第13話 選択肢
「そのコゾウ貰ってっていいか」
その声に俺はハッと顔を上げる。
この体でも俺の耳の良さは健在だ。聞き覚えのある声に俺は縛られたまま振り返る。
「犬男さん!」
「その呼び方ヤメロ。差別的だぞ」
そこに立っていたのは、昼過ぎに俺のリュックをくんかくんかし、ギルドの存在と場所を教えてくれた、あの犬族の男だった。
「ん?知り合いかダフィ?」
「いや知り合って程でもねーんだが、そのボウズをギルド行かせたのオレだわ」
ダフィと呼ばれた犬男さんは、俺との出会いの様子を仲間に説明している。
「それで一旦かくれたのかニャン?」
「その方がコゾウの本性が分かると思ってよ。選択肢が見つからなかっただけだと思うんだ。なぁいいだろ?お前らだってたまに横流ししてるじゃねえか」
なんだろう横流しって……。
この倉庫で最初にドアを少しだけ開けて即閉じたのは、犬男もといダフィさんだったのか。人族はその場の空気に同調しやすい種族だからとダフィさんは言った。
……否定できん。
緊張から安心の落差で、話を合わせてしまったかも知れない。
「なあいいだろ?この歳で準犯罪者登録されちまったら、それこそ犯罪者になるしか選択肢がねえじゃねえか」
そ……そうなの?
「まぁ隠してもすぐバレるしニャ。普通の雇用主は雇わないニャ」
「あの、盗まれたリュックは……」
「盗まれたかどうか確認しようがない。仮に本当でも諦めな、命盗られなかっただけ良しだろ」
もやもやするが、言い返せない。
「ボウズ身寄りは?」
「ワンドさ……連絡しようがないです」
「寝床は」
「無いです」
「金は」
「無いです」
「食料は」
「盗られました」
詰んでるのを自覚させられた。
異世界来たのに無い無い尽くしの挙げ句、準犯罪者の烙印を押されてしまうのか?どっかにリセットボタン無いのかよ。
キョロキョロする俺は、縄を解かれた。
「じゃ、誰も来なかったっつーことで」
「うむ」
「「ミャ」」
「じゃ、ボウズ。付いて来い」
「……はい」
流されているのは分かっているが、どうしようもない。迷子から漂流になっただけだ……悪化してるな。
「あの、ダフィさん。ワンドさんって知りませんか?」
歩きながらの俺の問に、ダフィさんは振り向かずに答えた。
「知らねえが……よそ者のガキが、ほうぼう訪ね歩いた末に現れて……そいつは大丈夫なのか?」
……わ、分からない。考えて無かった。
確かに見回りから俺をこっそり逃がす為に山から降ろしたのに、俺が人を頼ってワンドさんを探すのはマズい気がする。
俺は言葉が見つからず、ただダフィさんの踵だけを見て、その後を付いて行った。
◇
ダフィさんの斜め後ろをずっと歩いて、ボロズの町を出た。
もぐもぐ。
俺のほっぺは今パンパンだ。リスや猿に負けない自信がある。
「ほへあいおいうあんえうあ?」
「食うかしゃべるかどっちかにしろよ」
右手に串焼き、左手に薄パンに挟んだ肉サンドを持ち、スケート選手ばりに、交互に頬張る。
どっちもメッチャ美味い。
串焼きの肉は不明だが、歯ごたえのある肉は脂身が少なくあっさり目、肉の間に挟まれているチーズ風の何かが、噛んだ途端にとろりと溶ける。その隣の葉野菜は、同じ串に刺さっているのに何故か冷たい。
サンドの肉はジューシーで肉汁たっぷり、薄パンは表面がパリパリ。肉汁が触れている部分のパンがしっとりしない謎仕様。
食感と温度差が口の中で奏でるワルツは、前世では到底味わえない不思議で嗜好の一品だった。
リズや親父さんが作った飯とは、根本的に何かが違う。きっとこれは料理人しか知らない魔法的な何かが使われているに違いない。
これで道端の屋台メシだというのだから、この世界の食文化は俺の貧相な経験や想像など到底及びも付かないレベルのようだ。
これは人生の目標を食べ歩きに設定してしまう程のカルチャーショックだ。
