第12話 求人

 お姉さんに貰った地図を片手にボロズの町を行く。

 多様な種族の多彩な出で立ちは、下がり気味だった俺のテンションを再び上昇させ、異世界での初仕事に向けて足取りを軽くして……。


 「あ!ワンドさんに……」


 親父さんの知人である、ワンドさん宅に行かなきゃならないのを、忘れていた。

 ギルドと聞いて舞い上がってしまった。


 さて……どうしよう。


 求人に申し込みしちゃったし、雇い主が待ってると受付のお姉さんは言っていた。

 ワンドさんの所に着く日時は決まってる訳じゃないから、そっちは時間的制約は無い。


 先にこっちか。


 お姉さんから貰った地図を見ながら、裏稼業と書かれた求人を思い出してみる。


 ギルドに正式に出された求人で犯罪行為とかあるだろうか?……いやまさかな。となると……コレはあれか?隠れて人助けとかしちゃう系か?何とか仮面系か?秘密の正義の味方系かも。


 行くと決めた以上、ネガティブな事ばかり考えていても仕方がない。まずココに顔を出して、そこで教会を聞いてワンドさんの所を目指そう。俺は人が見たらチョロい程簡単にメンタルを回復させ町を行くのだった。


 通りの大きさと人の多さに歩幅は比例するのか、幾つかの角を曲がり、狭く人通りの無い路地へと入り込む程に、俺の歩幅は小さくなり、目は不安げに周囲を見渡すようになっていた。


 薄暗い路地、窓の間隔の狭い修繕の行き届いていない建物。その窓辺から音がする。音を頼りに視線を向けると、わずかに開かれていた戸が閉じられ、今度は別の所から別の音がする。


 心臓が早く打ち出し、緊張を自覚する。不安?恐怖?俺はまだ分類不明の感情に蓋をするように地図を睨み、足を動かすが……。


 ドン。


 背後から何かにぶつかられ、前のめりに転ぶとすかさず押さえつけられ、即座に開放された。


 「……え?」


 起き上がった時には、狭い路地には誰も居ない。そして背負っていたリュックも無くなっていた。


 「え?」


 一瞬の事過ぎて呆けが止まらない。悲鳴を上げる間もなくリュックを盗られてしまった。……プロい……。


 「あ!」


 俺は思い当たって立ち上がるが、もう周囲はさっきの不穏な静けさを取り戻し、逃亡者の足音の欠片も聞こえない。


 なんて事だ。リュックには食料や罠だけでなくワンドさんへの手紙とそこに至るまでの地図が入っていたのに。


 誰か!と助けを呼ぼうとして、俺は怖くなった。この路地全体が俺を獲物として見ている。そんな気がした。


 俺は、この手に残された地図だけを頼りに、逃げる様にその路地を後にした。



 「多分……ここだよな」


 地図と同じマークが記された倉庫。窓は高い位置にしか無く、倉庫正面の大きな鉄扉は閉じられており、閂は汚れと錆が浮いている。周囲に人影は無い。右脇の小さなドアの取手は汚れが無く、何者かの出入りがあることを示している。


 親父さんとリズを思い出す。獲物の痕跡を探す為の集中観察はすっかり俺の中に習慣付いたらしい。


 その親父さんの託してくれた手紙は盗まれてしまった。警察のような所へ届ければ帰って来るだろうか。


 俺は頭をブルブルと振って、混乱を振り払う。今は雇用主に合うのが先だ。良さそうな人だったら盗難にあった事を相談出来るかもしれないし、もしかしたらワンドさんを知っているかも知れない。


 大きな鉄扉は数ヶ月は開けていないだろう。正面の大きな鉄扉を使わないなら、そもそもこの大きさの倉庫は必要ない。小さなドアしか使わない理由は何だ。この世界の普通に疎い俺に予想は出来なかった。

