第29話 告白
いつもなら幸せの最中にある筈の晩ごはん。
だが今日は味わい噛みしめる気分にならなかった。
決闘に負けたのはもういい。エイラムは結果的に皆に頭を下げ、非礼を侘びて再出発した。
決闘で使えた法術は、その後密かに試したがだめだった。これから色々試して条件を見つけなければならない。だがこれも決して暗い話じゃ無い。
では何かと言うと……。
◇
コンコン。
俺はその夜。ダーツさんの部屋のドアをノックした。
「その叩き方はルーだな。入っていいぞ」
ノックの回数でバレたらしい。この世界では4回が普通らしく、親しくて3回らしい。俺はつい癖で2回にしてしまうが、合図の続きがあるのかと待たれる事が多い。
俺はダーツさんの前でしばし躊躇う。
エイラムが来た丁度その頃。付き人が実質弟子入りしての修行と知った時から悩んでいた事だ。
弟子や師匠という名称を使わないのは、漏れた情報で手練とばれる危険があるからだとか。
大きな戦争から間もないこの時期。盗賊団は人材の宝庫だ。どんなに優秀でも敵対国家においそれと仕える訳には行かず、戦後処理の最中の国では国境の監視は厳しく、亡国の英雄はすなわち重罪人である。
指導者たる実力を持つ者が野に下り盗賊団に身を寄せる。実際によくある話だそうだ。
そして縄張りを争う盗賊団は、弟子を持つ程の手練の存在を知ると、あの手この手でまず先に狙うのが常套手段だ。
他の盗賊団では知らないが、ここ黒耳盗賊団では弟子の事を付き人と呼ぶ様になり、手練の特定を防ぐようにしていたのだという。
俺を育ててくれようとしている人がいる。
様々な事情から偶然ここ黒耳盗賊団に来た俺を。
どうなるかは分からない。でも隠し通すこと、嘘を突き通すことへの自己嫌悪がここ数日で耐え難い程に大きくなっている。
俺は顔を上げて、ダーツさんの目を真っ直ぐに見た。
「ダーツさん。俺、違う世界から来てこの体に入ってるんです」
「あ?」
「しかもこの体、キメラらしいんです」
「はあ?」
「伝えるのは危険だとリズに言われまして、今まで黙っていてごめんなさい」
「は……あ」
俺は深々と頭を下げると恐る恐るダーツさんの顔を伺う。
──なんでニヤケてんの?
「事情があるとは思ってたが、なかなか……」
ダーツさんはそう言うと、俺をソファに座らせコップ一杯の水を出した。
「リズってだれ?」
「そこですか!」
テーブルを叩いた振動で、コップの水が揺れる。
「だってよ、ルーの秘密をしって、かつ今までルーの口を塞いでた人物なら……そうとう信頼してんだろ?」
そう。俺はリズの判断を信じて今まで秘密を守ってきた。
「リズは……この世界に来て最初に出会った女の子です。父親と二人でボロズの向こうの山で狩人をしています」
カタン。
ダーツが椅子から腰を浮かせた。
「リヒトシュタイン山脈の狩人……だと?」
ごん。
テーブルにぶつかったダーツの膝が、コップの水を揺らす。
「山の名前は知りませんが、狩人を知ってるんですか?」
ソファに腰掛ける尻を浅くし、やや前のめりに俺はダーツさんの反応を伺う。
「この国の北方国境の守護者ガクハント家の事じゃないか!?見たのはリズって子だけか!?」
「俺が見たのはリズって娘と親父さんだけですけど……親父さんの名前……聞いてないなぁ」
俺は照れ隠しにポリポリと頭を掻く。
「おそらくガクハント家で間違いないだろう。リヒトシュタイン山脈に他の狩人が居ると聞いたことが無い」
「ゆ、有名なんですか?」
「有名って言うか……リヒトシュタイン山脈の守護者なんだガクハント家は。代々続く名門の狩人の家系で、現グラン王家より長い家系を保ってる。前大戦では一軍団の電撃奇襲を先導して見事成功させた影の立役者って言われてるし、たしかに一部では有名な人物だな」
「生存術はその親父さんから習いました」
「なるほどな。で、そのリズってのは美人か?年の頃は幾つだ?」
ばん!
「またそこですか!」
コップの水は又も波打つ。
「7歳です。まだ子供ですよ」
「お前の方が子供だ……中身は何歳なんだ?」
ごくり。
俺は、コップの水半分を一息に飲み込んで、慌てない様に答えた。
「13歳です」
「ふむ、どうりで大人びた喋り方な訳だ……ま、オレより上じゃなくて良かったわ。ルーさん……いや無理無理」
顔の前で手をパタパタさせるダーツさん。
親父さんの事を知った時程驚いていない?って事は……。
「……結構いるんですね?転生者」
「ああ、世渡り人って呼ばれてる。昔から結構いたらしいぞ。異なる世界の知識で重宝された奴も中にはいたらしいが……」
「が?」
「大体は地方の貴族に囚われて、芸を見せるペットだな」
「知識は!異世界の知識は貴重じゃ……」
「ずーっと昔から世渡り人は居たらしいからな。もう生半な知識じゃ価値が無いんだろ?例えばルーの世界の一万年後から来た奴が居れば、それより手前の奴はよっぽど優秀じゃなきゃたいした価値はないんだ」
「ち、知識チートの微かな夢が……」
「それでも芸術はその時代時代に優れた物がある。だから貴族はペットとして飼う。あと物書きも結構いるな」
ぴくり。
「今なんと?」
「物書きだよ。前いた世界の事を物語にして書いて売るんだよ。価値観が違うからか一部のマニアに一定の需要があるみてえだな」
ま……まさか……異世界に来てラノベ作家の夢が……叶うのか!……叶うのか!?
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