第27話 決闘ノ四
ガラス玉を合わせて振動させた様な振動音。
その音源を探った俺は耳を疑う。発生源は俺のふとももだった。
腕の力が少し抜け、腰、腿、足に今まで感じたことのない力が漲るのを感じる。
俺はエイラムを離し、自分の両手を見つめる。
「こ……これは……」
◇
「ん?なんでルーはエイラムを離したんだ?」
「審判は何も言ってないよな!?」
観客席から何があったんだとの声が上がる中、四人組が冷静に戦いを振り返る。
「そうか。スタミナ切れのせいでスピードにブーストが掛からなかったのか」
「あのルーってのが叫んでたのはなんだ?」
チームゴ-グールからの合流組のアシバンとポジ-がデイブとヤックを見る。
「分からない……。あの子はあまり自分の話をしないんだ……」
デイブが慎重に言葉を選んで答える。
「法術が仇になった形か。とは言えその状態まで持っていったのは、大したもんだが……なんで手を緩めるんだ」
ヤックの言葉に四名が視線をルーに戻した時、それは起こった。
ドン!ドン!ドン!
修練場中央で小さな土煙が立ち、エイラムを囲む数カ所に立て続けに土煙がまき起こった。
「「なにいいいいい!!!」」
「「ルーが俊敏だとおおお??」」
「「「はあああああああ??」」
皆が見たのは、かなりのスピードでエイラムの回りを回るルーと、その野性的な笑い顔だった。
◇
エイラムもまた、混乱の中に居た。
な……なにが起こったんだ。
ルーが俊敏の法術を唱えた。そしたらオイラを掴んでたルーの腕が少しだけ光って、オイラのエーテルがごっそり減った。
法術を使いたいと涙を流しながら叫んだルーは、今俊敏の法術を得てオイラの回りを凄い速さで回っている。
「わはははっ!」
オイラの回りの走るルーは、狂気に憑かれた顔で笑っている。あんな顔は初めてだ。
なぜ円を描かずに自己強化の法術が使えたのか。
なぜオイラのエーテルはあれ程までに減ったのか。
なぜルーは攻撃もせずに回っているのか。
この苦しさはなんだ?ルーの法術なのか?何をされた?怖い……アイツはなんなんだ……何を考えているんだ……怖い。アイツはなんで笑ってるんだ!オイラはアイツが怖い!
エイラムは頭を抱え、目だけで懸命にルーを追う。その尾はすっかり股の下に縮こまっていた。
◇
これが俊敏……。これが法術。
俺は恍惚とした至福の中に居た。
遂に、遂に俺は魔法を手に入れたのだ。キメラもエーテルも関係ない。俺は今確かに法術を駆使している。
恐怖に縮こまるエイラムを中心に、三角、四角、五芒、六芒と頂点を変えて周囲を回る。
流れ行く周囲の景色。耳を覆う風切り音、下半身に漲る躍動感。その全てが俺を高揚させる。
「わはははははっ」
この笑い声が自分の物だと気付くのに少し時間がかかったが、溢れる感情とはこうなのだろう。
俺はこの感覚を受け入れ堪能する事にした。
ククリを峰打ちに持ち替える。
エイラムの脇をすり抜けざまに、その手首を打ち据え、小刀を取り落とさせる。
取って返して今度は足首を打ち、その場に膝を付かせる。更に取って返して今度は脇腹に一撃を加え、ガードを下げさせる。
恐怖と苦痛に縮こまったエイラムは、既に俺の動きを視界に捉えて居ない。
ああ。どうしてくれよう。この仲間を見下しまくったアホな子は、今や完全に俺の制圧下だ。参ったと言うまでなぶろうが、無様に気絶させようが、俺の気分次第だ。
見ろ。あの情けない格好を。
尻尾は完全に股の下に隠れ、肩は震え、体を丸めてただひたすらに恐怖に耐えている。
勝ちだ。俺の、俺の勝ちだ。
白狼の系譜だか、優れた犬族だか知らないが、努力を怠った結果の敗北だ。
何か企んでいたダーツさんの思惑とは違うだろうが、残念だったね。俺はコイツをぶちのめして、土下座巡りをさせる。
ククリをブーツに仕舞ってスピードを一段上げる。
この体当たりをあの顎に決めて、この決闘を終わらせる。その下準備として顎を上げる程の強烈な一撃を背中に入れてやる。
俺は決闘の終わりに向けて加速した。
◇
修練場の誰もが、決闘の決着を予感した。
ルーの速度は更に増し、エイラムは既に戦意を失ったように動かない。
その時。
大きく息を吸い込んだエイラムが、空に向けて声の限りを尽くして咆哮を上げた。
「オウーーーーーーーーン!!」
修練場に居る皆が、高周波の咆哮に耳を塞ぐ。
聴覚の優れた者は目をつむり、歯を食いしばって体を丸める程の強烈な咆哮だった。
そしてそれは最も近くにあって、格段に聴覚に優れた者に、強烈なダメージを与えた。
最大加速へ向けて最後のターンをしようとしていたルーは、耳をつんざく咆哮に脳の奥深くまで震わされ、一瞬意識を失った。
加速状態だった体はその足を止めたが、慣性はルーの体を倒れるより早く修練場の壁へと衝突させた。
ゴッ!!
鈍い音を立てて壁に衝突したルーは、弾ける様に地面へと転がった。
「「「!!!」」」
「ルー!!!」
「ちょっと!大丈夫なん?ルー!」
「ドンゴさん!」
倒れて動かないルーに、修練場に緊張が走る。
素早くルーに駆け寄った審判のドンゴが、ルーの様子を確認し、四本の腕で大事そうに抱き上げる。
そして。
「勝者エイラム!」
決闘の勝者は告げられた。
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