第27話 決闘ノ四

 ガラス玉を合わせて振動させた様な振動音。

 その音源を探った俺は耳を疑う。発生源は俺のふとももだった。


 腕の力が少し抜け、腰、腿、足に今まで感じたことのない力が漲るのを感じる。


 俺はエイラムを離し、自分の両手を見つめる。


 「こ……これは……」



 「ん?なんでルーはエイラムを離したんだ?」


 「審判は何も言ってないよな!?」


 観客席から何があったんだとの声が上がる中、四人組が冷静に戦いを振り返る。


 「そうか。スタミナ切れのせいでスピードにブーストが掛からなかったのか」


 「あのルーってのが叫んでたのはなんだ?」


 チームゴ-グールからの合流組のアシバンとポジ-がデイブとヤックを見る。


 「分からない……。あの子はあまり自分の話をしないんだ……」


 デイブが慎重に言葉を選んで答える。


 「法術が仇になった形か。とは言えその状態まで持っていったのは、大したもんだが……なんで手を緩めるんだ」


 ヤックの言葉に四名が視線をルーに戻した時、それは起こった。


 ドン!ドン!ドン!


 修練場中央で小さな土煙が立ち、エイラムを囲む数カ所に立て続けに土煙がまき起こった。


 「「なにいいいいい!!!」」

 「「ルーが俊敏だとおおお??」」


 「「「はあああああああ??」」


 皆が見たのは、かなりのスピードでエイラムの回りを回るルーと、その野性的な笑い顔だった。



 エイラムもまた、混乱の中に居た。


 な……なにが起こったんだ。


 ルーが俊敏の法術を唱えた。そしたらオイラを掴んでたルーの腕が少しだけ光って、オイラのエーテルがごっそり減った。


 法術を使いたいと涙を流しながら叫んだルーは、今俊敏の法術を得てオイラの回りを凄い速さで回っている。


 「わはははっ!」


 オイラの回りの走るルーは、狂気に憑かれた顔で笑っている。あんな顔は初めてだ。


 なぜ円を描かずに自己強化の法術が使えたのか。

 なぜオイラのエーテルはあれ程までに減ったのか。

 なぜルーは攻撃もせずに回っているのか。


 この苦しさはなんだ?ルーの法術なのか?何をされた?怖い……アイツはなんなんだ……何を考えているんだ……怖い。アイツはなんで笑ってるんだ!オイラはアイツが怖い!


 エイラムは頭を抱え、目だけで懸命にルーを追う。その尾はすっかり股の下に縮こまっていた。



 これが俊敏……。これが法術。


 俺は恍惚とした至福の中に居た。

 遂に、遂に俺は魔法を手に入れたのだ。キメラもエーテルも関係ない。俺は今確かに法術を駆使している。


 恐怖に縮こまるエイラムを中心に、三角、四角、五芒、六芒と頂点を変えて周囲を回る。

 流れ行く周囲の景色。耳を覆う風切り音、下半身に漲る躍動感。その全てが俺を高揚させる。


 「わはははははっ」


 この笑い声が自分の物だと気付くのに少し時間がかかったが、溢れる感情とはこうなのだろう。

 俺はこの感覚を受け入れ堪能する事にした。


 ククリを峰打ちに持ち替える。


 エイラムの脇をすり抜けざまに、その手首を打ち据え、小刀を取り落とさせる。


 取って返して今度は足首を打ち、その場に膝を付かせる。更に取って返して今度は脇腹に一撃を加え、ガードを下げさせる。


 恐怖と苦痛に縮こまったエイラムは、既に俺の動きを視界に捉えて居ない。


 ああ。どうしてくれよう。この仲間を見下しまくったアホな子は、今や完全に俺の制圧下だ。参ったと言うまでなぶろうが、無様に気絶させようが、俺の気分次第だ。


 見ろ。あの情けない格好を。


 尻尾は完全に股の下に隠れ、肩は震え、体を丸めてただひたすらに恐怖に耐えている。

 勝ちだ。俺の、俺の勝ちだ。


 白狼の系譜だか、優れた犬族だか知らないが、努力を怠った結果の敗北だ。


 何か企んでいたダーツさんの思惑とは違うだろうが、残念だったね。俺はコイツをぶちのめして、土下座巡りをさせる。


 ククリをブーツに仕舞ってスピードを一段上げる。


 この体当たりをあの顎に決めて、この決闘を終わらせる。その下準備として顎を上げる程の強烈な一撃を背中に入れてやる。


 俺は決闘の終わりに向けて加速した。



 修練場の誰もが、決闘の決着を予感した。

 ルーの速度は更に増し、エイラムは既に戦意を失ったように動かない。


 その時。


 大きく息を吸い込んだエイラムが、空に向けて声の限りを尽くして咆哮を上げた。


 「オウーーーーーーーーン!!」


 修練場に居る皆が、高周波の咆哮に耳を塞ぐ。


 聴覚の優れた者は目をつむり、歯を食いしばって体を丸める程の強烈な咆哮だった。


 そしてそれは最も近くにあって、格段に聴覚に優れた者に、強烈なダメージを与えた。


 最大加速へ向けて最後のターンをしようとしていたルーは、耳をつんざく咆哮に脳の奥深くまで震わされ、一瞬意識を失った。


 加速状態だった体はその足を止めたが、慣性はルーの体を倒れるより早く修練場の壁へと衝突させた。


 ゴッ!!


 鈍い音を立てて壁に衝突したルーは、弾ける様に地面へと転がった。


 「「「!!!」」」

 「ルー!!!」


 「ちょっと!大丈夫なん?ルー!」

 「ドンゴさん!」


 倒れて動かないルーに、修練場に緊張が走る。


 素早くルーに駆け寄った審判のドンゴが、ルーの様子を確認し、四本の腕で大事そうに抱き上げる。


 そして。


 「勝者エイラム!」


 決闘の勝者は告げられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る