第11話 ギルド

 「はい。無理です」


 メガネ美人のクールな受付嬢は、その澄んだ声でNOと言った。なんでや。


 唐突な登場と宣言で時間が止まったかのようになっていたギルドロビーは、数瞬の間を置いて時の刻みを思い出す。


 「なんだ田舎もんのガキか」


 「笑わすぜ」


 次々に興味を失って外れてゆく視線。

 そのなかで唯一見据えたままの視線の持ち主が、その眼鏡の奥の碧眼を閃かせ、手の平をお辞儀させて俺を呼ぶ。


 受付カウンター前まで行った俺は、受付嬢を見上げる。

 銀髪クレオパトラカットの光る髪に浅黒い肌、四角い眼鏡の奥の碧眼。ドキドキするような美人だった。


 「これが”はい”の仮申請書。毛髪を付けて提出してね。それと”無理”は薬草取りなんて依頼はないよの」


 俺は渡された紙をツマミながら、質問する。


 「薬草取りとか、ゴブリン退治とかの常設依頼無いんですか」


 「?……ここは申請窓口だから、質問はサービス窓口……」


 受付嬢は少し首をかしげてからカウンターの右側に視線を送り、サービス窓口に誰も座っていないのを確認すると、クールな表情のまま説明してくれた。


 「ごぶりんは知らないけれど、常設依頼という物はないわね。ギルドは雇用主と登録者との仲介をしたり、一日中食事や買取りのサービスを提供する所よ」


 深夜でも早朝でも空いている代わりに、商品は割高だそうだ。コンビニかよ。


 「ハゲりん。ごぶりんは貴方の友達かしら?」


 「ハゲりんって呼ぶんじゃねえよ!求婚すっぞ!」


 ロビーに居たハゲの人に流れ弾が当たった。求婚って?


 「どんな風習の所から来たのかは知らないけれど、麦や豆が管理栽培されているのと同様に薬草やハーブも栽培されているわ。契約農家の完全有機栽培ポーションがギルドでも売れ筋よ」


 俺は頭をフライパンで叩かれたような衝撃を受けた。


 そうだよ。言われてみればそうだ。農家があって管理栽培の技術があるのなら薬草や毒消しの栽培も当然じゃないか。仮に栽培が難しい種だとしても、子供でも取れる野草の採取にコストを掛けたら実売価格で勝負にならないじゃないか。


 なぜ疑問にすら思わなかったのか。その事実が俺の衝撃を大きくしていた。


 「ボク、大丈夫?」


 受付嬢に声を掛けられ、俺は我に返った。


 仮申請用紙の記入項目は簡素な物で、氏名・年齢・身長・体重・種族・性別だけだった。


 この紙で、この世界での種族の分類を知る。人間は人族。獣人は人と獣の割合に関わらず犬族や猫族と分けるようだ。


 族欄の前に、人・犬・猫・狼・虎・獅子・馬・牛・豚・鳥・魚・その他の文字があって、俺は人に丸を付ける。これで”人族”って事だよな。


 ここに書かれている種族が主な種族ってことだろうか?陸上種族に比べて鳥・魚って括りが大雑把なのは、ここに来る数が少ないからだろうか。


獣人とか言わないように気を付ける事にしよう。


ロビー隅に押し込まれた身長体重を同時に計る機械に乗って数値を計って各項目に記入、髪の毛を添えてクール受付嬢に提出する。


 「これで大丈夫でしょうか?」


 受付嬢は俺の言葉に一度、出された紙を見てもう一度、ピクリと眉を動かして、紙を受け取った。


 「言葉遣いも妙だけれど……字もやけにきれいね。これで仮登録されたわ。何か一つ仕事を完了させれば本登録完了よ」


 ”登録者サービス”と書かれた紙が渡され、それを読みながらクール受付嬢に質問を繰り返し、判らない所を補足してもらう……が、俺のイメージしていたギルドとのギャップは大きかった。

 

 Q1 どんな依頼がありますか?


 依頼が張り出されているのではありません。雇用主と主な仕事内容が掲示されていてギルドは仲介する立場です。運搬や雑務、書類仕事、護衛などの仕事が多いようです。


 Q2 申し込み資格はありますか?