 ただ、来た道順を再度確認し、逃走経路を想定しながらドアを叩く。


 コンコン。


 ……。


 コンコン。


 ……。


 中で話し声がするが、ノックに気付かないのだろうか。


 ドンドンドンドン。


 話し声が止み、ドアの向こうに足音が近づいて来る。2人……いや、3人……か。

 足音はドアの前で止まり、内側から解錠されると片目が見える分だけドアが開いた。


 視線を下げて俺を発見した目は、何も言わずドアを閉じた。


 「え?」


 カチャっと音がして、再び小さくドアが開く。


 「あの、ギルドの求人で来たのですが……こちらで合ってますか」


 俺の言葉に僅かに目を細めたその人物は、ドアを開けて俺を倉庫の中に招き入れた。

 人族が一名、猫族が二名。倉庫の中はガランとしており、カウチとテーブルがあった。テーブルの上には飲み物の入ったマグカップが4つ。

 俺は勧められるままにカウチに腰を下ろした。


 猫族は2名とも短いベストを着ていたが、ポーチと剣を腰のベルトに下げている意外は、何も身に付けていなかった。あのベストはオシャレ装備なのだろうか。


 「ギルドの求人で来た。で、間違いないんだな?」


 「はい。条件の無い求人がここだけでしたので」


 「そうか……」


 続く言葉も無く、重苦しい空気が倉庫内に停滞し、俺は息苦しさから逃れる為に左右に立つ猫族を交互に見る。その時正面の人が沈黙を破った。


 「じゃ逮捕」


 一瞬で左右から腕を捕まれ、気づけば後ろ手に手錠を掛けられていた。


 「ちょっ!なんですか!」


 抗議の為に男に伸ばした手が手錠からするりと抜けてしまう。カチャンと床に落ちる手錠。


 「ありゃ。小さすぎて手錠が効いてないか。縛るから泣くなよ、泣いたら口まで塞がなきゃならないからな」


 「ちょっと待って下さい!なんで逮捕されるんですか!」


 ロープで縛られながらも、俺は抗議を続ける。


 「潜在的犯罪者、犯罪予備軍。呼び方はいろいろだが、裏稼業なんて求人によってくるヤツがまともな訳はないんでな。あの求人は張りっぱなしだよ。よそから流れてきた犯罪者がたまに釣れるんでな」


 なんてこった。常設依頼あったのか。こんな形で。


 「待って下さい!俺まだなんにもしてませんよ?勘違いで求人申し込んだだけですよ?逮捕って!」


 猿ぐつわを見せられ、俺は大人しくする事にした。


 縛られた俺は床に座らされ、倉庫に居た3人がテーブルを挟んだ向こう側で”猫人猫”の順にカウチに腰を下ろす。俺はこんな状況なのに3人の字面が猫の顔文字っぽいななどと考えてしまった。


 「なんだ?」


 「い、いえ。俺はどうなるんですか」


 「見た目ガキニャのに妙な喋り方するニャ」


 おぉ。猫男さん喋った。語尾がニャとか分かってらっしゃる。


 「気持ち悪いニャン」


 おおぉぉ。どうやらこっちは猫女さんだったらしい。見た目じゃ分からないな。


 「お前は確かに何もしてねぇがそれは”まだ”ってだけだ。お前は憲兵所に連れて行かれて準犯罪者登録される。何か問題を起こしてもすぐに捕まるぜ」


 「準犯罪者は夜間の行動や立ち入り地域が制限されるニャ」


 「ちょっと待ってください。俺はギルドの事も町の事もよく知らなくて、これしか無条件の求人が無かったってだけで、犯罪するつもりなんてありませんよ!来る途中リュックを盗まれて知人への手紙もなくしてしまって……」


 「スリは拾った。詐欺は助ける気だった。殺しは身を守っただけ。みんなそう言うニャン。明日の飯が心配だったからと言って誘拐して良い事にはならニャイニャン」


 やばい。喋り方が可愛すぎて何言ってるか分からない。


 「えっとワンドさんってご存知ないですか」


 「お前が言ってるだけだよな。お前は自分の意思でギルドへ行き、自分の意思で裏稼業の求人に申し込みした。その事実が優先されるんだ」


 なんてこった。


 俺は異世界の町に来て一日目で、準犯罪者として監視されるのか。行動を制限され事件が起こればまっさきに疑われる要注意人物。俺は変な称号を得てしまうのか……。盗まれたの俺なのに……。


 俺は身に降りかかる理不尽に対抗する術も知らず、力なく項を垂れた。


 その時。


 「そのコゾウ貰ってっていいか」


 背後から声が掛かった。

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