第28話 巡り

 俺は耳鳴りと目眩の中、目を覚ました。


 頭の奥がキンキンする。下半身もやけにダルい。だが何かとても幸せだったような、そんな気がする。


 ぽと。


 自分の手に冷たいタオルが落ちる。

 どうやら俺の頭を冷やしていた物らしい。


 「名前と状況を説明できますか?」


 ベットの傍らで、タオルを再び濡らしながら四本腕の猿族ドンゴさんが尋ねる。


 「俺はルー。黒耳盗賊団チームソフィア所属の……」


 言葉の止まったルーを、ドンゴが心配そうに覗き込む。


 「決闘に負けたせいで、アイツを皆に謝らせる事ができなかった敗者です」


 ドンゴさんに肩を押され、ベットに横になると、冷えたタオルが額に乗せられる。


 「……もう……もう少し……だったのに……法術も使えて……もう少しで」


 額のタオルを目元までずらして、両手で抑えると俺は涙を見せないように泣いた。


 そう。負けた。


 思った以上に戦えた。思った以上に追い詰めた。そして思いもしなかった法術を体験した。


 そして負けた。


 ドンゴさんは、俺が落ち着くまで何も言わずただそこに居てくれた。



 コンコンコンコン。


 ドアがノックされる。

 目元のタオルをずらして改めて周囲を確認してみれば、ここは住処の医務室だった。


 「落ち着きましたか?」


 ドンゴさんは、ノックに返事をするより先に、俺の了解を取った。


 「……はい」


 俺がタオルを手にとって、ベットに上体を起こすとドンゴさんはドアを開け、来訪者を医務室へと招き入れた。


 「大丈夫なのか?」


 遠慮がちに声を掛けてきたのは白狼の系譜を持つという犬族のエイラム。今回の決闘の勝者であった。


 「……ああ。もう大丈夫だ」


 俺はエイラムを真っ直ぐに見ることもできずに、不機嫌そうにそう告げた。


 「では二人とも。決闘の結果を受け入れ、望みを叶えるように」


 ドンゴさんは二人の中間に立って、そう告げた。


 俺はベットから立ち上がり、真っ直ぐに立って宣言する。


 「俺はエイラムを認める。仲間として、ダーツさんに共に学ぶ付き人として認める」


 エイラムがほっとしたような、嬉しそうな表情を浮かべて、小さくガッツポーズをした。


 「これでいいね?」


 ドンゴさんがエイラムに確認を取る。


 「はい。オイラの望みは叶いました。……あと、望みとは別にルーに頼みたい事があるんだ」


 エイラムの表情は真剣で、そこには勝者の奢りや見下しは一切含まれていなかった。



 「ソフィアの姉御今日から改めてお願いします」


 「おう!良い戦いだったねぇ。これからはしゃんとすんだよ!」


 「はい!」


 「デイブさん。今日から改めてお願いします」


 「……うむ。しっかりな」


 「ポジーさん。今まで悪かった。これからは仲間として認められたい。よろしくお願いします」


 「お、おう。そうか。こっちこそよろしくな」


 エイラムはルーを伴ってチームソフィアのメンバーに挨拶回りをしていた。

 そしてルーの役割とは。


 「あれがヤックさん。大戦中はどこかの国に兵士として仕えていた人で、正統派剣術を使える貴重な人だ」


 「ヤックさん。今日から改めてお願いします」


 ヤックさんは俺をチラリと見て「わだかまりは無さそうだな」と笑い、俺たちの頭をグシグシと撫で回した。


 「ちょっとヤックさん!やめ……」


 「よ、よろしくお願いします!」


 「次は……」


 こんな感じで俺の案内と説明で、エイラムはその日の内にチームソフィアと住処常駐組の全員に、頭を下げて挨拶をして回った。


 謝罪を受け入れて貰い、宜しくなと声を掛けられる度に、エイラムの尻尾は嬉しそうに動いた。


 その姿は、最初に見た無意味に他者を見下す高飛車な子供とは、見違える姿だった。


 そして皆に頭を下げて歩くこの行為は、土下座こそしていないが、俺が望んだ謝罪巡りだ。

 恥ずかしそうでもあり、清々しくもあるエイラムの挨拶回りは、決闘の前からこうしようと考えていたのではと思わせる程誠実だった。


 「後は誰だ?」


 「後は注文通り、最後のダーツさんだ」


 エイラムの注文通り、ダーツさんを残して全員に挨拶を終えると、俺たち二人は連れ立ってダーツさんの部屋を訪れた。


 「ルーにも認められました。今日からお願いします師匠」


 必要以上に硬いエイラムを俺は意外に感じ、こうなった経緯を想像する。


 ソフィアさんにボコられたのは聞いた。

 当時のエイラムの性格からして次にダーツさんの所に来た筈だ、そして……更にボッコボコにされたのか?


 怪我らしい怪我は無かったから、メッタメタと言うべきか。足腰が立たなくなるまで、掛かってこいとか言われてるのが容易に想像出来る。

 少し態度がよくなったのはその頃からなのだろうか。


 「まったく……」


 一方の俺はちょっと面白く無い。

 まんまとダーツさんの策略にハマった形だからだ。なんで俺を見る時だけニヤけてるんですか。


 「よし。お前ら二人共俺の付き人、つまり弟子だ。午前中は団の仕事とそれぞれに与えた課題をこなす事。午後は基本二人で鍛錬だ。お前らを一人前にする。これが俺の使命になったって訳だ」


 ダーツさんはエイラムにはキリッと、俺にはニヤリと視線を配って偉そうに腕を腰に当てて、大げさにふんぞり返った。


 その言葉を受けたエイラムの尻尾は、扇風機の如くブンブンと回り、この日の最高風速を記録した。


 「明日の午後から始めるからな。エイラムは明日からしばらく、午前中もルーと一緒に動いて基礎体力の強化だ」


 「はい!師匠!」


 「師匠は禁止」


 「はい!し……副隊長!」


 まあ良いかといった表情でダーツさんは俺達を部屋から退散させた。

 丁度飯の時間となり、エイラムが走り出す。


 「飯だぞ。行こうぜ」


 「ああ」


 俺はキレの悪い返事をして後を追いながら、あることを悩んでいた。

 

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