第14話:アーラシュア・ホンミール

 俺とガーランドが上質な革のソファーに座り、対面にギルドマスターと思われる女性が座っている。


 ドールたちは俺の後方に、冒険者たちはガーランドの後方に立っている。


 紫色のロングヘアーをした切れ目の女性は目の前にあるカップを手に取り、ゆっくり口元へ運ぶ。


 一口飲んでからティーカップに戻して、こちらを見据えてきた。


「水龍の調査ご苦労であった」


 凛とした居住まいから発せられる声は美しく、思わず姿勢を正してしまう。


「君とは初対面だな。私はアーラシュア・ホンミール。この冒険者ギルドのギルドマスターをやっている」


 アーラシュアと名乗った女性と目が合う。


「……俺は、栗江田形人、です」


 緊張して震えそうになるのを抑え名乗りを返した。


「クリエダケイト、変わった名前だな。後ろは君の従者で間違いないか?」


 アーラシュアの視線が後方のドールたちに移る。


「……はい」


「そうか、分かった」


 アーラシュアは瞬きをして視線を戻した。


「……それで、結果はどうだった?」


「はい、結果から言うと、水龍はいませんでした」


 パーティーの臨時リーダーであるガーランドがそう答えた。


 水龍の正体は、俺の従者とされている後ろにいるスイ子さんが行ったアクションだけど、大事にしないようにとその事実を隠してくれている。


「そうか。何か影響や変化はあったか?」


 アーラシュアは随分あっさりした反応だった。


 やってきたガーランドたちの反応を見ると、もう少しリアクションを見せてもいいと思うけど、ギルドマスターだけあって落ち着いているのかもしれない。


「いえ、何もありませんでした」


 ガーランドは俺の家のことも黙ってくれているようだ。


 後ろにいる俺に対して敵対心を向けている二人が言い出さないかとヒヤヒヤしていたが、その気配はなさそうだった。


「水龍は姿を消し、森に影響はなし、か」


 そう言うとアーラシュアが俺に視線を向けてきた。


「それで、彼らは?」


 アーラシュアの視線が鋭くなる。


 何かに気づいているような気がするが、まだ確信には至っていないのかもしれない。


「……彼らとは森の中で出会い、力を貸してもらって無事に帰還することができました」


 ガーランドの声に淀みはない。


 嘘を言っている訳ではないので、後ろめたいことはないのだろう。


「ほぅ、あの森を無傷でいられるほどの実力者なのか」


 アーラシュアは俺とドールたちを見定めるように観察しているようだった。


「君、クリエダケイトだったな、生まれはどこだ?」


 聞かれたくない質問を飛ばされた。


 この世界の地名なんて知らないし、ギルドマスター相手に適当に言って誤魔化すというのも難しい。


(助けてガーランド)


「……それについてなのですが」


 俺の心の声が通じたのか、ガーランドが何かを説明してくれそうだ。


「彼は記憶の一部を失っていて、自分が何者でどこからきたのか覚えていないのです」


「……記憶喪失というやつか」


 アーラシュアは俺の顔から視線を落とす。


「見慣れない恰好をしているが、その服は上質な素材でこしらえた物に見える。後ろの従者もそうだが、どこぞの貴族ではないか? 君たちも何も覚えていないのか?」


 アーラシュアがドールたちに話しかけた。


 事前の打ち合わせをしていなかったが大丈夫だろうか。


「はい。私たちも記憶の一部を失ってしまったようですが、ご主人さまのことだけは覚えていましたので、こうして仕えております」


 ドールを代表してアス子が返答してくれた。


 言わずとも話を合わせてくれたようで、実に優秀なドールだと感心した。


「……森で何かをしていたところを魔物、あるいは水龍に襲われ記憶を失ってしまった、という線がしっくりくるか」


 アーラシュアは顎に曲げた指を当てて、瞼を閉じて考え込む。


「それで、彼を冒険者ギルドに登録して活動させることで、いずれ関係者と出会うことがあるかもしれないと考えたのですが、どうでしょうか?」


 話も終盤に差し掛かってきたのか、ガーランドが締めようと話のゴールを提案する。


「……そうだな、あの森から無傷で生還できる者ならタダ者ではないだろう。そうなれば関係者も多いはずだ。よかろう、ガーランドの推薦も加味し、彼を試験なしで冒険者ギルドの冒険者として認める」


 ここまでとんとん拍子で話が進んでいるが、そんな簡単に話が進んでしまっていいのだろうか?


 聞く限りでかなりの危険エリアにいた俺はかなり怪しいと思うけど、ガーランドの存在がそれを中和しているのだろうか。


 それともギルドマスターがポンコツなのか。


 その居住まいや雰囲気から、隙のない人物に見えるので、その線はないだろう。


 そうなるとあえて分かった上で泳がせているのかもしれない。


 俺が何も変なことをしなければ捕まることもないだろうし、特に気負うこともないかもしれない。


 話が終わり、俺たちは部屋の外へ出て、ここまで案内してくれた受付の女性に冒険者ギルドのカウンターまで案内された。


「では冒険者ギルドに所属するにあたり、こちらのカードに血液を一滴垂らしてください」


 その手のひらより少し大きいカードは真っ白で、何も書いていなかった。


 受付の女性が用意してくれた針を受け取り、ビビリながら人差し指に針を刺す。


「っ……」


 指から血が垂れ始め、カードに血液が落ちる。


 するとカードに不思議なエフェクトがかかり、灰色に変色して文字が現れた。


「えっと、これなんて書いてあるんですか?」


 文字が読めず受付の女性に尋ねると、何か信じられない物を見るような目でカードを睨んでいた。


「……あの?」


「あ、あぁ! 失礼しました!」


 俺が再び尋ねると女性はハッとなって居住まいを直した。


「これは【ドールマスター】と書いてあるのですが……」


「ですが?」


「……いえ、初めて見る職業クラスでしたのでつい驚いてしまいました」


「そうでしたか」


 どうやら俺の職業は【ドールマスター】という判定らしい。


 【ドールクリエイト】の能力を持つからだろうけど、初めて見る職業クラスと言われ、少し嫌な予感がしていた。


(これが杞憂ならいいけど……)


 それからクエストの受け方などを教えてもらい、俺は正式に異世界の冒険者ギルドに所属する冒険者となった。

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