第32話:短い観光

「おー、人力車だ」


 テレビとかでしか見たことない人力車が街の中を走っていた。


 向こうの世界と似ているこの町にきてから、なんだか懐かしい気分になることが多い。


「そうかされましたか?」


 俺に異変を感じたのか、少し後ろを歩いていたアス子が話しかけてきた。


「いや、ちょっと向こうの世界のことを思い出してだけだよ」


「……ご主人さまは元の世界に戻りたいですか?」


 アス子が不安そうな顔で尋ねてくる。


「まさか。今はこうしてみんながいるし、毎日が楽しいからね。俺はずっとこっちにいたいと思ってるよ」


 嘘偽りない本音だ。


 もう向こうで心身を削って一人で生活していくのは嫌だ。


「そうですか」


 不安そうな表情から一変して、嬉しそうな表情に変わる。


 俺がこの世界から消えてしまえば、ドールのみんなも消えてしまうかもしれない。


 そんな不安を感じ取ってしまったのかな。


 あまりみんなを不安にさせないように気をつけよう。


 舗装された歩きやすい道を進み、大きな城門の前までやってきた。


 近くには他の冒険者たちも城を見上げ雑談しているようだ。


 門の前には和風の鎧をきた門番が、槍を持って守っている。


 城壁はどこまでも伸びていて、一体何メートルあるのかも分からない。


「凄いなぁ」


 近くで見るとかなり大きい。


 城には詳しくないからよく分からないけど、多分日本にあった城よりも大きいんじゃないか?


「……このくらいならキーコたちで作れる」


 キーコは無表情で城を見上げ、対抗するように言った。


 確かにあの家を作ったキーコたちならできそうだけど、掃除とか管理が大変そうだな。


「今なら御影もいるから、石も混ぜた強固な家にできる」


 なるほど。確かにキーコの言う通り、石を自在に操れる御影がいれば、石造りの家とかも作れるのか。


 いや造れるのか?


「……御影、できるの?」


「はい。自分一人でも建てることは可能でございますが、見た目を考慮するならば、キーコ様たちのお力を合わせたほうがよろしいかと」


 キーコ様……。


 ドールたちの中でも格付けのようなものがやっぱりあるのかな。


 シャトルも先輩とか言ってたし。


「そっか。それじゃあ家に帰ったらリフォームお願いしてもいい?」


「かしこまりましたご主人さま」


 答えてくれたのはアス子だ。


 やっぱりアス子はまとめ役的なポジションなんだろう。


「よし、見るもの見たし、帰ろっか」


 米と味噌を買って観光もしたので概ね満足の行く内容だ。


 宿をとって一泊するもの悪くないかなと思ったけど、ここへはまたすぐにくることができるだろうし、また今度きたときにゆっくりしたいと思う。


 それから町を出て帰路につき、昼前に家に帰ることができた。


 スイ子さんの海割りや、そこを疾走するアースゴーレムには驚かされたな。


 キーコたちの力なら船を作ることもできるだろうけど、置く場所がないか。


 ウッドマンたちが何か手に持っていたけど、あれはなんだったんだろう。




「よし、米と味噌を手に入れたぞ!」


 買ってきた米俵と味噌壺をテーブルの上に置いた。


「ご主人さま、今更ですけど、種もみは買わなくてもよかったんですか?」


「……あ」


 米を食べることしか考えていなかった俺は完全に忘れていた。


「いやでも、アス子って米育てられるの?」


 米を育てるには田んぼを作ったり、色々と大変な作業があったと思う。


「はい、私とスイ子がいれば造作も有りません」


 アス子は胸に手をあててドヤってる。


「そっかぁ、食べることで頭いっぱいで、育てるってことが抜けてたよ」


「大丈夫」


 そう言ったキーコの手には種もみらしき物があった。


「……これは?」


「帰りにウッドマンたちが自生してたやつを見つけた」


「米の自生って初めて聞いたような気がするな……食べられるかな?」


「私に預けてくだされば育ててみせますよ」


 アス子がキーコの手にある種もみを一つ摘まむ。


「分かった、じゃあ頼むよ」


 買ってきた米と味は違うと思うけど、自分たちで育てて用意できるのはいいな。


 まぁ俺が最初から忘れずに種もみを買っていれば良かったんだけど。


「味噌は……具がないな」


 味噌はあっても味噌汁に使う具がない。


 ネギとかわかめとか豆腐とか。


 きっと大和国には売っていただろうに、俺としたことが浮かれすぎていた。


「まぁとりあえず食べてみよう。スイ子さん、白米と味噌汁作れる?」


「は~い、お任せくださいな~」


 そう言って米俵と味噌壺をキッチンに運んでいく。


 でもどうやって調理するんだろう?


 鍋は……あ、下の扉から取り出した。


 シャトルが買ったやつかな?


 あれで味噌汁を作るのかな。


 ご飯はどうするんだろう?


「アス子ちゃん火子ちゃ~ん、土鍋お願いできる~?」


「オッケー!」


「了解しました」


 アス子と火子が外に出ていった。


 火子は出ていく際にカマドに火の玉を放った。


 何をしに行ったんだろう。


 土鍋をお願いされた訳だから、もしかしてアス子と火子で協力して作るのかな?


 スイ子さんは鉄製の鍋に水を入れて、火子が着火したカマドで沸騰させようとしている。


 見事なコンビネーションだと思う。


 あ、戻ってきた。


 アス子の手には小ぶりな土鍋のようなものがある。


「できたてほやほやの土鍋よ」


「二人ともありがと~」


 本当に土鍋だった。


 この短時間で作った土鍋って、大丈夫なのかな……。


 土鍋で米を洗い、水を溜めてもう一つのカマドへ乗せる。


 すかさず火子がカマドに火を飛ばして着火。


 ご飯ができるまでまだかかりそうだな。


 でもこの世界で白米と味噌汁が食べられるというのは楽しみだ。


 一体どんな味がするんだろう?

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