第25話 決闘ノ弐
決闘開始から5分程。
俺はエイラムの動きに慣れ始めていた。
確かに素早い、確かに力強い。だがそれだけだ。
動きに工夫が少なく、フェイントや意識付けの動きもない。
さっきの水面二段蹴りにはやられたが、戦略的な行動はあの一度きりだ。
見えた物を打ち、来た物を防ぐ。それだけに見える。あと時々俺を見失いそうになってるが、なんだ?
素早くも直線的な攻撃は、ヨゼフさんとずっと繰り返してきた防御の型が面白い程よくハマり、肝を冷やす場面はまだない。
経験が少ないのか、少し反撃すると大げさに守り、一旦距離を取ろうとする。そこからの距離の詰め方がまた単調なため、防御の型を崩せない。
上、下、右、左、右。
何度も打ち合わされる武器は、次第に泥炭を染み込ませた布を裂き、その下の金属的なきらめきを見せ始める。
ここはもう勝負所なのか?
俺の中に攻めの意識が生まれる。
苛立ちに冷静さを失い、単調な攻撃を繰り返すエイラム。
自信からかブライドからか、法術を使う様子も見えない。いや、頭に血が登ってそんな考えすら浮かんでいないのかも知れない。
なら……。
反撃を受けたエイラムが、大きく飛び退くのに合わせて、俺は低く鋭く距離を詰めた。
◇
決闘開始から5分程。
『く……なんかやりにくい……』
エイラムはその違和感の正体を掴めずにいた。
いつもと違う感覚の中で戦うエイラムは、必要以上に緊張し、ストレスの中で肉体と精神の消耗を強いられていた。
違和感が警戒心に繋がったのは、さっきの脚への体当たりを受けてからだ。
ずっと受けの戦いをしていたのに。あの一瞬だけ、オイラが深い攻撃を準備したあの一瞬だけ懐に飛び込んで来た。
あれが、体当たりじゃなくて斬撃だったら……。エイラムは不愉快なイメージを振り払うかのように頭を振る。
あの後またルーは受けに徹している。それもかなりのレベルの防御力だ。人族の子供が、例え訓練したからといって、こんな風になれるのか?それともオイラが弱いのか?
エイラムの苛立ちと迷いは攻撃の柔軟さを欠き、過剰な緊張は様々な感覚を鈍らせていた。
「!」
その時、ルーが攻めに転じた。
◇
「お?遂にルーが攻めたぞ!」
「攻めはどんなもんだ?」
「エイラムは逆にチャンスな筈ですが」
「もっと疲れさせてからで良いのに!」
四人組は、それぞれの思いを口にし、前のめりになる。
「あーん。ルー強くなってるーーぅ!」
「ちょっとレベル高いぞ!この戦い!」
修練場はルーの攻勢に沸き立った。
◇
大げさに飛び退いた時の着地点。俺は低い姿勢でそこを目指す。どんなに身体能力が高かろうが、空を飛ぶ翼を持つ訳じゃない。
着地寸前の脚を狙う。
頭上からの攻撃に備えて左腕で頭を守り、這う寸前にまでに姿勢を低くした俺は、右手のククリを峰打ちに持ち替える。
エイラムの落下のタイミングに合わせて、完璧なタイミングで振られたククリ。
──だが。
ククリはエイラムの小刀によって弾かれた。
さすがに着地に失敗して後方へと転がるエイラム。その小刀は左手に握られていた。
空中で小刀を左に持ち替えて、脚への攻撃を防いだのか……やるな。
「「「おおおおお!!!」」」
修練場から大きなどよめきが起こり、次いで拍手が沸き起こる。
「「いいぞーー!」」
「「どっちもがんばれ!」」
「怪我すんなよー」
緊張感の無い声援の主は見なくても分かる。ダーツさんだ。あなたのせいでこうなってるんですからね。
俺は体勢の悪いエイラムを攻め立てる。
右に小刀を持ち直したエイラムの刀側。俺から見て左側に時計回りに回りながら、斬撃を上下に散らす。
体の外側に向けて強い攻撃をするには十分な体の捻りが要る。腕の力だけで振られた攻撃では俺の体勢を崩せない。
俺を正面に捕えるのに苦労しているエイラムは、息が激しくなり、空いた口からは舌が垂れたままになっている。武器を持たない手も下がり気味だ。
『スタミナ切れなのか?』
身体能力に任せた短期決戦で今まで事が済んでいたからなのか、エイラムはスタミナを鍛えていないように見える。
一方俺は毎朝数キロは勾配の激しい山中を走っている。この体くらいの歳の子にはそうそう負けない自信はある。
『このままスタミナ切れを待つか、あるいは……』
その時、エイラムは予想を裏切って後方に大きくジャンプをして、俺との距離を十分に取った。
「「ああ!」」
観客席から声が漏れ、俺は嫌な予感を振り払うように、急いでエイラムを追撃した。
俺が慌てて追いすがる先。
エイラムは着地と同時に小刀で足元地面に円を描き、小声で何かを呟く。
『くっ、あれは法術か!?ここへ来て!』
発動前に潰せるか!?ヨゼフさんの言葉が脳裏をよぎる。
『ルーくん。いつか使えるようになるかもしれない法術の勉強を怠ってはいけませんよ。今自分が使えなくとも、知識があれば敵の使う法術が分かるかもしれません。過去から学ぶ事は未来の選択肢を増やす事になるのです』
あの時は、歴史学者っぽい言い回しだと苦笑したが、その言葉その考えが事実だと今なら分かる。
地面に円を描くのは付与法術だ。
この時点でまず、退避や防御より相手の法術を潰すという選択が取れる。
そして相手に近づけばその法術を発動させる為に使った言葉が聞こえ、法術の種類を特定できる。
俺は前のめりに走りながら、耳に神経を集中させる。
「……は、俊敏」
素早さをブーストする法術か!エイラムまでの距離はあと4歩。攻撃を当てて集中を阻害するか、地面の円を消してエーテルを漏らしてしまえば、法術を潰せる筈だ。
このままでは間に合わないと感じた俺は、地面の円を消すためにククリを投じる。
「授け給え!」
ザシュ!!
詠唱の完了が先か、円の一部をかき消したのが先か、その瞬間の俺に判断はつかなかった。
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