第14話 グループ
教室の机で居眠りから覚めた。
窓から流れ込む風はカーテンを優しく揺らし、少し汗ばんだ首筋を冷やしてくれる。
「俺の手だ」
木村竜治は学生服の袖口から伸びる自分の手をマジマジと見つめ、5才児に転生した夢を興奮と共に思い出す。
「俺!異世界行ったんだ!」
彼の周りには誰も居ない。
腰を浮かせ大声を張り上げた筈なのに、誰も彼に振り向かない。椅子が後ろに倒れ大きな音がしても、ソコにいるクラスのヤツの名前を呼んでも、誰も彼に振り向かない。
「……無視……すんなよ……」
消え入りそうな小さな声。
だが、その声にクラスの全員が振り向く。
「は?自分で透明人間になりたがったんじゃねえの?」
「話し掛けても無視したくせに」
「こそこそ見てて気持ちわりーんだよ」
「いじめにならねえように無視するコッチも、気い使ってんだよ」
顔のないクラスメートが口々に彼を罵る。
「……だけど……」
不快な視線に晒され、目を逸らして俯き、つま先を出口へ向ける。そしていつもの様に辛い空間から逃げようとする。
『ここから出てって嫌な事の無い場所を探すか?』
ちょっとだけ懐かしい声が心に響く。
「……いや」
彼はつま先をクラスメートに向け、泣きそうだった顔を上げて正面を見据え、そして不器用に笑った。
風が吹き込み、カーテンが大きく揺れて視界を遮る。ふわりと降りたカーテン、その向こうにはハッキリと顔のあるクラスメートが立っていた。
ドスン。
学校の床が揺れた瞬間に目が覚めた。
控えめの照明、板張りの室内、がやがやとした話し声。
「5才児……か」
彼はソファの上で上体を起こしながら、自らの手を眺めた。
「おっとスマン起こしちまったか。手どうした?オレが座っちまったか?」
改めて周囲に目を配ると、教室ほどの広さの部屋にテーブルや椅子やソファーが不規則に配置され、10人程ジョッキやカップを手に会話をしたりカードをしたりして寛いでいる。見える範囲では人族よりも他の種族の割合が多く、犬・猫・猿・と種族も豊富だ。
皆それぞれのベルトをしてポーチと武器を下げている。だが衣服を着用しているのは人族だけだ。それ以外はみな裸……いや毛皮で、ズボンやブーツを履く者も居ない。
この雑然とした賑やかさが俺の記憶を刺激して、教室の夢を見させたのだろうか。
「ちょっと見せてみろ」
ソファに座った時に、俺の手に座ってしまったのではないかと、済まなさそうにしているのは猿族だ。
その猿男さんは俺の右手に自分の両手を重ね、更に両手を重ねた。
……?
手が四本ある!?
驚いた俺は、猿男さんを見つめたままカチンコチンに硬直した。
「こらドンゴ!怖がらせてんじゃないよ」
「ソフィアの姉御!いや、手に座っちまったみたいなんで大丈夫かと」
「ドンゴ、あんたは心持ちは優しいけど、顔が凶悪なんだからいきなり近づいちゃ怖がるだろ」
ソフィアの言葉に、部屋が穏やかな笑いで包まれる。ドンゴを慰める声や、悪ノリしてソフィアに同調する声が飛び交い、更に笑いを誘う。
「あの、ドンゴさん大丈夫です。痛めてませんので気になさらずに」
確かにちょっと怖いドンゴさんの顔のせいか、自然に言葉が丁寧になる。
「……うわぁ。ガキが使う言葉じゃねえな」
「……すげえな」
く、そんなに変なのか……だが今更演技いれても不自然だしどうせボロもでする、慣れて貰う方向で。
ソフィアが手を打ち鳴らして注目を集める。
「さあ、共鳴訓練するよ!前回の評価毎に分かれるんだ」
その声に隣の部屋からも人が入ってきて、教室程の広さのこの部屋に20名程が集まった。
3つのグループに別れているのが見える。堂々とした少数、ニヤけた多数、居心地悪そうな少数。俺はソファに座ったまま一番近くにいる”居心地悪そうな少数”へ聞き耳を立てる。
「また怒られる~」
「苦手なんだよなぁ」
「ウチ、距離以前に繋がらんし……」
人族、犬族、兎族の苦い顔の3人にソフィアの声が飛ぶ。
「そこの”不可”の3人は、とにかく安定して繋がるようにならないと、仕事に連れてけないからね」
「「「へい」」」
「にやにやしてる”可”のお前達だって大差ないんだから!時間と距離伸ばしな!」
「「「へーい」」」
「”良”のお前達はイメージ転送の訓練だ。前回出来たヤツはコツを掴んじまいな」
「「「へい」」」
何が始まるんだろう。軍隊っぽいこうゆう仕切りも何故か興奮する。ソフィアの姉御カッコいい。
周りの反応の見る感じソフィアは偉い立場の人のようだ。仕事とか言ってたけどなにする組織なんだろ。
ワクワクする俺をよそに、部屋はシンと静まり返った。
”良”と呼ばれたグループは険しい顔で、眉間に指を当てたり腕を組んだりして互いに背をける。
”可”のグループは円陣を組んでいるがやはり互いに背を向けている。
”不可”のグループは額を突き合わせて互いに手を繋いでウンウン唸っている。
ねえ、なにやってんの?ねえ。
「”可”の組みは、共鳴できたら外へ出て距離を伸ばせ、時間を計るのも忘れるなよ」
そう言われた”可”のグループ15名程は部屋を出てゆく。
見送ったソフィアは”不可”のグループに近づき、気付かわしげな顔で見守っている。
そんなソフィアに、俺は小声で尋ねる。
「何をしてるんですか」
「これは共鳴訓練だ、こうして訓練をすれば距離も時間も向上する事が分かってな。ルーお前は出来るか?」
いや、そもそも”共鳴”がワカラナイです。
聞くと、共鳴とは幽体の振動を同調させる、声帯と鼓膜を介さない情報伝達方法だと言う。
「テレパシーですか!?」
思わず上がったテンションのまま声に出してしまい、集中する人たちに睨まれた。ゴメンナサイ。
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