第7話 前進
俺が覚悟を決めたあの瞬間から、生きる為の基礎訓練が開始される事となった。
そして事前説明で、俺の持っていたファンタジー感とのギャップが少しずつ明らかになる。
Q1 魔法は特殊な能力ですか?
法術や精霊術と呼ばれる魔法は、誰でも使える一般的な物だそうだ。
貴族など一部の人の専売特許かと思って聞いてみたら、笑われた。
「いいかルージィ、考えても見ろ。貴族が法術を独占する利点はなんだ?」
「えっと、自分たちの優位性を確保し、支配体制を盤石にする……ですか」
「相変わらず気持ち悪い難しい言葉を……。だがそりゃ国内だけで通じる理屈だろ?法術は便利さで便利さは豊かさだ。一旦目を国の外に向けてみりゃ全国民が法術を使える国は無駄な時間や金が掛からねえんだから豊かになるだろ?戦争になりゃ尚更だ。言葉だけで火を生み出せる兵が百人居るのと一人居るのとどっちの国が勝つよ?」
……もっともだ。独占しても支配する国そのものが奪われるなら、独占に意味はない。
Q1-2 法術についてもう少し教えて下さい。
まず生活に欠かせない明かり、火、水は全て法術によって何の不足もなく賄われていた。
法術とは古い契約の言葉らしく、意味を知らなくとも正しい発音で言葉を発声すれば発動する術式だそうだ。
言葉は親から子へ子から孫へと受け継がれ、学者でも無い限り使い方の分かる利便さの理屈に興味は無いらしい。俺はなぜか電子レンジを思い浮かべた。誰でも使い方を知っているどこにでもある道具、だがマイクロ波が水分子を振動させて熱を発生させる原理なんて俺は知らない。知らなくても困らないのだから。
Q2 魔王はキテますか?
「は?何だそりゃ?」
親父さんの答えは呆れ顔だった。そもそも何をもって”魔族”や”魔の眷属”とするのかと逆に聞かれ、俺は返答できなかった。そして親父さんはこう言った。
「確かにとんでもねえ強えバケモンが世界を滅ぼそうとしたら、世界は団結出来るかも知れねえな。だが実際は世界にはいろんな国が乱立して戦争しちゃ消えて、また生まれちゃ戦争してる。この前の大戦だって終わってまだニ年だしな」
Q2-1 魔王が居ないってことは、勇者も……いや結構です。
Q3 狩人で獣のレア部位を集めてガッポリウハウハできますか?
「大金稼げるかって事か?ねえな」
親父さんの言葉はそっけなかった。
「レア部位って発想が分からねえが、そもそも俺ら狩人は国家資格を持った専任従事者だ。狩場もはっきりと決まってるし、捕れた獲物は全部認定店に卸す事になっている」
なんと親父さん国家認定ハンターだったらしい。エリアボス倒しても新エリア拡張しないのかーやり込みだけかー。
「じゃあ俺も親父さんの元で修行したら、狩人の国家資格取れるんですか」
「無理だ」
「へ?」
「あのな……精密な地図が戦略物資なのは分かるか?」
親父さんは頬を掻きながら、言葉を選んで話し始めた。
「軍事機密情報だからですよね」
「そうだ。なら精密な地図を書ける、あるいは案内出来る人はどうだ?」
親父さんの言葉に俺はハッとする。
「俺ら狩人は、国家の台所を支えるだけじゃねえ。国境を見張り、詳細な地形情報を代々受け継ぎ、ことあらば大軍の先導役となるべくしてこの狩場を任されているんだ。だから俺らは国から出られねえし、素性のはっきりしねえ奴に狩場の地形を教えたりしねえ。だからルージィは狩人見習いにはなれねえ」
親父さんの事をカッコいいと思った直後だっただけに、内定取り消しはショックだった。
「……でも、狩りとか色々教えてくれるんじゃ?」
「ああ。餓死しなくて済む程度の狩りや採取の基本と、獲物の肉や毛皮を売れる程度の捌きは仕込んでやる。限られた狩場でな。それだけでも十分大変だぞ。それに……」
親父さんは何か言いかけて止めた。
Q4 ……え?くっちゃべってねえで、仕事しろ?あっ、はい。
その日から、5才児の体には少々過酷な訓練が始まった。
薪を集めながらの、罠の設置場所や緊急時の避難場所を選定。罠や網の修理を手伝いながら罠の構造理解と模倣品制作。食事をつくりながら採取できる食材と火の管理。など出来る事は日々増えていった。
叱られては褒められ、褒められてはまた叱られる。
つい先日数十分歩いては数分休まざるをえなかった体は、日々の鍛錬に順応し、長時間山を歩き薪を運べるよになり、危険な獣から何とか逃げおおせるようになった。
肉食獣から逃れる為に、見繕ってあった草食動物の巣穴へと飛び込む。巣の主達はパニック状態だったが、十分な奥行きと屈折した穴は、肉食獣が諦めるまで子供二人を守ってくれた。
「ルージィは気配ないから、もし人間相手にやり過ごすなら……」
リズは泥の付いた指先で、竜治の左右口角から真っ直ぐ下に線を引く。
「ほら、これでボーっとしてれば人形と変わらないよ!」
んなワケあるかい!
二人は巣の主達の迷惑も忘れて、ひとしきり笑いあった。
親父さんからは、同じ間違いを何度もやらかすとゲンコツが降ってくるが、前世でスキンシップと縁遠かった俺は、いつの間にかこの距離感に慣れ、馴染み、大切な物だと想うようになっていた。
◇
「ちょっと……まってよルージィ……はぁはぁ」
木漏れ日の山中を薪を背負って歩く二人の少年少女。竜治とリズであった。
「もう少し持とうか?」
「……いい。……あたしがお姉ちゃんなのに……」
竜治が手を貸して、少し拗ねたリズを岩棚へと引っ張り上げる。
昨夜落雷があり、雷の直撃した大樹が折れ裂けていた。大量の薪材を確保する事ができた二人だったが、少し欲張りすぎたようだ。
訓練開始から3ヶ月。タカスは順調に学び吸収し順応した。
今ではリズよりも多くの薪を運べるようになっていた。
最近は褒められる程の事もなく、普通に仕事をこなすようになっていた竜治だったが、ここ数日の親父さんとリズの様子に違和感を覚えていた。
「なあリズ」
「……なに?」
「何か隠してるよな」
その言葉にバッと身構えてから、おっとっとと背負った薪の重さにバランスを取るリズ。構えた手が力なくゆっくりと降ろされる。
「晩ごはんの時に……父さんから話があると思う」
そうれだけ告げるとリズは問答を拒否するかのように、こんもりと背負った薪を竜治に向けて先に歩き出したのだった。
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