第12話:抑止力
「どうぞ」
アス子たちドールが、水と切ったリンゴを全員の前に置いってくれた。
「ありがと、これもう食べていいの?」
魔法使いのミザリィがリンゴを手に取っている。
「ええ、どうぞ。美味しいですよ」
「じゃいただきまーす…………!?」
リンゴ齧っていたミザリィの表情が驚愕から笑顔に変わった。
どうやら笑顔になるほど美味しかったようで良かった。
「えーっと、話を整理すると、あなたたち冒険者さんたちは、昨日の水龍の調査でやってきたところを、ウチのゴーレムたちと遭遇して、身を護るために戦闘をしていた、ということで合っていますね?」
冒険者たちがアースゴーレムとウッドマンたちと戦っていた経緯を確認する。
「ああそうだ」
冒険者パーティーの臨時リーダーであるガーランドが肯定してくれた。
「それで、水龍の正体はスイ子さんの……水魔法みたいなものでしたが、どうしますか?」
調査をしにきた水龍の正体は、スイ子さんが現れたときに発生した演出だった。
これで冒険者パーティーも調査は終わり。となってくれれば嬉しいけど、多分そう簡単にはいかないかもしれない。
「……正直に言って判断しかねる。君たちの存在を公にだせば大事になるだろう」
ガーランドは表情を変えずに口を開いた。
「水龍やアースゴーレムを大量に使役する謎の存在となれば、下手をすれば討伐隊や軍隊を出される可能性がある。その討伐隊が君たちを難なく倒せるのなら、何も問題はない。しかし──」
「しかし?」
「君たちなら間違いなく討伐隊や軍隊を跳ね除けることが可能だろう」
ガーランドの額から汗が流れる。
「そりゃあまぁ、俺たちが襲われるなら全力で抵抗しますけど、なんとか穏便に済ませられる方法はないでしょうかね?」
もし仮に戦闘状態になったとしても、数の力で対抗すればどうにかできる算段はあった。
だが俺としても争いは極力避けたいので、どうにか争わなくて済む方向で答えを出したい。
「それは──」
「別に簡単な話じゃない?」
ミザリィが割って入ってきた。
「そうなんですか?」
「アンタも冒険者ギルドに冒険者として登録しちゃえばいいのよ!」
ミザリィは会心の答えだと言わんばかりにそう答えてくれた。
「……そうですね、冒険者として登録してランクを上げていけば身の保証はされるますね」
金髪剣士のジェスが合わせるように話す。
「なるほど」
二人の言い分も理解できる。
住所不定無職よりも、高ランク冒険者という肩書があれば、それだけで信用に繋がりそうだ。
「で、でも、水龍はどうするんですか?」
白いローブを被ったヒーラーのリリンが解決していない疑問をあげる。
「それだって簡単よ、ケイトだっけ? ケイトが手なずけたってことにすれば、凄腕の冒険者として一躍有名になれるし、一気に名も広がって受けられるクエストも増えて、ランクも上がりやすくなって、良いことずくめよ!」
「いやでも結局この人が危険人物だっていうことには変わりないですよね……?」
「うっ……」
そう、根本的な部分が解決していない。
この強大すぎる力は何かとトラブルを呼び寄せそうだ。
俺の力を欲しがる者、利用しようとする者が現れてもおかしくない。
「安全であると分かれば問題はないはずです。それならギルドマスターをここに直接連れてくればいいんじゃないですか?」
ジェスが提言した。
「お前正気か? こんな危険な場所に連れてこられる訳ねーだろ」
男の魔法使い、ローランドがそれに反対する。
「オレも反対だ」
それに追随するようにエルフの弓使い、ティグレスも反対した。
「反対する理由なんてないでしょ、アンタたちは何を反対してるの?」
その二人に向けてミザリィが面倒くさそうに声を向けた。
「コイツは危険すぎる。今ここで相打ち覚悟ででも殺すべきだな」
ローランドの鋭い視線が俺に向けられた。
「アンタ馬鹿でしょ? アタシたちが戻って報告してもしなくても結果は変わらないんなら、生きて戻るほうがいいでしょ」