 肉体労働、頭脳労働共に過去の仕事実績から申し込み出来るかの判断がなされます。実績が無い場合はギルド職員に有料で査定をしてもらい、可能と判断されれば申し込み出来ます。また雇用主から仕事終了時に満足度の☆が1~5で与えられますが、☆の数が申し込み条件になっている物もあります。


 Q ギルドランクの上げ方を教えて下さい。


 ランクはありません。仕事を完了させる能力があれば良い訳で、ランクが足枷になって低賃金の仕事しか出来ないならギルドで仕事を探す者は居ないでしょう。逆に優秀な者は雇用主に直接雇用されるので、長期間ギルドの斡旋ばかりをこなす者は、何かしら問題を抱えた者という事になるでしょう。


 うーむ。思ってたギルドと大分違う気もするが、納得な部分もある。

 兵隊上がりなのに、薬草取りで子供の小遣い稼ぎからやらされる組織とか、転職したくない。


 そして俺はここで問題に気付いてしまう。


 実績が皆無な俺はどの仕事に申し込みをするにも、ギルド職員の査定が必要だ。

 そして査定には金が掛かる。


 そして俺は金が無い。


 金を得るには仕事が必要で、仕事を申し込む前段階で金が必要だ。

 更に仮登録者ではギルド施設のサービスを利用出来ない。


 つまり……買取してもらえない。


 無一文のループ……なんかテンションがと下がる。


 町の肉屋に持っていってもガキの持ち込みじゃ足元見られるかもだし、その金で査定費用が賄えるかどうかも分からない。携行食が寂しくなった今リュックの肉は食料だ、商品にしてしまう事に不安もある。


 それにそもそもココは冒険者ギルドでは無い。ココはハロワだ。


 S級冒険者が国王の依頼でドラゴン討伐して、姫が”ちゅきっ”て抱きついて来て救国の英雄は次期国王で、英雄王の冒険は永く語り継がれてとっつぱれとか無いのだ。そもそもあり得ないのだ。


 俺は下がったテンションで募集ボードをぼんやりと眺めていた。


 雇用条件欄には必ず何かしらの記述があり、半イング運搬とか算術3級とか☆3以上とか書かれている。

 一文無しのガキはスタートラインに付く事すら容易ではない。


 よく書かれている条件の査定が、幾ら掛かるのか聞いて、リュックの獲物を肉と毛皮にして売ったら幾らくらいになるのか聞いてそれから……。


 「ん?」


 そんな中、1件の求人が目に止まる。


 ”裏稼業、条件なし、報酬目安5000フェオ”


 なんだコレ?うらかぎょう?悪いことするのか?泥棒とか誘拐とか?でもギルドを介しての正式な求人だよな。

 悪事を働くので人手を募集しますとかギルドで有り得るのか?……うーむ、わからん。報酬目安の5000フェオは他の募集でもよく見る日当、ってことは平均日収が5000フェオなのだろうか。


 隣で腕組みするさっきのハゲりんに聞いてみる事にする。登録の毛髪はどうしたのか気になったがそれは一先ず置いておく。


 「あの、すみません。この募集なんですが……」


 「ボウズ。ここに登録するって事は自分で判断するってことだ。俺が勧めたら家畜になるのか?」


 「ぐ……」


 ……確かにド正論だ。ハゲりんのくせに。


 規則に従って、求人の番号を申請窓口に告げて詳細を聞く。眼鏡クールなお姉さんは淡々と仕事をし、綺麗な字で書かれた地図入りの、手書きのメモを渡してくれた。


 「……ここで雇用主が待っています」


 「ご丁寧にありがとうございます」



 「ご丁寧にありがとうございます」


 茶色い髪のリュックを背負った子供は、妙に大人びた口調で受付に礼を述べると、地図の書かれたメモを手にギルドを去っていった。

 閉じられた扉を眺める複数の視線。


 「……おい」


 「ああ」


 「本物の田舎モンか、あるいは……」


 「他人の求人に口出し無用。これが決まりだからな」


 ギルドロビーには微妙な空気が流れていた。

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