第26話 決闘ノ参
「どっちだ!?」
「まにあったか!?」
「投げるんならアイツに投げたらええんにー」
「刺さったらルーの反則負けになるだろ!」
観客席のどよめきの中、エイラムは垂れた舌で口の回りをペロリと舐め口角を上げた。
「付いて来れるか?人族が」
間に合わなかった。そう確信させる笑い。
俺はエイラムの脇を減速すること無く駆け抜け、とにもかくにもククリの回収を優先させる。
その時、耳の奥にどこかで聞いた事のある振動を感じ、思わず音の方向を見る。
音源はエイラムの太もも。微かだが確かに振動音を発している。ガラス玉を接触させて振動させる。そんな硬質な振動音だ。
地面のククリを拾い上げ、防御の型に構えて呼吸を整える。その脳裏に音の記憶が蘇る。
ヨゼフさんが剛力の自己強化を見せてくれた時だ。あの時は腰から上がこの音を発していた。その時の言葉は……。
「ルーくん自己強化の剛力、俊敏、持久は綱引きの関係にあります。そして強化は素の能力の高さに比例します。なので私の剛力とソフィアさんの剛力では天地の開きが有るのです」
対面するエイラムが、少しだけ腰を落して軸足を地面にグリグリする。
音の場所。エイラムの言葉。この2つからエイラムの使った法術は俊敏の自己強化だと思う。
そして元々俊敏に優れたエイラムが、更に俊敏をブーストしたら……。
俺は意識を集中して、エイラムの動き出しを見つめ、防御の型をしっかりととった。
ドン!
土煙と共にエイラムが一瞬で眼前に迫る。咄嗟に出したククリは何とか攻撃を跳ね返し連撃に備える。
?
次が来ない。
見ると、エイラムが不思議な顔をして自分の身体を眺め、気合を入れ直して再び腰を低くした。
ドン!
再び素晴らしいスピードで眼前に迫るエイラム。だが……何倍にも感じるようなスピードじゃない。
キン!キン!
動きは相変わらず直線的だし、しっかりと見ていれば、防御に意識を割いていれば、ぎりぎり反応出来ないスピードじゃない。
そして攻撃を受けたククリに感じる力がさっきよりも弱い。
スピードが上がればそれだけで打撃力が上がるのは物理の法則だ。
なのに……。
◇
おかしい!オイラの法術は確かに発動した。エーテルの流れも感じる。なのにスピードは少ししか上がらない、しかも明らかに力が落ちている。
小刀を握り直し、エイラムはルーを睨む。
アイツが、何かしたのか?オイラのスピードは〇〇様も認めた白狼の名に恥ずかしくない物の筈。
く……この苦しさはアイツの……ルーのプレッシャーなのか、あるいは人族の固有スキルなのか?
オイラは……オイラはルーに勝って、このチームに居場所を作らなきゃないけないのに。
なのに……。
「なんでだよ!なんで法術がおかしいんだよ!」
◇
身体強化によってエイラムのスピードが上昇していたのはものの3分程だった。
あの振動音がまだ聞こえるという事は、法術はまだ発動しているのだろう。
「なんでだよ……」
俺はこみ上げる怒りに、歯を食いしばった。
エイラムの攻撃は速度を失い、そして軽い。振られた小刀をククリで払いのけるだけで、エイラムはたたらを踏み、距離を取る。
俺はこの法術がおかしい訳を理解してしまった。
間違いないだろう。
スタミナ切れだ。
ヨゼフさんが言っていた剛力、俊敏、持久の綱引き関係。それは俊敏を10上げようとするなら、剛力と持久に最低でも5の余力が必要という事だ。
エイラムが俊敏の自己強化をした時、すでにアイツはくたくただった。その枯渇したスタミナがが足を引っ張って法術が十分に機能していないのだ。
条件が整っていないのに使われた法術は、足りないスタミナを完全に枯渇させ、まだ余力のあった力までも奪っている。
「なんでだよ……」
俺はエイラムを睨みながら、再度つぶやく。
もし開幕と同時に使っていたら。
もしちゃんと鍛錬していたら。
アイツは元々の高い身体能力に加えて法術まで使えるのに……。いくらでも強くなる方法があったのに……。
異世界に憧れ、強さに憧れ、魔法に憧れ……。なのにせっかく来た異世界は俺の知ってる異世界じゃなくて、俺には力も魔法も、生きる術すら無くて……。
「なんで!持ってるお前が!そんななんだよ!」
ガキン!!
弾かれたエイラムの小刀は、弧を描いて宙を飛んだ。
ククリをブーツに押し込んだ俺は、バランスを崩して尻もちを付いたエイラムに無造作に近づき、両手で胸ぐらを掴む。
「ふざけんなよ!それだけ恵まれてて、なんの努力もしねーで回り見下して!そんなくだらねえ事しかできねえんなら!俺と変われ!今直ぐ変われ!」
俺はエイラムに繰り返し頭突きを見舞う。
俺の目から流れる涙は、痛いからじゃない。悔しいからだ。
「俺だって力が欲しかったさ!法術だって使いたいさ!でもダメなんだよ!俺じゃダメなんだよ!法は肉、技は付与、名は俊敏、授け給え!ってどんなに練習したって……」
キィィィイイン
「な、なに!?」
「「「なんだ??」」」
ガラス玉を振動させたような音が、俺の耳に響いた。
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