第30話 始動

 澄んだ空気に低い角度から朝日が差し込み、森の木々の葉を煌めかせる。

 朝露が消えるまでの間の、ほんの数分。たったそれだけの美しい時間。


 ルーは薪籠を背負い、準備万端で住処の岩上に立ち、異世界の美しい刻を味わっていた。


 「早えなルー。待たせちまったか」


 足元からの声にルーは視線を転じ、身も軽く岩上から飛び降りた。


 「おっす!今日から頼むぜ!」


 「おはよう!俺こそよろしく」


 ルーとエイラムはちょっとだけ照れくさそうに握手をすると、ルーを先に森へと歩き出した。


 ルーは昨日までの何処か鬱屈した様子とは打って変わって上機嫌だった。察しの良くないエイラムが気付く程に。


 師匠となる人に隠し事をしなくて済む様になった事、そして異世界に来てラノベ作家への道に光が差した事が、ルーを上機嫌にしていた。


 ダーツに「試しに書いてみろ」と言われただけで、もう売れっ子作家になった気分になっていた。


 駆け出したルーをエイラムが追う。数分の追い掛けっこの後に二人で薪を拾い、また次の薪拾いポイントまで駆ける。


 最初のポイントまでは余裕しゃくしゃくのエイラム。

 次のポイントでは息を切らしながら膝に手を置き。

 その次のポイントで、遂にエイラムは腰を下ろした。


 「はっぁはぁっ……ちょっと……休憩させてくれ……そんなに張り切るなよ……」


 エイラムは背負った籠を地面に下ろし、草の上で大の字になった。


 ルーは周囲を回りながら薪を拾い、背負った籠に手早く放り込んでゆく。

 ルーの籠は八割ほど薪が入っているが、エイラムの籠はまだ半分に満たない。


 この時点で既に背負う荷の重さに差があるのに、エイラムはバテバテ、ルーは涼しい顔をしている。

 明らかなスタミナ不足。素の能力が高いが為に、努力という肝心要を一切磨かずに来たエイラムだった。


 「もう少ししたら休憩しよう。だからほら行くぞ」


 ルーはエイラムを立たせ、薪籠を背負わせるとさっさと歩き出す。


 「近いんだよな、休憩!」


 そう言うとエイラムは大股で歩き出し、その足音を聞いたルーは、徐々に速度を上げるのだった。



 「はぁはぁ!と、遠いじゃないか、はぁはぁ!」


 エイラムはまたも大の字になって倒れている。

 そのエイラムを薪籠と一緒にそこに置いて、ルーは一人藪の中に分け入って行った。


 「ノイーン。居るかー?」


 罠を仕掛けた藪を覗き込み、ノインを驚かさないように静かに顔だけだしたルーは、思惑とは逆に驚愕のあまり硬直した。


 「きゅ!」


 目の前にノインは居る。黒い艶のある体毛、豊かな尻尾、つぶらな瞳。右手を上げてルーの登場に「待ってた」とばかりに応えている。


 問題はノインの足元だった。


 「ノイン……それは……?」


 タシタシ!!


 ノインが叩いた足元には、イノシシに似た中型野獣ボアークが倒れていた。その頭は罠の網に覆われている。


 「きゅ!」


 驚くルーをよそに、ノインは前回同様の餌クレ動作をして、あざとく首を傾げている。


 「まさか……ノインが倒したのかコレ?なんでまた……」


 そこまで言ったルーは、その理由に思い至った。ボアークの首をしっかりとはさみ込み、頭を網で覆った罠である。


 小型動物を捕獲するためのこの罠では、中型以上の獲物を拘束出来ない。頭をすっぽり覆っただけで、ロープ代わりの蔓を引きちぎられて、罠を持って行かれるだけだろう。


 ルーはボアークの首から罠を外して罠を展開して地面に置き、罠にセットする為にリンゴをかじる。そしてリンゴを罠にセットし安全装置を外す。


 その様子をイノシシの上で見ていたノイン。


 しゅた!っと着地すると、当然のように安全装置を掛け、リンゴを罠から取り、食べ終えるとまた安全装置を外した。


 「餌皿じゃないからねコレ」


 タシタシ!っとお代わりをねだるノインの可愛さにヤラれながらも、近づくエイラムの気配でノインが隠れるまでの間、ルーは賢くもかわいいノインを見ながら、いつになったら触れさせてくれるだろうと、期待するのだった。


 「藪でなにやってたんだ?」


 「獲物が掛かってた。血抜きだけして戻ろう」


 ルーは驚くエイラムをよそに、短く祈りを捧げてとどめを刺し、手早く掘った穴に内蔵と血を流し込む。


 「て……手慣れてんな……」


 「俺はエイラムと違ってスペックが低いからね、まず生き残る方法を学んだんだよ」


 「なんだよスペックって?」


 難しい顔をするエイラムに、薪を一つの籠に集めるように指示をして、ルーは偉そうに講釈を垂れようとして……。


 (潜在能力……はポテンシャルだし、性能……はちょっと違う気がする、有能……が違い気もするが、それだと有能が低いという謎な言葉に……)


 「ところでエイラム。水でも氷でも良いけど冷やす法術使えるか?」


 「どっちも使えるけど、なんだ?」


 「くそ……あっさりか、標準装備か、日常か……まぁ羨ましいがしょうがない。凍らない程度にボアーク冷やしてくれ」


 「良いけど何のために?」


 「冷やせるかどうかで肉の旨さが全然違うんだよ」


 ちょっと怒ったように顔を背けたルーと、一文字に口を結んだエイラム。


 互いに相手に微かな劣等感を抱きつつ、二人は住処へと足を向けるのだった。



 「遅かったなぁエイラムよぉ」


 薪の詰まった籠を背負い、ルーに送れる事10分。エイラムは息も絶え絶えの体で住処に戻ってきた。


 ニヤニヤと腕組みをして住処の外で待っていたのは二人の師匠となるダーツ。その言葉に応える事もままならない程に息が荒いエイラム。ルーは既にボアークを厨房に届け終え、ストレッチで身体をほぐしている。


 「二人にはコレを着けて貰う」


 まだ息の整わないエイラムにお構い無しに、ダーツは二人の前に複数の幅広の腕輪を放る。


 放物線を描くそれを、エイラムは思わず受け止めようとし、ルーはそれの正体に思い至って、スルリと避ける。


 ドスドス!!


 「ギャッ」


 エイラムは予想を超える重量の腕輪をキャッチしきれずに、腕輪を足に落として悶絶している。


 リストウェイト、パワーアンクルなどと呼ばれる重りを四肢に巻き、筋力アップを図る。古典的だが確実に効果を産む荷重方法から訓練は開始された。

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ステレオな異世界なんて無かった ~それでも少年は異世界に夢を見る~ クバ @cbard

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