第29話 カバーするおじいちゃん


少し外が明るくなってきている。

早朝、旅館の玄関では、

会場に持っていく荷物を並べていく、とある2人組。


ワタシと・・・ケンさんだ。


「まだ予定の時間より早いですけど、どうしたんですか〜?」


「新人が早く来て準備するのは当たり前だろ!」


恐らくケンさんも、

昨晩は寝れなかったのではないかとワタシは勝手に思っている。


早朝にもかかわらず、2人組の仕事ぶりはとても良く、

旅館のみんなが予定の時間に集まる頃には、

準備は終えてしまっていた。


「おはようございます。あら、2人共早いわね」


「おはようございます。サイトウおばちゃん。

もう準備は完璧だよ!」


予定していた出発の時間まで、まだ余裕がある。

玄関に集まったみんなは、どこか落ち着かない様子で、

ぐるぐると歩いていたり、立っていたり、座っていたりしている。


その状況を変えたのは、

女将のいつもより気合の入った声であった。



「おはようございます。本日は待ちに待った本番です」


「いつも仕事でやっているように、

いらっしゃるお客様を楽しませることが私達のやることです」


「ただ今回の場合は・・・」


気合の入った言葉を言っていた女将が、少し間を置いて続けた。


「・・・私達も楽しみましょう」


恥ずかしかったのであろうか、声が小さくなっており、

聞いていたみんなは、唖然としている。


「お〜」


女将ではない小さな声が聞こえた。その声が聞こえた方向を見てみると、

おじいちゃんであった。妻のカバーをする優しい夫である。


「お〜!」


ワタシも続けて言うと、他のみんなも続いた。


「よし、やってやるわよ」


「がんばりましょう!」


予定より早いが、お祭りの会場に向かうことになった。


旅館から会場まで、そう遠くはないこともあり、

荷物を分散して、みんなで持っていく。


「忘れ物はないかしらねぇ〜」


「ダイジョウブですよ。忘れていたら、私が取りにいきますよ」


確かに忘れ物があってもこの距離なら大丈夫ではあるが、

何より「侍」という文字が描かれているTシャツを着ている

ジャックがいるからこそ安心できる。


「頼むよ。サムライさん!」


「カッコいいですよね、このTシャツ」


各々が荷物を持ち、いざ出発だ。

玄関の扉を開けて、自分にも気合を入れるためにワタシは叫んだ。


「しゅっぱ〜〜つ!」


・・・


・・・あれ?


「お〜」


反応してくれたのは、孫をカバーするおじいちゃんであった。

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