第2話:ウォータードール
「フゥーーーー……」
大きく深呼吸して落ち着きを取り戻し、これからのことを考える。
異世界で第二の人生を送るにしても、衣食住がなければダメだ。
人のいる場所を目指して、衣食住を整える。
これが当面の目標だ。
「えっと……」
俺がドールクリエイトで作り出したメイド服の少女を見る。
「ご主人さま、どうかされましたか?」
少女は首を傾げて茶色の瞳で俺を見ている。
まるで人間のように見える少女だが、土だ。
人間のようにサラサラとした髪を持っているが、土だ。
だがこうして意思疎通を図ることができるのであれば、少女に名前をつけたほうが、何かと都合がいいと思う。
「君の名前、どうするかなって」
「ご主人さまのお好きなように」
少女は笑顔でそう答える。
「そっか。じゃあ……土からできた訳だし、アース……女の子……アス子?」
我ながら単調な名前だと思う。
「アス子……それが私の名前ですね!」
少女は手を組んで喜んでる。
思ったより少女は気に入ったようだったので、アス子と名付けた。
「あ、あぁ、これからよろしくな、アス子」
「はい、誠心誠意ご主人さまの身の回りのお世話をさせていただきます!」
アス子は深々と頭を下げた。
「それにしても、本当に土からできたようには見えないよなぁ……」
「ご主人さまの力が素晴らしいことの証明です。ちょっと待っていてくださいね……」
コレを俺の力だと言われて褒められても、あまり素直に喜ぶことはできない自分がいる。
アス子は右手で左の手首を掴んだ。
「ん? 一体何を──」
「よいしょっ」
その掛け声とともにアス子は左腕を千切った。
俺はまありの出来事に、目と口が最大まで開いてしまった。
「な、な、なにを……!?」
「あ、はい、見てください」
アス子が千切った右手を差し出してきた。
おそるおそる見てみると、出血はしておらず、服ごと土に戻り始めていた。
「人間のように見えるこの体でも、しっかり土でできていますのでご安心ください」
「わ、分かった、わざわざ見せてくれてありがとう……でもその腕は大丈夫?」
「はい、問題ありません」
そう言うとアス子の左腕がズボッと生えてきた。
「ははは……うん、凄いなぁ」
「それでご主人さま、これからどうされますか?」
腕を生やしたアス子は姿勢を正し、これからについて尋ねてきた。
衣服部分もしっかり元に戻っている。
「あー……人間のいる場所まで移動して衣食住を整えたいと思うんだけどーー……そうだ、アス子の力で高い土台とか作れないかな? その上から見渡してみたいんだけど」
周辺は木々が生え並び視界が悪く、どう進めばいいのか分からなかった。
アス子の力を使えば何か解決の糸口が見つかるかもしれない。
「分かりました。それではいきます」
またアス子がしゃがんで地面に手をつけると、段々と地面がせり上がってきた。
視界がどんどん高くなっていき、木を越して周辺を見渡せるくらいまで高度が上がった。
「……チートでは?」
「何か仰いましたか?」
地面に手をついていたアス子が立ち上がり、土を払うように手を叩いている。
「……いや、よくやってくれたと思うよ、ありがとう」
「えへへ」
褒められたことが嬉しかったのか、照れくさそうにしている。
その様子は素直に可愛いと思う。
「さて、町はあるかな~?」
落ちないように気をつけつつ、遠くを見渡していった。
しかしぱっと見たところ、町らしきものは見つからなかった。
「どんだけ深い森なんだここ……」
「あ、ご主人さま! あれって川じゃないですか?」
アス子の指さす方を見ると確かに川が流れていた。
「おぉ! よく見つけたな、でかした! それじゃあの川を目指して移動しよう!」
川があればその先に必ず人の痕跡はあるはず。
それを目指して移動したいところだが……。
「方角は覚えましたので、一度地面を戻します。その後アースゴーレムに乗って移動でよろしいですか?」
このドール、有能では?