「違うな。オレたちはスペシャリストとして集められたパーティーだ。そのオレたちが勝てない相手に、街のやつらが束になっても勝てる道理はないだろう」
ミザリィの意見にティグレスが冷静に分析して返した。
やはり俺の存在が危険すぎるようだ。
中途半端に戦力を用意して、その結果脅威だからと軍隊を送られてしまいなら、それならそうならないようにするしかない。
「あのー……」
その意見を話すために、冒険者たちのやりとりを一旦止める。
「すまない、なんだね?」
ガーランドは未だに難しそうな顔をしている。
「討伐隊や軍隊を送る理由って、なんでしょうね?」
「…………」
俺の質問に全員が静まり返る。
「お前バカか? お前が危険人物だから討伐するために討伐隊や軍隊が派兵されるんだろ」
ローランドは呆れたように肩をすくめた。
「それならなんですけど、俺に対して戦う気が起こらないほど俺が戦力を用意すれば、解決できるんじゃないでしょうか?」
「……!!」
今の俺の発言で場が凍り付いた気がした。
「貴様、正気か?」
ティグレスが眉を険しく寄せている。
「俺を倒そうと思うから戦力を送ってくるなら、俺に攻撃したらただでは済まない状況になることが相手に分かればいいと思うんですよね。抑止力ってやつです」
「……君は、その力で何を成すつもりなんだ?」
ガーランドの声が一段低くなったように聞こえた。
「俺はこの世界で大人しく、普通に生活できればいいなと思っています。だから誰かに危害を加えられない限り、こっちから手を出すことは絶対にしませんよ」
争いは極力避けたい。
それなら相手に争う気を起こさせなければいい。
「その言葉は、信じていいのか?」
「はい」
「…………今は君のその言葉を信じよう」
なんとかガーランドは理解を示してくれたようだった。
そして今まで誰も手をつけなかったコップを手に取り、水を喉に流し込んだ。
「ありがとうございます」
毒が入っているかもしれない水を飲んでくれたということは、俺を信用したという意思表示なのだろう。
水を飲んでくれたこと、意思表示をしてくれたことに礼を言った。
ちらりとローランドとティグレスを盗み見たが、ローランドは諦めたように頭を振り、ティグレスは無言のまま瞳を閉じていた。
「水龍の件は、そんなものはここにはいなかったと報告しておこう」
水を飲んで息を整えたガーランドがそう発言した。
「……それで大丈夫でしょうか?」
リリンが心配そうにガーランドではなく俺を見ていた。
「きっとどこかへ行ってしまった。実際ここには水龍はいないだろう?」
ガーランドが苦笑いとはいえ、初めてその表情を崩した。
俺の中の張り詰めていたものが緩み、気が少し楽になった。
「た、確かに……」
リリンはスイ子さんに視線を移す。
「みんなもその通りによろしく頼む。迂闊に龍を刺激して余計な被害は出したくないだろう?」
ガーランドは主にローランドとティグレスに向けて言ったのだろう。
ローランドはつまらなさそうに生返事を返し、ティグレスは無言のまま頷いた。
「それじゃ決まりね!」
パチンとミザリィが手を叩き、場の雰囲気をまとめる。
「とりあえずケイトさんは一度街に行って、冒険者ギルドに登録したほうがいいでしょう」
ジェスの言う通り、ここは一度街に行ったほうがいいだろう。
それに俺自身この異世界の街がどんなものか気になっていた。
これは絶好の機会だと思い、その話に乗っかる。
俺の身元を確かにしつつ、俺が危険人物ではないことを広め、冒険者ランクを上げて信用を勝ち取っていき、この世界で平穏に暮らしていくには必要不可欠なことだ。
「分かりました。移動はアースゴーレムで行いますので、街まで案内してもらっていいですか?」
こうして俺は異世界の人々が住む街へ向かうことにした。
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