第9話:冒険者

 一階へ降りるとキーコが階段下で待機していた。


「おはようキーコ、何かあった?」


「おはようマスター、これ」


 キーコの持っていた木のおぼんの上に、木製のコップと先端が解された小枝が置かれていた。


 知識として少し知っていた俺は状況を把握した。


 どうやらこれで歯磨きをするようだ。


「ありがとうキーコ、使わせてもらうよ」


「ん」


 コップと木の歯ブラシを貰い、洗面所へ向かった。


 洗面所と言っても、木製の流し台と蛇口があるだけで、鏡などはない。


 それでも十分だ。


 木製の蛇口から水を出してコップに溜めていく。


 ゴシゴシと解れた小枝の先端で歯を磨いていった。


 歯を磨くときは、横ではなく縦に磨くのが基本らしい。


 横だと歯の隙間を磨くことができないからだそうだ。


 こうして数分間磨き続け、口をゆすいで歯磨きを終える。


「ん」


 隣にいたキーコがおぼんを出してきたので、少し考えて、コップと木の歯ブラシを置いた。


「ん」


 キーコがおぼんを下げた。正解だったようだ。


 顔を洗おうか迷っていたらキーコが何かを察知したように顔をあげた。


「……どうした?」


「ご主人さま!!」


 外に出ていっていたアス子が鬼気迫る顔で戻ってきた。


 その雰囲気からただ事ではないことを察知する。


「アースゴーレムたちが人間に襲われています!」


 アス子の言葉にまさかと思いキーコを見た。


「ウッドマンたちも同じ場所で襲われてる」


 二人から衝撃的な出来事を聞かされた。


 これには眠気も吹っ飛んでいく。


 外にいたドールたちも戻ってきた。


「ご主人さま、どうなさいますか?」


 アス子が真剣な表情で判断を委ねてきた。


「えーっと、その人間たちに攻撃しちゃった?」


「いえ、まだしていません」


 良かった。まだ攻撃していないようだ。


 つまり相手から襲ってきたということだな。


「ご命令とあれば今すぐ始末致しますが、いかがなさいますか?」


「待った待った! うーん、とりあえずこの世界の人間とは会ってみたいし、そこまで行ける?」


 敵意を持って攻撃してきてる相手に近づくのは怖いけど、人間の俺が近づけば戦闘をやめてくれるかもしれない。


 楽観的な思考かもしれないけど、可能性はゼロじゃない。


 もし襲われても、ドールたちなら俺を護れる──


 本当に護れるのか?


 もし相手がドールたちよりも強かったら?


 相手のほうが力量が高いという可能性も十分ある。


「あー、今戦ってるの分かるんだよね?」


「はい」


「相手って強い?」


「問題なく処理できます」


 淀みなくアス子が答えてくれた。


 相手が奥の手を隠している可能性もあるから、まだ決めきれないな。


「ご当主様、もしよろしければですが、自分が相手の拘束をすることも可能かと思われます」


「どうやって?」


「石の牢獄を生成して捕獲いたします」


「なるほど……なるほど?」


「それくらいなら私もできます!」


 アス子が手を挙げて御影に対抗した。


「キーコもできる」


 横でキーコが。


「わたくしもできます~」


 後ろでスイ子さんが。


「わたくしめにお任せくださいマイマスター」


 アス子の横で火子が。


「うちは糸がないので何もできません~」


 シャトルは頭を下げている。


 みんなやる気満々だった。


 捕らえられるのなら大丈夫か?


「と、とりあえずその場所に移動してみよっか」


 事態が起こってから少し話過ぎてしまった。


 アス子の用意したアースゴーレムに乗って、俺たちは現場へと急行した。



 ◇   ◇   ◇



 移動を開始して数分後。


 アースゴーレムの物凄いスピードで移動した結果、あっという間に現場に到着した。


 前方で人間の冒険者らしい恰好をした男女たちがアースゴーレムとウッドマンたちと戦っていた。


 奥にいた魔法使いの恰好をした二人と弓を構えた一人が気がつき、矢がこちらぬ向けられ、飛んできた。


「あっ──」


 まさか問答無用で飛んでくるとは思わなかった。


 矢がどんどん迫ってくる。


 その動きがスローモーションのように見えたが、体が動かない。


 死んだ。


 そう思った。


「ご主人さま!」


 アス子の声とともに目の前に土の壁がせり上がったと思ったら、水、木、石、火の壁が怒涛の如く出現した。


 ドール全員が俺の身に迫った危機を防いだ。


 じゃあその次に行われる行動は──


 全員の顔が形容し難い表情に変わっていた。


 そう、敵の排除だ。


「──待て殺すな!! 捕まえろ!!!!」


 俺は慌てて命令を飛ばす。


 その命令とともに、冒険者たちの周りにそれぞれの属性の檻が発生した。


 何もなかった場所に突如現れた檻に囚われた冒険者たちは、戸惑った様子を見せる者や破壊を試みようとした者もいた。


「無力化いたしました」


 アス子が落ち着いた様子で結果を報告してきた。


 アス子以外も落ち着いた表情に戻り、ほっと一安心だ。


「じゃあ話しやすいように降ろしてもらっていいかな」


「かしこまりました」


 アースゴーレムの両手が下がっていき、地面まで降りたところで降りようとしたら、アス子が前に出てきて防がれた。


「お待ちくださいご主人さま」


 何事かと思ったら、最初にシャトルが降り、その次に火子、御影、キーコ、スイ子さんの順で降りていき、左右に整列していた。


 そうして最後にアス子が降りて列に加わり、そこでそういうものなのかと把握した。


 なんだか仰々しい状況に恥ずかしくなりながらも、俺も降りていく。


 そうして一番近くにいた土の牢獄に囚われている冒険者の元へ近づく。


 俺の両サイドにはドールたちが横一列に並んでいるので、何が起きても護ってくれるだろうと考え、俺はそれを信じて冒険者たちに近づいた。


 果たしてこれからどうなるのか、不安と期待で俺のテンションは有頂天だった。

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