「あぁ、それで頼む」
こうしてアス子の進言通り、地面を戻したあとにアースゴーレムの手に平に乗って移動を開始した。
「……このアースゴーレムって意思を持ってるのか?」
「私のように複雑な思考能力は持っていませんが、命令をこなしてくれるだけの自立能力は持ち合わせています」
「なるほど……」
意思を持たない命令だけで動くゴーレム。
カッコイイ……!
「今は三体いるけど、何体くらいまで生み出せるの?」
「ご、ご主人さまがお求めになられるなら、私は何体でも産みます……」
アス子の顔が赤くなった気がした。
「このアースゴーレムたちは、いわば私とご主人さまの子供のようなもの。何百体だろうと産んでみせます!」
アス子の言葉で頭が真っ白になりかけた。
「あ、あー……うん、まぁ、そうなんだろうけど、そうだな、うん、そのときは頼むよ……」
どう答えたらいいか分からず曖昧な返答をしてしまった。
「はい! お任せください!」
しかしアス子は乗り気だ!
そんなやり取りをしてる間に川へたどり着いた。
「あ、土だから水は苦手かな?」
「いえ、問題ありません」
どうやらアースゴーレムたちは濡れても問題ないらしい。
川は奇麗な透明色で、触れると冷たく気持ちよかった。
「そうだ」
流れる川を見て俺は閃いた。
「どうされましたか?」
「この川の水でドールクリエイトしてみようと思う」
両手で川の水に触れ、体制を整えた。
「それじゃさそく……ドールクリエイト!」
その言葉ともに魔力が抜けていく感覚がやってきた。
すると目の前の水が沸き上がり、人の形を成していった。
「おおお?」
そして割烹着を着用したお姉さんが現れた。
「おはようございますご主人様~。なんなりとご命令くださいね~」
割烹着姿のお姉さんは間延びしたような言葉遣いだった。
瞳の色と同じ水色のハーフアップヘアーで、腰まで伸びている。
やや背は高く、どことなく未亡人のような雰囲気を感じる。
目元にある泣きぼくろがなんとも言えない。
「……」
ゴクリ。
「……ご主人さま?」
お姉さんに見とれていたところをジト目のアス子に呼ばれハッとなる。
「あ、あぁ、えーっと……スイ子さんでいいかな?」
「スイ子、それがわたしくの名前ですね~。ありがたく頂戴します~」
どこかマイペースな感じで、気が抜けそうになるが、これはこれでアリだ。
「ああ、これからよろしく」
スイ子さんと握手を交わした。
「それで、スイ子さんは何が得意だったりしますか?」
スイ子さんの雰囲気にのまれ、つられて敬語になってしまう。
「水属性の魔法が得意だったり~、水を自在に操ることができます~」
未だ川の中に足を使っているスイ子さんの後ろで、川の水が渦巻いていく。
少し離れて様子を見ていると、川の水は龍の形になって天に昇っていった。
「凄いですね……」
「あぁ……」
俺とアス子は天に昇って行った竜を見て感心していた。
「あ、そうだ~、ご主人さまは喉が渇いていませんか~?」
「……そうですね、ちょっと喉が渇いてます」
「でしたら~」
スイ子さんが川から上がって近づいてきた。
どんどん近づいてきて、俺の目の前で立ち止まったと思ったら、スイ子さんの顔が接近してくる。
「──えっ」
そのままスイ子さんの唇が俺の唇と重なり──
「ん!?」
──口の中に水が流れ込んできた。
俺は慌てて後ろに飛びのき、スイ子さんと距離をとった。
「ちょ、いきなり何を!?」
「あら~、喉が渇いていたというので、飲むお手伝いをと思ったのですが~」
スイ子さんに悪気はなかったようだが、流石にこれは良くない。
おそるおそるアス子のほうを見ると──
涙目でぷるぷる震えている。
「何してるんですかーーーーーー!!」
アス子の怒号が森に響き渡った。
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