なんか色々アレがアレだし、もうオレツエーを忘れて、目標を食べ歩きにして良いような気がしてきた。
「どうしようもない事悩んでねえで、取り敢えずコレ食っとけ」
そう言ってダフィさんに町中でごはんを買ってもらった俺は、もやもやするだけの思考など吹き飛んでしまった。実際どうしようもないのだ。
見回りに見つからなかった。準犯罪者登録されなかった。それだけが紛れも無い事実だったから。
美味い物を腹いっぱい食った俺は、こんないい加減な自分の考えすら好きになるほど幸せだった。
ダフィさんが気遣わしげに俺を見る。
「結構な速さで歩いてるが、疲れてねえか?背負ってやろうか?」
「大丈夫です。山育ちで鍛えられてますから」
俺の言葉に少し残念そうな顔をするダフィさん。
何言ってんだおんぶとか恥ずかしい。あっさり断ってしまってからダフィの背中を見る……。首元の毛は細く柔らかそうで……。
……くっ……モフモフチャンスだったのか。
あまりにもサクッと断ってしまった為に、今更やっぱりとか言えない。今の所もっかいやらしてくれないかな。
町から結構離れた林の中。満腹感で眠気が迫る頃。
こちらに気付いて手を振る影がある。
ダフィさんとよく似た茶の毛色、少しだけ小さい体格。サスペンダー式の腰ベルトは肩ベルト部分にも小さなポケットが沢山付いていて、ミリタリーベストを思わせた。左右の腰に下がるナイフは小剣と言っていいほどの大きさだ。
「ソフィア姉、待たせたか?」
「いいや、その子かい?賢そうなボウズってのは」
ソフィアと呼ばれた犬女さんは、ダフィの姉のようだ。じっくりと品定めするように俺を見るその目は、さっき屋台で串焼きを選んだ時のダフィのそれだ。
食べないよな。……な。
「じゃ、あとは頼んだぜ」
「ああ、それなりにまかしときな」
尻尾を振って立ち去ろうとするダフィさん。
「あの、行っちゃうんですか?」
「オレはあの町の憲管だからな。外泊は申請が必要だ」
憲管とは捜査を中心に行う役人だそうだ。実力行使前提である憲兵の下部組織で、前段階の捜査や警告をするのが仕事だとか。警察みたいな感覚だろうか。
役人が横流しですか。
流して貰ったブツである俺が言うのもなんですが。
悪徳警官とか、灰色の公人とか言うヤツですか。
「ボウズ名前は?」
「き……コホン。名前はルージィです」
「あたいはソフィアだ。ついて来な、ルー」
なんかまた名前が短くなったが、気にしたら負けだろう。長くなるよりいいと考える事にする。
歩きながらこれからの俺の立場が告げられる。
まず準犯罪者に登録させない為の措置だった事。ファミリーの一員として早く馴染む事。共同生活の中で仕事を覚える事。
そんな説明をされながら、斜面のキツくなり始めた森の中を進んで行く。
何度も渓流を渡り、岩場を通り、時には木を登って枝を渡る。そのルートは痕跡が辿れない様に、実に良く考えて構築されていた。
「なかなか頑張るね、疲れないか?」
モフモフは二度訪れる。今度は前髪を掴むぞ。
「……はい。少し疲れました」
そして柔らかそうな背中をチラチラ見る。
「ん?背負って欲しいのかい?ははっ大人びた喋り方しててもまだ子供だね。ほれ、いいぞ」
よっしゃきたーーー!
「匂い嗅いでるだろ?ヤメロ。み、耳は触るな……まぁそのくらいなら……」
背負初めは二足だったソフィアさんは、シームレスに二足歩行と四足歩行をと行き来し、山道を進んでゆく。
その走破性とスピード感に、俺は人族の劣等性を見てしまった気がした。
◇
「急に重くなったね、ルー……おい……」
ルーこと木村竜治は、動くモフモフに乗って風を切って移動するという至福の時の中、お腹の張り具合も手伝って、いつの間に眠ってしまっていた。
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