第10話 ボロズ

 高く開け放たれた門をくぐると、ボロズという名の街がその姿を見せる。

 

3~4階建ての木造建築が整然と立ち並ぶ町。

 中心地は集合住宅が目立ち、一軒家に当たりそうな建物はちょっと見当たらない。


 町の中心を十字に大通りが貫いており、大通りは車両が四台すれ違える程広い。


 中世では無いな。


 ボロズの町を見た俺の第一印象はソレだった。ファンタジーといえば中世ヨーロッパと相場が決まっているものだが、異国情緒こそあるが中世では無い。町中に敷き詰められた石畳は高級店の床のように隙間なく整い、路面車両が走り、荷台だけの車両が人に引かれて移動して行く。


 化石燃料経由電気エネルギー世界だった前世とは、別物のツリーでこの世界の文化は成り立っている。

 法術や精霊術と呼ばれる魔法があり、文明的生活を送る基本的要件水火明が実質無限に手に入ると、世界はかくも豊かになるのか……。


 俺の知識チートルートはどんずまりだなこりゃ……。

 なんで俺、異世界の文化レベル見下してたんだろ……。


 行き交う人は肌の色や眉目の造形が様々だがそれだけではない。二足や四足歩行で買い物をしながら言葉を交わす獣や、爬虫類に見える紳士、鳥っぽい櫓見張りなど、種族の多様性は息を呑む程だ。


 身につけている服飾は皆清潔で、その素材や色使いも実に多種多様だ。無骨さを感じさせる物があるとしたらそれは唯一武具だろう。町中で一割以下の人が武器を携帯している。

 それとて前世でも街角にマシンガンを持った警官が立っていた国だってあるのだから、それほど奇異なことでは無いのかも知れない。


 「ファンタジーって感じだなぁ……」


 俺は改めて異なる世界へ来たのだのと実感を得る。

 魔法も怪力もチートスキルも無いけれど、異なる世界に来たという実感と、目の前に広がるこの光景が、俺の心を軽くする。


 ちっぽけな自由。安全でも安泰でも無いけど、そこには無限とも思える自由が広がっている。そんな気がした。


 ……ええ、さっきまでは……。


 「おいチビ止まんなや、邪魔やで」


 「ああ、すみません」


 「おいチビそこは荷車線じゃ、はようどきい」


 「あっ、はい、すみません」


 俺が感動しきりの目の前の光景は、行き交う人にとって日常であって俺は道端の邪魔なガキでしかなかった。

 取り敢えず邪魔にならない所でもう少し観察したくて、俺は噴水前に移動し周りの人に倣って腰を下ろした。


 もう少しこの風景を堪能したら、教会を探そう。知人のワンドを頼れと親父さんから手紙と地図を預かっている。


 地図は右も左も分からない俺のために、教会から目印を辿って行けるように書いてくれたそうだ。

 教会は人に聞けば簡単に分かると。


 ピィィ。


 警笛が注意を引く。


 路面車両が色の違う石畳の辺りで減速し、前の昇降口には乗る人が、後ろの昇降口からは降りる人が、それぞれに飛び乗り飛び降りた。


 スゲー。止まんねーんだー。みんな身軽だー。


 スカートを履いた女性も、結構な年に見える老人も、減速した路面車両に苦もなく乗り込んで行く。これがこの世界の普通か……色の違う石畳のゾーンを過ぎると、路面車両は再び加速して噴水前減速区を後にした。


 お金払ってる様子は無いな。タダなのかな。


 「ささそこあけとくれ!」


 お日様が真上に差し掛かった頃になると、噴水前には荷車を変形させて展開した屋台が並び始めた。


 串焼き、サンドイッチ、ホットドック、揚げ物など多彩な屋台が空腹を刺激する匂いを放ちながら、アピールの声を上げる。パンだけを売る店や惣菜だけを売る店もある。


 「買うならちゃんと並びな」


 物珍しく見ていたら、欲しがっていると思われたらしい。

 金を持っていない俺は、愛想笑いをしてその場を離れた。格好付けずに親父さんが握らしてくれた袋貰っとくんだったか。……いいや、付けた格好に後悔は無用だ、保存食を持たせてくれただけで十分だ。俺は無理にでも胸を張る。


 観察して分かった事が幾つかあった。


 まず、俺は字が読める事。

 これは意外に大事だ。今後の活動方針に大きく影響するポイントだった。


 次に、皆の話す言葉が理解できた事。

 肌の色の違う人だけじゃなく、獣人や蜥蜴人の言葉も同じ様に理解出来た。


 言葉と文字はこの国内だけ共通なのかまだ断定は出来ないが、少なくとも町に入ってから今まで、意味不明な言葉や文字には出会わなかった。


 くんくん……。くんかくんか。


 背後に気配を感じて振り向くと、そこには犬系の獣人がいて、俺のリュックのスメルテイスティングしていた。

 二本足で立ち、衣服は身に付けていない。腰ベルトにポーチと鞘に収まった剣が付けられ、肩からの斜めがけのベルトがその重さを支えている。


 「ちょっと、なんですか?」


 「ボウズ、肉売りに来たなら遊んでねえでさっさとお使い済ませちまいな。痛むぜ?」


 リュックの底には、今朝罠に掛けた小型の獲物が血抜きしただけの状態で収まっている。その匂いを嗅ぎ付けたのだろうか。


 「それはお気遣いどうも……」


 俺は警戒しつつ犬男さんと距離を取る。


 「迷子なのか?」


 迷子では無い……かも知れない。俺のオレツエーはずっと迷子だが。


 犬男さんは俺の前にしゃがみこんで目線をあわせると。


 「決まりの肉屋があんのか?それともギルドか?」


 と、言った。


 ギ・ル・ド・い・っ・た。


 「ギルドってあのギルドですよね!?」


 いきなり話題に食いついた俺に、犬男さんは面食らって腰が引ける。


 「あのかどうかは知らねえが、斡旋や買取やってるギルドだよ……大丈夫かボウズ?」


 「どーこーですかーギルドどーこーですかー」


 「えっと、そこを……で……向こうへ……」


 「ありがとうございます犬男さん!急ぐのでこれで!」


 俺はお礼もそこそこに、教わった道を駆け出した。

 ギルドあるじゃんか!冒険者だよ冒険者!さようなら知識チートさん!こんにちは伝説の冒険者さん!


 テンプレ絡まれイベントから美人受付嬢経由ギルマス着。更に勘違いブーストから美人メンバーハーレムきたー。


 いやいや舞い上がるな。まずはコツコツから信用積み上げ、偉い人から一目置かれるルートの方が堅実だろ。

 よし堅実に行こう。忘れる所だったが、俺は見た目5才児だ。美人のお姉さんが性対象で見てくれるハズが無い。てか見られたらそれはそれでヤバイ。


 おー!あそこかギルド!


 バン!


 俺は勢い良く扉を開け、はっきりと言い放った。


 「登録と薬草取り依頼の受注だ!」


 「はい。無理です」


 時間が止まったかのようなギルドのロビーに、メガネクールな受付嬢のクールな言葉が響いた。

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