでタオルを作っている時間は何より楽しかった。

そう考えると、ワタシは今日という本番よりも

準備段階の”途中”のほうが好きなのかもしれない。


旅行で例えるのであれば、

計画段階でピークに達するタイプなのかもしれない。


歩いていると、

偶然目に入った桜の木がサクラ色とミドリ色の2色になっていた。

新たな季節が来ることを感じさせてくれる。


イタヤ旅館での2年目が始まろうとしている。

誰も見ていないことを確認して、右手で小さくピースサインを作った。


なんやかんやで上手くいったであろう今日のお祭りに対してと、

2年目がスタートする意味を込めて。

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