第9話 ライター(一方その頃)

 あまり背の高くない樹木がまるで地を這うように生い茂り、不規則に蛇行する河は分岐と合流を繰り返してこの地一帯の水はけの悪さを示していた。


 この大陸において辺境と呼ばれる地は西方と南方に存在し、いずれの地も人社会の侵入を頑なに拒み獣が力によって支配を主張する過酷な世界を形成していた。


 辺境故に大陸の大半を巻き込んだ大戦で大きな影響を受けずにすんだこの国だが、辺境故の問題もまたあった。


 「副長、西に先行したスカウトが痕跡を発見したと」


 「意外に近かったな。皆聞いたな。休息後いよいよ本番だが訓練した通り慌てずにな。想定と違った場合は速やかに撤退する」


 倒木などに腰を下ろして休息を取る、人を中心とした20名程の部隊。装備自体は軽装だが四辺に溝が掘られた長方形の特徴的な盾を持つ兵が7名程、部分鎧さえ無い更に軽装の兵が5名。報告に戻ったであろうスカウトが6名。


 そしてその報告を受けた副長の隣、足元の菌類を食い入るように観察して、手にした紙束に詳細なスケッチをする男がいる。


 「……これは……似ているが新種か?傘裏が……」


 なにやらボソボソ言いながらスケッチをするその男が、この部隊”対獣特化独立部隊”通称”獣特隊”の隊長である。


 先程報告を受けた副長が、スケッチの手が止まるのを見計らって声を掛ける。


 「先生、休憩終了後西へ出発します。おそらく本命かと」


 「分かった」


 先生と呼ばれた男は紙束から目を逸らさずに、補足事項をすらすらと書き足す。


 その様子を倒木に腰を下ろして見ている若い兵がいる。


 「あの……なんでみんな部隊長の事を先生って呼ぶんですか?教官だったとかですか?」


 「ん?お前新顔か?」


 隣で携行食をかじる兵が質問に答える。


 「うちの部隊長は作家先生なんだぜ」


 驚いた新顔は先輩兵と部隊長を交互に見る。先輩兵より大柄で鍛えられた肉体。ゴツゴツした戦士の手に、歴戦を思わせる右頬の三本傷。

 彼の想像する作家先生とはかけ離れた存在がそこにはあった。


 信じられないと表情で語る新顔に、先輩兵は補足する。


 「まぁ、本が売れる前に名が売れちまったんだがな」


 「え?それってどういう……」


 カカン、カカン。


 言葉を遮るように鳴子が打ち鳴らされる。

 休憩終了を知らせる合図に、休憩中の兵は腰を上げ見張りに離れていた兵は戻ってくる。


 部隊の空気が一気に緊張を帯び、新顔は質問の続きをすることが出来いまま装備を整えるのだった。



 比較的大きな沼のほとり。


 長方形の盾を持った兵達と対峙し、威嚇の声を上げる獣がいた。


 多頭龍。


 一般的にそう呼ばれる、頭が2~7つある首長竜の一種である。

 産卵期にコロニーを形成しその沼地一帯から下流の河までも毒で汚してしまう。

 高い攻撃力と再生能力に毒、そして吐き出すブレスを浴びると石化すると言い伝えれる恐ろしい害獣。それが多頭龍である。


 「鉢合わせてしまったか!風向きは!?」


 「左から右です!」


 「位置修正!配置急げ!法術士は!?」


 「今着きました!」


 槍を連ね盾を構える兵達は、多頭龍を包囲することなく多頭龍を中心に時計回りに移動し、距離を保った。


 多頭龍の腹が膨れ、5つある頭の一つが上を向く。


 「ブレスだ!スクラム!!」


 6枚の長方形の盾は溝を合わせてしっかりと組み上げられ、さながら一枚の巨大な盾へと変化する。


 「「法は幽、技は事象、名は豪風……」」


 巨大な盾に身を屈めて隠れる6名の兵。更にその後方で言葉を紡ぐ複数の法術士。


 直後。多頭龍の口から白い粉を含んだブレスが巨大な盾に向けて放たれる。


 「「風よ吹き払い給え!」」


 白いブレスは、息を止めた兵達に支えられた巨大な盾に当たって拡散し、後方から放たれた法術の強風で多頭龍の方へと流れていった。


 「大丈夫か!?」


 部隊長の声に、頬を膨らませ息を止めていた盾裏の兵達は一斉に息を吐き出し、大丈夫ですと声を上げる。


 「法は肉、技は付与、名は持久、授け給え」


 強風が未だ枝葉を揺らす中、付与士が盾の影に滑り込み、兵達に持久力向上の付与を施す。


 不意の遭遇で始まった戦闘は、最初期の混乱をなんとか凌ぎ、獣特隊20名は訓練の成果を発揮しようとしていた。


 ここ百年での多頭龍の討伐数は5。いずれも軍団規模で作戦を展開、二百名以上で出動し数十名単位の死傷者を出しながら、なんとか討伐に成功している。


 かつてそれ程の戦力を必要とした害獣討伐に、今回僅か20名で向かったのは先生と呼ばれる部隊長の特異性があった。


 雑貨屋の三男として生まれたこの男は、幼少期に語り部の語る英雄譚に心奪われた。多くの少年少女は英雄達の活躍に目を輝かせるものだが、この男は見事に脚色された物語に惹かれたのだった。


 店の手伝いをしながら筆を取り、英雄譚を書き連ねるのだが評判は芳しくない。

 祭りで街を訪れた語り部に批評を求めるとリアリティが足りないと指摘された。


 鉄の匂い、血の味、剣を伝う断骨の感触。


 そういった物が想像でしか書かれていないと語り部は言い、どうすれば良くなるのかと問うた少年に語り部はこう答えた。


 「軍に入って詳細に経験することだ。英雄譚の多くは兵士によって書かれた物だ」


 少年は良い物語を書く為に人一倍鍛錬し、先人の記述や仮説を元に対害獣戦闘でのプランを練り、経験を書き連ねて改良し、いつの間にか害獣討伐に特化した部隊の設立運営を任されるまでになった。


 「スクラム!」


 二度目のブレスを跳ね返す。


 直後、後方からスリングで目眩ましの粉が飛ばされると同時に、分解した巨大な盾から執行人の剣と呼ばれる斬首刀を担いだ部隊長が飛び出す。


 ハンマー投げの要領で超重量の斬首刀を振り回し、狙いを定めて多頭龍の一番右の首を切り飛ばす。


 切断面には即座に油袋を下げた火矢が飛び、傷口を焼く。


勢い余って多頭龍の足元で尻もちをつく部隊長に、副長が素早く近づいて襟首をむんずと掴む。多頭龍に振り向きもせず脚を動かす副長と、不格好な姿勢のまま引きずられる部隊長は、巨大な盾に取り込まれた。


 「はぁはぁ!どうか!」


 「再生は制限されているようです!」


 「「「おおお!行けるぞ!」」」


 尻もちのまま荒い呼吸で問うた部隊長に、満足のいく答えが帰ってくる。喜色が部隊の面々に溢れた。


 この日、獣特隊は僅か20名で挑みながら、死者0で多頭龍を討伐するという偉業を成し遂げる。


 だが詳細に拘り過ぎた彼の書く物語は、テンポが悪く文章は固く、登場人物の感情の起伏に乏しかった。


 かくして、その偉業とは裏腹に彼の本はまたも売れないのだった。

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