第33話 手書きの地図


夏はここまで暑かっただろうか。

ワタシの幼い頃はもっと涼しかった気がする。

いや環境の変化ではなく、ワタシが退化したのであろうか。

どちらが正しいかはわからないが、

とりあえず今のこの暑さをどうにかして欲しい。


「暑いよ〜」

「暑いって言うから暑くなるのよ〜」


サイトウおばちゃんと掃除をする際には、

ルーティンのようにこの会話をしている。


「じゃあ〜寒いね〜」

「うん・・・暑いままだよ。おばちゃん」


この仕事を始めて一年以上が経過した。

「口の数が増えている」先日女将から頂いた言葉だ。


「よし、よし、よし!」


ただワタシも成長していない訳ではない。

得意であった「布団敷き」も昨年に比べ、さらにキレイに敷けるようになった。

食事の準備や掃除など諸々、仕事のスピードはかなり上がり、

終わった後の時計を見て

「あれ、まだこんな時間か」と思うことが最近では増えている。


「次行くわよ」

「は〜い」


ワタシは成長している。

ただ・・・


「面白くない」

そのように思ってしまう自分がいる。

「慣れ」とは怖いものである。

毎日が同じような繰り返しのように感じて

「退屈」がこっそりとワタシを襲ってくるのだ。

ワタシもその感情から必死に逃げようと、

いつもとは少し違う行動をしてみるのだが、効果があまり出ていない。


「おいしい!」


おじいちゃんの料理は変わらず今日もおいしい。

お客様の「おいしい」という声を聞かない日はない。


「ねぇおじいちゃん・・・」

「ん?」

「やっぱりいいや」


今の状況を相談しようとしてやめた。

朝ご飯をみんなで食べている場であり、

何より朝から少し暗い空気になるのはイヤだと思ったからだ。


「何?何?」

「さて、みなさん!」


Bさんは相変わらずこういう話題が好きだ。それを封じたのは女将の言葉。

一年も経てばサイトウおばちゃん二人の性格を理解でき、

Aおばちゃんを「サイトウおばちゃん」、Bおばちゃんは「Bさん」。

ワタシもついに「Bさん」と呼ぶにように変化したのだ。


「今日は3部屋で8名のお客様がいらっしゃいます・・・」


女将が今日も変わらず、本日のお客様についてを話している。

とりあえず今のこの気持ちは心のどこかにしまって、動いてみよう。

「今日は何かが変わる」

そのように思って朝礼を終えた。


          *


「タケ!ちょっとええかい?」


仕事を終えて自分の部屋に戻ろうとしていた所を

おじいちゃんに呼ばれた。


「ここに行っておいで。話はつけてあるから」


と言って手渡してきたのは一枚の紙。


「何これ?おじいちゃん」

「今朝何か言いかけてやめたじゃろ。そこに行くと何か変わるかもしれんぞ」


紙には地図が書かれていた。

目的地であろう赤い丸と荒い線で書かれた道、

そして四角で書かれた近くの駅が見て取れる。

それ以外は何もかもが省略されており、これは地図かどうか迷うレベルだ。


「明日から行っておいで」

「えっ明日?!」


思いもよらないおじいちゃんの言動に

少し困惑しているとおじいちゃんが続けた。


「女将には伝えておるし、ここ数日はわしらで対応できる」

「数日?」

「そうじゃ」


当たり前のように言うおじいちゃんだがワタシの頭は追いついていない。


「とりあえず行ってきなさい」


そう言ったのはおじちゃんではなく女将であった。

詳しいことを聞きたかったのだが、

そのように言った二人は「おやすみ」と言って、

その場からいなくなってしまった。


「ここに行ったら変わるのかな」

少しだけ今朝より前向きな気持ちになっているのを感じる。

女将の言う通り、とりえあず行ってみよう。

地図を折りたたみ、ワタシは部屋に戻った。

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イタヤ旅館にて、”ボク”は”女将”となる はんがくせーるちゅう @seeeruchu

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